#16

 

 三日月の星、ガヌーバ。その呼び名の元となっている、三日月型の特異な姿をした衛星。そこにアクレイド傭兵団の中継基地があった。大きくカーブした衛星の内側に蜘蛛が巣を張ったような形状で、十本の太いワイヤーが中央の基地本体を引っ張り、中空に固定している。


 そこへガヌーバの地表から発進して来た貨物船が接近する。基地の反対側には、飛来した貨物船の三倍ほどはある、より大型の貨物船が停泊し、何らかの荷が入ったコンテナの積み込みを行っていた。

 到着した貨物船はドッキング・ベイに接舷し、早速コンテナを降ろし始めた。大型貨物船が積み込んでいるのと同じコンテナであり、ここで積み替えを行っていると知れる。


 そして荷下ろしを始めた貨物船からエアロックに姿を現したのは、レバントンであった。二人の手下を連れている。手動のドアを手下に開けさせ、積み下ろし作業場に出たレバントンを、十人ほどの男が待ち受けていた。

 一人はグレーに染めたスーツ姿の痩身、初老で杖をついている。あとはパイロットスーツの男達。ただそのパイロットスーツに統一性は無く、個々に持ち寄った感がある。おそらく傭兵であろう。


「ご無沙汰しております、ブラカ様」


 スーツの初老男性に歩み寄ったレバントンは、恭しく頭を下げた。


「久しいな、レバントン」


 ブラカと呼ばれた初老の男は、無表情で言葉を返す。


「陸戦型『ミツルギ』…よもやブラカ様に、お届け頂けるとは」


 そう言ってレバントンが振り向いた視線の先には、大型貨物船が積んで来たと思われる、BSIユニット『ミツルギ』が片膝をついた姿で十機も置かれていた。どれも塗装はバラバラで、部分的に仕様も違うようだ。ただこれはアクレイド傭兵団のように、戦場跡で拾って来たり、横流し品や廃棄品を再生したものを使う、傭兵部隊ではよく見られる光景である。


「まさかな。ここで積んだコンテナを、ナナージーマ星系に届けるというので、便乗させてもらったまでだ」


「なるほど。この荷と共にブラカ様も、ご使者としてナナージーマに…ケーニルス宗大師猊下はカガンに続き、本格的にナナージーマ星系をご支援なさるというわけですか…イーゴン教団との連携を考えると、その次はヒーエイス星系辺りでしょうかな?」


「………」


 レバントンの問いにブラカは返答する事無く、無言で見据える。その意味に気付いたレバントンは、畏まって頭を下げた。


「これは失礼しました」


 ブラカはやや大きく息を吐くと、レバントンに忠告する。


「本営統帥部の方針に、迂闊に探りを入れるのは、身の危険だと思え」


「は…申し訳ございません」


 一つ頷いたブラカは、さらにレバントンに告げた。


「それよりも、貴様は例の峡谷を手に入れる事に集中しろ。もはや予定期限はとうに過ぎていると言うではないか。遅れているのは我等が勢力圏でも、ここだけだと聞くぞ…」



 

 ノヴァルナはその日の午後、二人の妹を『クォルガルード』へ送って行った。入手したあの地下資源データを、『クォルガルード』のコンピューターでもう一度解析し、謎のプロテクトが何を隠すものなのかを探るためだ。


 テシウス=ラームが残るため、来る時に使用した反重力車は使わず、バイクでの移動である。ノヴァルナはマリーナ、ノアはフェアンをタンデムシートに乗せて、『ホロウシュ』のランとササーラ。それにキュエル、ジュゼ、キスティス。ノアの護衛のカレンガミノ姉妹が同行する形だった。


 共同駐車場でノヴァルナ達を見送ったのは、ラームとキノッサの二人だけだ。アルーマ天光閣にはあとの『』ホロウシュ』の、ハッチ、モ・リーラとイーテス兄弟が残り、昨日のいざこざでレバントンらが、天光閣に対して実力行使を仕掛けて来た場合に備えている。


 天光閣へ向かう川沿いの道を歩きながら、ラームは軽く頭を振った。


「いやぁ…また、面倒な事に巻き込まれたもんだ」


 ため息交じりに零すラームに、キノッサは苦笑いを浮かべて応じる。


「なんなんスかねぇ…ノヴァルナ様は。ご自分からトラブルを呼び込む運命?…みたいな?」


「ハハ…キノッサくん、それは不敬というものだよ」


 テシウス=ラームは文官上がりの家老であるため、人当たりが柔らかい。また年齢的にも三十代後半で、今回の旅では年長者として、ノヴァルナ達を見守るような立場でもあった。


