#17
そのノヴァルナ達の乗る『クォルガルード』の後を、約五百万キロ離れて航行している一隻の恒星間貨物船があった。『エラントン』号という名のその貨物船が、キネイ=クーケン率いるノヴァルナ殺害部隊の使用している船である。
貨物船『エラントン』はいわゆる“仮装巡航艦”であって、外見は貨物船ながら主砲として巡航艦並みのブラストキャノンと、対艦誘導弾発射機を、偽装して搭載していた。
これは明らかに違法行為である。貨物船に許される武装は、あくまでも宇宙海賊対策などの防御兵器のみとして、駆逐艦級の主砲以下のビーム砲に限られており、それも武装付加型貨物船の登録が必要だった。
この『エラントン』のような過度の武装を隠し持つ貨物船は、“仮装巡航艦”と呼ばれる非公式な軍艦の一種であり、戦時においては敵対国の貨物船を拿捕、または撃破し、交易経済活動を妨害する事を目的として、人類がまだ宇宙に進出する以前から存在している。
これと同種の“仮装巡航艦”は、三年前にノヴァルナがキオ・スー城上空の鉱物精製プラント衛星で戦った、モルンゴール人“サイガンのマゴディ”率いる傭兵団も使用していたため、ノヴァルナとは些か因縁めいたものを感じさせた。
「どうします?…星系外縁部で超空間転移の直前を狙って、仕掛けますか?」
『エラントン』の艦橋で、長距離センサーのホログラムスクリーンを見詰める一人の部下が、キネイ=クーケンに問い掛ける。だが艦長席に座るクーケンは、ゆっくりと首を振って否定した。
「キオ・スー家から流れて来た情報を見たが、ありゃあ輸送艦とは名ばかりで、この艦以上の戦闘力を持つ新鋭艦らしい。まともに撃ち合うのは危険だ」
“キオ・スー家から流れて来た情報”とはすなわち、カルツェの側近クラード=トゥズークがイースキー家に流出させた、今回のノヴァルナ一行の皇都行きのルートなどの情報の事で、惑星ルシナスでの襲撃作戦も、この情報を元に計画されたのである。さらに情報の中には、新型戦闘輸送艦『クォルガルード』に関するデータも含まれていた。
「対艦戦やBSIユニットを使われちゃあ、陸戦隊の我々に、勝ち目はありませんからね」
そう応じたのはクーケンを補佐するアロロア星人である。すると長距離センサーを見ていた部下が、状況に変化が起きた事を報告する。
「長距離センサーに反応。前方、第六惑星の陰より複数の艦が出現…識別信号を確認、アンソルヴァ星系防衛艦隊です」
それに続いて通信士が報告した。
「アンソルヴァ星系防衛艦隊より通信。惑星ルシナスのミショス島、海中展望塔爆破事件に関する臨検命令です。停船を求めて来ています」
接近を始めるアンソルヴァ星系防衛艦隊。一見すると窮地に陥った感があるが、クーケンは落ち着き払って命じた。
「よし。向こうの言う通りにしろ」
宇宙空間で停止したクーケン部隊の『エラントン』の両側に、アンソルヴァ星系防衛艦隊の砲艦が一隻ずつ、至近距離で横づけする。すると片方の砲艦から、クーケンの元へ通信が入った。
「こちらは砲艦『ジラヴァ06』。貨物船『エラントン』。貴船の運行データへのアクセスを要求する。プロテクトを解除し、データリンクに備えよ」
それに対し、クーケンは「指示に従え」と短く応じる。オペレーターが要求通りにデータリンクのプロテクトを解除すると、すぐに砲艦『ジラヴァ06』が自らのコンピューターを同調させて来た。同時にもう一方の砲艦が、スキャンビームを照射する。
クーケンが見据える通信映像には、『ジラヴァ06』の艦橋内が映し出されていた。取得した『エラントン』の運行データを確認しながら、『ジラヴァ06』の艦長が、クーケンに内容を問い質して来る。よく太った小役人風の男だ。
「貨物船『エラントン』号、アルゴノア宙運所属…三日前に、第四惑星スクウロを出港。オ・ワーリ宙域ランベルロム星系第三惑星…シノアに、タクタイト鉱石六百トンを輸送…か。それで?…惑星ルシナスに立ち寄った理由は?」
