#14

 

 一方、ノヴァルナに追い返されたレバントンは、その足でザブルナルの市長のもとを訪ねていた。ただその顔には怒りはなく、余裕すら感じさせる。


「もはやコソコソと地道な嫌がらせを繰り返す必要も、なくなったというものですよ、市長。露見した以上は、実力行使もやむをえません」


 市長室の豪華な調度品に囲まれる中、ソファーに腰を下ろしたレバントンは、出されたワインのボトルを手酌で自分のグラスに注ぎ、甲高い声で告げる。


「しかし、レバントン…性急過ぎるのではないか?」


 そう疑問を呈する市長の名はフラッド=ペラス。イモリのように大きな眼を持つカンソラ星人の中年男性だ。ハンカチで額の汗を拭きながら、紫色の瞳の眼をしばたかせる。


「何を仰っているのです。本来ならあの峡谷は、すでに我々のものになっていなければならなかった!…それを、一年以上もかかっているのは市長、あなたが優柔不断だったからに他ありません」


「だが私はあくまでも、穏便に…」


「市長―――」


 宥めるようなレバントンの口調だが、丸目ゴーグルの奥では、双眸が冷たい光を放っていた。


「貴方が今の地位を得たのは、我々『アクレイド傭兵団』の力だという事を、よもやお忘れではないでしょうな?…民主主義のように選挙で選ぶのであれば、貴方が市長になれる可能性などなかった。このザブルナルは惑星ガヌーバでも有数の、豊かな市…その座を手放したくはないでしょう?」


「そ、それは。無論のこと…」


「それでしたら、強制代執行命令を早急に…」


 市長のぺラスはどうやらレバントンの、傀儡に過ぎないらしい。そしてレバントンの正体は、二年前にノヴァルナとの因縁が生じた、『アクレイド傭兵団』の人間であると思われる。やはりノヴァルナの嗅覚は、自覚は無くとも自分の敵を嗅ぎ分けるようであった………



 

 翌日朝、データパッド片手にノヴァルナの部屋にやって来たのは、妹のフェアンだった。姉のマリーナと一緒である。


兄様にいさまー。ハッキング出来たよー」


 ノアと二人で朝食をとっていたノヴァルナは、ノックもせずに入って来るフェアンに、跳び上がって驚いた。


「てっ、てめフェアン!」


 ノヴァルナがびっくりしたのも無理はない。向かい合って座るノアから、フォークに掬った朝食の半熟玉子を、“あーん”してもらっていたからだ。


「やだー、ラブラブじゃーん」


 フェアンの冷やかしの言葉に、顔を赤らめるノヴァルナ。ノアの方が肝が据わっており、何事もない様子で「おはよう」と声を掛ける。そしてマリーナは無遠慮な妹を叱りつけた。


「もぅ、イチ! はしたない真似で、兄上を困らせるんじゃありません」


「はーい」


 気にするふうもなく応じるフェアン。ノヴァルナはやれやれ…と首を振ると同時に、些か不安になる。近頃は妹が自分の傍若無人さを、真似しているような気がしたからだ。複雑な気持ちでフェアンを見据えながら、ノヴァルナは居住まいを正して尋ねた。


「んで?…もうハッキングできたってのか? えらくはえーな」


「うん。兄様、義姉様。そこ座っていい?」


「おう」


 許可を得たフェアンは、ノヴァルナとノアの間の椅子に座ると、テーブルにデータパッドを置いて起動する。ホログラムキーボードが展開し、フェアンは素早く指を動かしだした。その間にマリーナはノヴァルナに訴える。


「聞いてください兄上。イチったら昨日、寝てないんですよ。一晩中、ハッキング作業してて」


 するとそれを耳にしたフェアンは、キー操作をつづけながら、ノヴァルナの口真似をして応じた。


「一晩や二晩、寝なかったぐれーで、死にゃしねーよ」


 それを聞いたマリーナは、フェアンではなくノヴァルナをジロリと睨んだ。彼女も妹の近頃の我儘な態度が、兄から良くない影響を受けているのではないか…と考えているようだ。


