#22

 

 天光閣の『オ・カーミ』エテルナを含め、七人がネドバ台地金鉱採掘場の地下事務所に連れて来られていた。


 太陽の光が全く届かない地下事務所。そう広くはないその中で、エテルナ達は横一列に椅子に座らされ、周囲をならず者たちに囲まれた状況で、レバントンから恫喝めいた立ち退きの承諾を求められている。


「どうかね?『オ・カーミ』。考えを改めてもらえたかな?」


「何度言われても、返答は同じです!」


 残った温泉旅館だけでも、結束してアルーマ峡谷での営業を続け、古くからの伝統を守る―――それが徹夜の議論で得たエテルナ達の決定だった。その徹夜を終えた直後の拉致に焦燥した表情は隠せないが、拒否する言葉には力強さがある。


「ふぅむ…頑固だねぇ。だが、温泉郷そのものが無くなっては、元も子もないだろう。ええ?」


 レバントンの言葉の不吉な響きにエテルナは眉をひそめた。


「それはどういう意味です? ミスターレバントン」


「どうもこうも…みなさんに、この立ち退き同意書にサインをして頂けない場合、三日後には“謎の武装集団”が峡谷に現れ、あらゆる施設を壊して回るからです」


「!!」


 レバントンの物言いに、エテルナは大きく眼を見開いて驚く。彼女だけでなく、後の六人の旅館主も同様の表情で、口々に声を上げた。


「施設を壊して回る!?」


「どういう事かね!?」


「我々をどうしようと言うんだ!?」


 旅館主はエテルナ以外は比較的高齢の男性である。それぞれが顔を歪めてレバントンに詰問する。それに対するレバントンは、もはや敵意を剥き出しにして冷淡に言い放った。


「なに。ミョルジ家との戦いに敗れた銀河皇国の生き残りが、野盗と化して略奪を行う…この中立宙域で最近、頻繁に起こっている事件が、アルーマ峡谷にも起きるという事ですよ」


「なっ!?…」


 顔色を失う旅館主達。確かにこのところ、中立宙域では略奪集団による植民惑星への襲撃が多発している。だがレバントンが言っている事は、そのような話ではない。この男のの息がかかった何者かが、略奪集団をかたってアルーマ峡谷を襲撃して来るというものであろう。


「そんな事をして、許されると思っているのですか!? いくら何でも、惑星警察が黙っていませんよ!!」


 血相を変えて詰問するエテルナ。しかしレバントンは余裕の表情を崩さない。


「フフフ…ではお伺いしますが、惑星警察がこれまで何か、あなた方の役に立った事がありましたでしょうかな?」


 それを聞いて「うっ…」と呻くエテルナ。レバントンの言う通り、ならず者達の徘徊などを惑星警察へ通報しても、被害届の提出を求められるだけで、何らかの解決が図られた形跡はない。そうであるからこそエテルナらは、レバントンが組合長を務める旅館組合に対策を求めていたのではなかったのか。

 

「昨日も申し上げたでしょう、『オ・カーミ』…この惑星であなた方に味方する者は、一人もいないと」


 ふてぶてしく言い放つレバントン。


「惑星警察まで味方につけている…そう言いたいのですか?」


 エテルナの口惜しそうな声に、レバントンは口元を歪めてわざとらしく応じる。


「いえいえ、滅相も無い…ただ本部長閣下に、甘い、甘ぁ~いお菓子を差し上げたところ、大変お気に召したのは事実ですが」


 つまりは買収という事か…とエテルナは暗澹たる気持ちになった。全ては三年前の、星大名ミョルジ家のヤヴァルト宙域侵攻から、一気におかしくなり始めた。昨夜の旅館主の話し合いでも出た事だが、星帥皇室が一時的にせよ皇都惑星キヨウを逃げ出したため、銀河皇国そのものの権威が失墜してしまったのだ。

 その影響は特に、この惑星ガヌーバのような皇国直轄の荘園惑星ほど大きく、中央の混乱をいいことに、私腹を肥やすような行為に走っている現地執政官が、多くいるらしい。


 周囲は敵だらけ、惑星警察もあてには出来ない…どうすればいいのだろう、とエテルナは懊悩した。この惑星に入植して以来、代々守って来た温泉旅館を捨てたくはない…それだけがエテルナの心の支えである。両親を旅客宇宙船の事故で亡くしたのが二十五歳の時、その時から、父と母の残した天光閣を守る事が、自分の人生だと思っていたのだった。


 そんなエテルナの気持ちなどどうでもよく、レバントンは覗き込むようにして、湿気を感じさせる口調で語り掛けて来る。


「なぁ『オ・カーミ』。しつこいようだが、分かってくれたまえ。手荒な真似をしたくないのは私の本心だ。移転してくれるならば補助金は出す―――」


 そう言ったレバントンは、さらに他の六人の旅館主を見回しながら続けた。新たな条件付きでだ。


「それに皆さんも。移転後の五年間は、アルーマ峡谷の時の年間売り上げから、三十パーセントを保証しようじゃありませんか。どうです? 全くもって悪くない話だと思いますが?」


「………」


「………」


 旅館主達が黙り込むと、レバントンも口をつぐんで待つ。すると列の真ん中に座る旅館主の一人が、躊躇いがちにレバントンに問い質しだした。新緑湯屋を経営するペラスという男性だ。その内容にレバントンの丸目ゴーグルのフレームが光る。


「…ほ、本当に、保証はして…もっ、もらえるんでしょうな…」


 一斉に驚くエテルナら残る六人が、名前や屋号を呼ぶ。


「ペラスさん!」

「新緑さん!」

「だめだ、ペラス!」


 しかしそれらを遮るか如く、レバントンはペラスの前でしゃがみ込み、大きな声で応じた。


「もっちろんですとも! 決して後悔させませんよぉお!!」


 ただこの場にいる彼等は、誰一人として気付いていなかった。天井に設けられた通気口の奥に潜む、整備員姿のカール=モ・リーラの姿に………







【第12話につづく】

 

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