向こうの艦長は『エラントン』の運行データを見て、第四惑星を出港して、隣の第五惑星ルシナスに立ち寄った事が、ひっかかったらしい。だがクーケンには想定済みの質問だった。そもそも運行データ自体が、臨検を受けた時のための偽造データであったからだ。クーケンは民間交易船の船長を装い、やや砕けた口調で艦長の質問に応じる。
「いやぁ、もちろんバカンスですよ。この星系に来ておいて、ルシナスに寄らない手はないでしょう。会社にも許可は貰ってます」
「ふぅむ…」
クーケンの言葉に艦長は顎を撫でながら小さく唸った。そしてオペレーターを振り向いて尋ねる。
「積み荷は、リスト通りか?」
「スキャンの結果は、リスト通りです」とオペレーター。
そのはずである。『エラントン』は“仮装巡航艦”として、貨物室に本物のタクタイト鉱石の詰まったコンテナを積んでいた。また偽造データは当然、軍用の高精度のものであり、しかも電子戦レベルのウイルスプログラムまで仕込んである。そのため、これにリンクした砲艦『ジラヴァ06』のコンピューターは、逆に『エラントン』のコンピューターに、支配される形となってしまっていた。艦長が第四惑星スクウロ宇宙港のコンピューターにアクセスして、『エラントン』の出港記録の確認を命じるが、『ジラヴァ06』のコンピューターは事実に反して、スクウロ宇宙港の出港記録があった事を報告した。
偽の情報とは知らず、『ジラヴァ06』の艦長は『エラントン』をシロだと判断。些かもったいぶった態度で、クーケンらの臨検を終えた事を告げる。
「オッケーだ、貨物船『エラントン』。航行を許可する。航宙の安全を祈る」
もう少し詳しく『エラントン』を調査すれば、この船の正体に気付くはずだったが、『ジラヴァ06』の艦長は、決められたルーティン以上の事はやるつもりはなかった。他にも調査しなければならない船は幾らでもあるからだ。無論、仮装巡航艦『エラントン』の偽造運航データが、それだけ巧妙だという事でもある。
「ありがとうございます。お疲れ様です」
艦長の言葉に対し、クーケンも民間業者船長の振りを続け、内心の不満を隠す営業的な微笑みで応じた。臨検など受ける方にとっては面倒なだけであり、それを慇懃過ぎる態度で礼をしては、かえって疑われかねないからだ。
その一方でこのやり取りを見て、クーケンを補佐するアロロア星人は、細長い口からフゥ…と息をついた。そして万が一の場合に備えて、起動準備を終えていた偽装ブラストキャノンの、コントロールパネルから手を離す。
二隻の砲艦が動き出すのを待って、『エラントン』は航行を再開した。
「ノヴァルナ達の艦との距離が、だいぶ離れてしまいましたが…加速して縮めますか?」
航宙士が尋ねて来るが、クーケンは首を左右に振って応じる。
「構わん。規定速度で進め。星系最外縁部に達するまでは、あと何回かは臨検の艦に出くわすだろうからな。規定以上の速度で航行しているのを発見されては、余計な疑いをもたれる」
ただそうして『エラントン』が航行を再開して、三十分も経たないうちに、また新たな船が交信を求めて来た。
「またか。今度はなんだ?」
眉間に皺を寄せてクーケンが問い質すと、通信オペレーターが異臭でも嗅いだような顔を向けて来て答える。
「ランデブーの要請。本国からの増援部隊だと言っていますが…」
訝しげな表情になるクーケン。増援部隊が送られて来るという話など、聞かされてはいない。それに通信オペレーターのあの嫌そうな表情はなんだ…と思う。そしてオペレーターの様子の意味は、報告の続きで理解できた。
「指揮を執っているのは、ビーダ=ザイードとラクシャス=ハルマです」
その指揮官の名を聞いて、クーケンの表情も苦々しいものに変わった。ビーダ=ザイードとラクシャス=ハルマ…オルグターツ=イースキーの側近にして、男女の愛人。オルグターツの寵愛を笠に着て、このところ専横の度が増して来た、家中でも悪評高い二人である。その二人が派遣されて来たとなると、何かと口出しされるのは確実だ。
余計なものを…と、この先の事が思いやられ、キネイ=クーケンの表情はますます苦々しくなっていった………
【第11話につづく】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます