#16

 

 三日後―――


 何もない宇宙空間に、白く細かな光の粒子が滲みだし、それは渦を巻きながら円盤状になって大きく広がってゆく。超空間転移用のワームホールの発生だ。やがて光の粒子はリング状に集約し、約1キロの直径を持つ、空間断裂面を形成する。


 そのワームホールから飛び出して来る、全長3メートルほどのラグビーボール型のプローブ。転移先の宇宙空間の環境に異常がないかを探査するためのもので、プローブからは長さがおよそ30キロに及ぶ、ケーブルが伸びていた。

 プローブは高感度で、周囲の宇宙空間の環境を三分弱で確認すると、異常のない事をケーブルで伝達する。通常通信ではワームホールを通らず、超空間通信装置を搭載すると、機体サイズとコストが大きくなってしまうからだ。


 プローブからの“異常なし”の信号を受け取り、戦闘輸送艦『クォルガルード』がワームホールから出現した。ここが惑星ザーランダのあるユジェンダルバ星系、最外縁部である。


「超空間転移完了」


「現在位置、ユジェンダルバ星系最外縁部D区域。予定通りです」


「航宙科、機関科、各部チェック」


 『クォルガルード』の艦橋内。中央の艦長席に座るマグナー大佐のもとへ、各オペレーターから超空間転移後の報告が入る。ほぼ異常は無いようだが、通信科からの報告はそうではなかった。


「艦長。この星系の、超空間通信サーバーの反応がありません。本来なら転移後に自動で接続されるのですが…」


「その事なら問題ない」


 オペレーターの報告に応じた副長が、マグナー大佐に振り向く。頷いたマグナーは、「ノヴァルナ様から、その旨を伝えて頂いている。このままザーランダへ向かう」と命じた。

 略奪集団と化した皇国軍残党が、このユジェンダルバ星系をはじめとした、収奪の場にしている植民星系の超空間通信サーバーを全て奪い去って、恒星間通信を出来なくしている事は、ザーランダ出身のネイミアの情報として、ノヴァルナから聞いていたからだ。


 ザーランダへ針路を取り始める『クォルガルード』の艦橋で、マグナーは眉間に皺を寄せて呟いた。


「超空間通信サーバーは銀河皇国の共有財産…星大名同士の戦いでも、手は出さないというのに。それを敗残兵とは言え、皇国の直属軍が奪い去るとは…蛮族並みに地に落ちた連中だな」


 先日のガヌーバといい、本来なら戦乱が及ばないための中立宙域…しかも皇国の中央に近付くほど、治安が不安定となっている事実。こういった事を自分の眼で確かめるのも、ノヴァルナ様の今回の旅の目的なのだろう―――道草ばかりのノヴァルナの旅をそう結論付け、マグナーは艦長席の背もたれに上体を沈めた………

 

 ユジェンダルバ星系第四惑星ザーランダは、ノヴァルナの故郷の惑星ラゴンよりやや小さく、自転周期が21.36時間。公転周期が328日。月を二つ持ち、惑星表面を占める陸地面積の比は6割弱。

 地盤運動が緩やかで、造山力が標準的な惑星より低いこの星は、標高の高い山が少なく、平野部と砂漠が多くなっている。


 その広大な平野部が無数の大規模農園となっており、ネイミア=マルストスの父親は最大規模の農園の主であった。

 二年前、このユジェンダルバ星系が支配貴族に見捨てられた際、星系防衛艦隊士官と共に執政官も逃亡。それ以来、五人の大規模農園経営者と、二人の大規模牧場主、そして二人の大規模水産会社の経営者で臨時行政府を運営しており、ネイミアの父親もその行政に携わっているらしい。


 ユジェンダルバ星系の最外縁部に到達した『クォルガルード』は、約11時間後に、惑星ザーランダの近くまでやって来ていた。


 ラウンジでノア、キノッサ、ネイミアと共に、自分の艦の航行状況を見守っていたノヴァルナのもとへ、マグナー大佐から連絡が入る。


「殿下。これより艦をステルスモードに切り替えます」


「おう、任せた。慎重にな」


 短く応じたノヴァルナは、自らが座るソファーの前に展開した、ザーランダのホログラムに視線を遣る。その球体のホログラムには周りを回る、四つの小さな光点があった。略奪集団がこの惑星を監視するために置いた、人工衛星である。『クォルガルード』がステルスモードを作動させたのは、この監視衛星に捕捉されないようにするためだった。

