#12
クーケン隊が主君ギルターツ=イースキーから与えられた命令は、キヨウへ向かうノヴァルナの殺害その一点であり、今回は二年前のようなノアの拉致は命じられていなかった。つまりもはやノヴァルナを殺害するためであれば、ノアや他の同行者がどうなろうと構わないと言う事である。ノアを捕えたところで、ラゴンに残っているノアの二人の弟も捕らえなければ、言う事を聞かせられないだろうからだ。
ところがクーケン隊が出発する直前になって横槍が入った。ギルターツの嫡男、オルグターツからの要請…いや命令である。
「ノア姫を、俺のところへ連れて来ォい!」
独特の癖があるオルグターツの言葉を聞いたクーケン達は、当惑の表情を浮かべた。彼等の戦力は三十六名、護衛が二十名前後いる相手からノア姫だけを奪い、なおかつノヴァルナ本人を殺害するなど、現実を考えるとほぼ不可能な命令でしかない。しかし酒色に溺れる生活に浸るばかりのオルグターツは、そのような事を抗議しても、耳を貸すはずなどはなかった。
「ノアを連れ帰ったらァ、親父とは別にィ、たっぷりと褒美をくれてやるぞォ」
オルグターツは二年前のイナヴァーザン城制圧作戦の際、クーケンらを率いた指揮官であり、その時の縁もあってクーケンも断るわけにもいかないのが、厳しいところである。二年前も同様の要求をしていたオルグターツだが、いまだに諦めていなかったのだ。
「ノアもォ、ますますイイ女になったしィ。手に入れたらアレコレたっぷりと仕込んで、壊れるまで可愛がってやるぜェ。ウェヘヘヘ…」
ノヴァルナが聞いたなら、怒髪天を衝くであろう言葉を吐いたオルグターツは、クーケンらの困惑をよそに、現実を考えずノア達を捕らえた後の事を想像して一人悦に入る。このような態度を見せつけられては、クーケン達も呆れるしかない。その時の事を思い起こして、クーケンの部下のアロロア星人は不平を口にしたのだ。
「ううむ…」
アロロア星人の「女達は諦めろ」という言葉に、指揮官のクーケンは唸り声を漏らす。事実すでに四人の死者を出しており、クーケン自身の意思も揺らいでいた。
「元々が無理な命令だったのです。損害が拡大する前にご決断を!」
アロロア星人の進言と督促に、思案顔をしていたクーケンも一つ頷く。
「よかろう…第2プランに移行。塔の外壁を爆破し、目標を殲滅する」
クーケンの命令を、アロロア星人は通信機を通して全員に伝えた。
「レインボウよりレイニーマン総員。第2プラン状況開始。繰り返す…」
コントロールルームからの指示を聞いた陸戦隊員達は、塔の中央を貫く形のシャフトエレベーターに、全員が乗り込んだ。戦闘を中断して一気に数階層を上がって行く。敵が再度攻撃を仕掛けて来ない事と、シャフトの中をエレベーターが上昇する表示に、『ホロウシュ』のカール=モ・リーラとヨリューダッカ=ハッチは、ササーラに状況の変化を意見具申する。
「ササーラ様。敵のこの引き際。なんかヤバい感じですぜ!」
「俺達も動いた方が、いいんじゃねぇッスか!?」
スラム街育ちで悪党上がりの二人だが、ノヴァルナのもとで数々の戦いに参加した現在、彼等の“いくさに対する嗅覚”は、一線級の武人と比しても遜色ないレベルである。モ・リーラもハッチも言葉遣いにはいまだ不都合な点が多いが、ササーラも二人の意見には頷けた。
「わかった。ノヴァルナ様!」
こちらを振り向いて指示を仰ごうとするササーラに、ノヴァルナはきっぱりと命じる。
「任せる!」