「………」


 たじろぐノヴァルナ。と、それに代わってノアが優しくフェアンを諭した。


「イチちゃん。頑張るのはいいけど、若い女の子はちゃんと睡眠をとらないと、お肌に元気がなくなって、可愛く見えなくなるわよ」


 ノアの言葉にピクリ…と肩を震わせたフェアンは、頬を染めて「う…うん。ごめんなさい」と素直に謝る。“可愛く見えなくなる”と言われたことに、なにかしら心が動いたらしい。ともあれ、データ処理を終えたフェアンは、データパッド上にハッキング内容を現す、ホログラムスクリーンを浮かび上がらせた。


「はい。出たよ、兄様」


 そうなると、ふざけ半分だったノヴァルナも真顔になる。スクリーンにはザブルナル市行政府のメインコンピューター内にある、入植地開拓用の地質データが表示されていた。

 

 これらのデータはフェアンが、宇宙港に停泊している戦闘輸送艦『クォルガルード』の電子戦システムを介して、ザブルナル市行政府のコンピューターに“不正”アクセスしたものである。

 行政府のコンピューターも、それなりに硬いプロテクトがかけられている。しかしそれも、最新鋭艦の電子戦システムとフェアンの才能の前には無力だった。


「こいつは…この惑星の地質データのアーカイブだな…しかも相当古い。四百年前に銀河皇国がこの星系を植民地にする事が可能か、調査した時のもんみてぇだ」


 ノヴァルナは、フェアンが入手したデータのホログラムを指で触り、中身をスクロールさせながら呟く。そしてタグの付いているページを見つけると、そのページをドラッグして前面に開いた。それは今ノヴァルナ達がいる、バンクナス大火山周辺の地下資源調査報告書である。


「3Dマップデータも添付されてるみたいだよ。開いてみる?」


 フェアンが尋ねるとノヴァルナは「おう、頼む」と応じた。兄の言葉でフェアンはホログラムキーボードを軽快に操作する。すぐにテーブル一面にバンクナス大火山周辺の3Dマップが広がった。フェアンは気を利かせて、そのマップに現在の地名が書かれているもう一つのマップを合成してやる。

 標高が五千メートルもある大火山は、マップのサイズでは高すぎて、麓の部分までしか表示されていない。地下資源データのマップだから尚更だろう。マップには惑星ガヌーバの主要産出品サルフ・アルミナを中心に、数種の金属鉱床の位置と状態が記されていた。


「えっと…『オ・カーミ』が言ってた、ナントカ台地ってのは…」


 見回すノヴァルナに、ノアが指をさしながら告げる。


「ネドバ台地…ここよ」


「おう、サンキュ」


 ネドバ台地を見ると、確かにサルフ・アルミナの鉱床があり、それは末広がりになる形で、アルーマ峡谷の地下にまで伸びて来ていた。ただその規模となると、ノヴァルナは首を捻る。マップが示すネドバ台地のサルフ・アルミナ鉱床の埋蔵量は、とりたてて群を抜いて多いというほどではなかったのだ。


 となれば市長達が、このアルーマ温泉郷の旅館にまで立ち退きを求めるには、理由が弱いように思う。単に税収を考えるなら、旅館群を立ち退かせてサルフ・アルミナの採掘場を建設したところで、それほど税収が増えるとは考え難い。


「てゆーか…そんな、天領をどうにかしてまで、採掘場を建設するほどの埋蔵量でもなさそうだぜ」


 訝しげに言うノヴァルナの向かい側で、3Dマップを眺めていたノアは、少し間を置いて気付いた事を口にする。


「待って。これ…改訂されているみたい。二年前の更新記録があるわ」






▶#15につづく

 

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