「はぁ。ラーム様はお優しいですねぇ。『ホロウシュ』の皆さんは、トゲトゲしてばっかだってーのに」


「それはみんな、若いからだよ。それにノヴァルナ様をお守りする役目であれば、つい気を張ってしまうのも、当たり前だと思うね」


「そんなもんスかねぇ…」


「そう言うキノッサくんも、なかなか頑張っているじゃないか。キオ・スー城の修理の補佐をした時も、ナイドル様が褒めていたよ。よく気が付いて、よく動いてくれる!…とね」


 ラームの言葉に照れたキノッサは、「いやぁ~」と言いながら頭を掻く。人を褒める事はあっても、褒められる事には慣れていないらしい。とその時、キノッサのさほど大きくない眼に、人が殴られる光景が飛び込んで来た。前方百数十メートルほどの、石段を下りた河原が現場だ。

 キノッサがよく見れば、昨日、天光閣のエントランスホールで鉢合わせし、挨拶を交わした若い女性と二人の成人男性が、六人の男に絡まれているのだった。いま殴られたのは、若い女性の連れの男の片方である。絡んでいる男達は、昨日ノヴァルナらが撃退したのと同じような、ならず者に見えた。


“あれ…は…”


 緊張感が走るキノッサ。背後でラームが声を上げる。


「大変だ。通報を!」


 その直後、若い女性のもう一人の連れの男も、ならず者の一人に殴り倒された。残った若い女性の手首を、別のならず者が鷲掴みにして引きずって行こうとする。

 

 キノッサは両手が震えるのを自覚した。喉が渇いていくのも。怖いと思う。自分はまだ誰からも武人と認められていない。その評価は正しいと思わざるを得ない、自分自身の肉体的な反応だった。ASGULパイロットとして戦場に出た事もあるが、いつも生き延びるので精一杯だ。



だが目の前で、あの子が連れ去られようとしている―――



「た…たた、助けなきゃ!」


 自分に言い聞かせるように言うキノッサ。呟きにしては大きなその声に、ラームが背後から呼び掛ける。


「キノッサくん!」


「ラーム様はここで、ハッチ様達に連絡を!」


 それだけ言い残してキノッサは駆け出した。ならず者達に向かって。




「やめてっ! やめてってば!!」


 悲痛な声を上げる女性。連れの男性二人は彼女を守る事が出来ず、河原の石ころの上に倒れて呻いている。一人は腹を両手で押さえ、もう一人はひどい鼻血だ。


「へへへッ…さぁあ、あっちの岩陰で楽しもうじゃねぇかあ!」


「みんなで、可愛がってやっからよぉ!」


 下劣な欲望丸出しの表情で、女性を取り囲むならず者達。その光景に、まだ僅かばかりいる温泉郷の利用客は、怯えて身を隠すばかりである。


「いやぁっ! 助けてっ!!!!」


 必死に抵抗する女性の髪を、ならず者の一人が荒々しく掴んで、河原に引き倒した。そして厳つい顔を歪めて仲間に提案する。


「めんどくせぇ。ここでヤッちまうか? ヘッヘヘヘ…」


 しかし次の瞬間、その男の側頭部に飛んで来た石つぶてが激突。男は「ギャッ」と喚いてひっくり返った。その倒れた男を驚いて見下ろす仲間。そこに小柄な体に似合わず、大声で怒鳴りながら走って来る猿顔の若者。キノッサだ。


「待てぇえッ!! おまえら、許さんぞーーー!!!!」


 ただその怒鳴り声は緊張によって些か上擦り、迫力に欠けた。ノヴァルナや『ホロウシュ』のように、怒鳴り慣れていないのもあるだろう。


「なんだ? あのチビ」


 人相の悪いならず者がキノッサを振り向く。その一人の、今度は眉間に石つぶてが命中し、ならず者は「いてぇええ!!」と叫んで、顔を両手で抱えながら倒れた。ただ機先を制されたならず者達も、これで体勢を立て直す。


「ぉらあっ! ぶっ殺されてぇか、チビ!」


 キノッサはそれには応じず、代わりに河原の石を引っ掴んで投げつけた。しかしこれは当たらない。ならず者達は一斉に、キノッサ目掛けて走りだす。その圧迫感にキノッサは逃げ出したくなったが、必死に踏みとどまって、新たな石つぶてをならず者達へ投擲する。その石を先頭の男が避ける隙を突き、キノッサは自分からならず者達に突っ込んで行った。





▶#17につづく

 

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