 一般船舶であったなら、即座に監視衛星に見つかるところだが、巡航艦に準ずる性能を持つ『クォルガルード』は、主君専用艦という事もあって、簡易式ではあるが“ステルスモード”を搭載していた。それが早速役に立った形だ。


 するとノヴァルナと同席しているキノッサが、傍らにいたネイミアに尋ねた。


「そう言えばネイは、どうしてこの星を出られたんスか?」


 尋ねられたネイミアはすっかり気に入った、ノアの淹れてくれる紅茶のお代わりを遠慮なく頂きながら、大きな眼をキノッサに向けて応じる。


「積み荷に紛れてアイツらの輸送船に乗ったの。それで、何とか…っていう中継ステーションで降りて、普通の客船に乗り換えたのよ」


「積み荷って、船倉は真空になったり暖房が入らなかったりで、すごく危険なんスよ。大丈夫だったスか?」


 知ったかぶりで言うキノッサに、ノヴァルナは苦笑いを浮かべた。ノヴァルナが初めてキノッサと出逢った三年前、キノッサはその危険な船倉に潜んで、恒星間の密航をしていたからだ。

 

 だがネイミアの今の話には気になる部分があった。略奪集団はザーランダから収奪した産出品を消費するだけでなく、中継ステーションへ運んでいるという事だ。つまりそれは、略奪集団が裏ルートによって収入を得ており、収入があるという事は、戦力の整備が行えている可能性を示している。


“まともな整備を受けてる戦力だとしたら…厄介だぜ”


 そう思いながらノヴァルナは腕組みをした。ネイミアの話では、略奪集団は何隻かの宇宙艦とBSI部隊らしいが、自分の想像ではろくに整備もされていない、稼働率の低い艦や機体の集団だったのだ。


「敵の本拠地はリガント星系だったっけ…」


 偵察の必要性を感じながら呟くノヴァルナ。皇国軍残党の根拠地がこのユジェンダルバ星系から約11光年離れた、リガント星系に置かれている事はネイミアから聞いている。戦うのであれば正しい敵の情報が、できるだけ必要だった。


 ステルスモードで監視衛星の警戒網を掻い潜った『クォルガルード』は、ザーランダの地表へ向かう。白い雲を抜けたそこは、眼下一面の平野に広がる、黄緑色の絨毯の後継だ。巨大な長方形のそれは長い辺で二百キロ以上。短い辺でも二十キロは優にありそうである。その上を碁盤の目状に走る白いラインは道らしい。しかも広大な平野にはその長方形の絨毯が、さらに幾つも並んでいるのであった。


「うわぁ、すごいッスね!」


 ラウンジの大型スクリーンに映し出される地表の様子に、こういった風景は初めてらしいキノッサが声を上げる。するとそれにネイミアが反応した。


「あれがうちのマルストス農園よ」


「マジっすか!?」


 小さく跳ね上がるキノッサに、ネイミアは事も無げに続ける。


「あれは小麦農園の一つ。他に菜園や果樹園もあるよ」


「そ…そうッスか」


 圧倒されたキノッサは息を呑んだ。同時にこれは、ネイミアとは仲良くしておいた方がいい…という眼をした。見渡す限りの小麦畑の絨毯に、流れる雲がグレーの影を落としていく。


 ただその一方、同じ光景を眺めるノヴァルナとノアには、別の感慨があった。それは三年前、二人が初めて出逢い、絆を深めるきっかけとなった、皇国暦1589年のムツルー宙域の惑星パグナック・ムシュの光景だ。パグナック・ムシュには宇宙マフィアの首領で星大名アッシナ家の悪代官、ピーグル星人のオーク=オーガーが資金源として所有する、広大な麻薬の農園があったからだ。


 どちらからともなく目を合わせたノヴァルナとノアは、お互いの事が苦手で、何かを言えば口喧嘩に発展していた頃を思い出したのか、二人同時に苦笑いを交わした………





▶#17につづく

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る