ササーラの判断で一行は、モ・リーラとハッチの先導により、動きが止まったエスカレーターを駆け上がり始めた。とその時である、彼等がいる海中タワーの壁面で複数の小爆発が発生する。クーケン隊が第2プランとして用意していた、小型爆弾が爆発したのだ。透明な外壁のそこかしこに裂け目が出来て、たちまち海水が噴き出す。
「水だ!」
叫ぶササーラ。本来なら浸水を防ぐ水密機能が幾つもある海中タワーだが、クーケン隊がセキュリティコントロールを支配しており、水密機能は停止されている。
「俺達を溺れさせる気かよ!?」
ただの階段と化したエスカレーターを駆け上がりながら、ノヴァルナは苦虫を嚙み潰したような表情になった。しかも深部では水圧で外壁が大きく破損し、大量の海水が塔内を満たしていく。
「兄様…」
不安げな顔を向けて来る妹のフェアンに、ノヴァルナは「心配すんな」と声をかけた。とはいえ足下を見れば、こちらが駆け上がる速度より、水位の上昇速度の方が早い。それに少女の足で階段を何百メートルも駆け上がれるものではない。
“このままじゃマズいな…”
何か手はないものか、と思考を巡らせた直後、水圧によって塔の外壁にさらに大きな亀裂が入り、これまで以上に大量の海水が短時間で流入を始めた。塔の階層ごとに設けられたレストランや、ダンスホール、イベント会場なども器材などが次々に押し流され、渦を巻いてノヴァルナ達に迫って来る。
するとそんな折、先行していたモ・リーラとハッチが、エスカレーターを駆け降りて来て報告した。
「駄目ッス。この上の潜水艦展示場には入れねぇッス!」
モ・リーラが叫ぶように告げると、ササーラは強い口調で問い質す。
「なにっ! どういう事だ!!」
「展示場出入口の水密シャッターが下りてるッス! 先に進めません!」
ハッチの言葉を聞いたノヴァルナは一行から抜け出し、エスカレーターを駆け上がった。そしてエスカレーターの降り口を塞いでいる、金属製のシャッターの前に立と、拳で叩いてみる。そうするうちにノアや妹達も追いついて来た。
円形の海中塔内に流れ込む海水は量を増す一方だ。塔を支える構造材は強固な特殊合金製で、大量に流れ込む海水の圧力にも耐えていたが、透明金属製の外壁は水密機能が停止させられているため、水圧に耐えかねて崩壊し続けている。事実エスカレーターから下を見れば、流入して来た海水が二階層下まで飲みつくしていた。今の海面の上昇率から目算すると、あと五分もすれば全員が溺死の憂き目に遭うだろう。敵はここでノヴァルナ達全員を抹殺するつもりのようだ。
ノヴァルナが叩いたシャッターは厚さが20センチはあると思われた。平時はエスカレーターの乗降口の天井内に、折り畳まれて収納されているようで、約1メートルごとに大きな蝶番状の可動部がある。水圧などの圧力が一方からかかると、より強度を増す構造だ。このシャッターの形状を見たノヴァルナは、後ろを振り向いて部下達に指示を出した。
「俺とササーラでシャッターの可動部を焼き切る。ブラスターを連続照射モードにしてな。だがこれをやるとエネルギーは十秒も持たねぇ! だからみんなのブラスターとエネルギーパックを貸せ!」
ハンドブラスターのエネルギーはそれほど多くなはい。単発で射撃しても十回ほどで尽きる。それをレーザートーチのように、金属の焼き切りなどに使用するのであれば、多量のエネルギーが必要になるのは必然だ。
「考えてる場合じゃねぇ! やるぞササーラ!」
「はっ!」
そう命じたノヴァルナはササーラと並んで、シャッターの折り畳み可動部の上から二番目―――ちょうど頭の上辺りの位置を狙い、連続照射モードにしたハンドブラスターのトリガーを引いた。まばゆい光を反射する可動部の一点が赤くなり、次第に白熱化し始める。そして白熱化した箇所からジリジリと穴が開き始めた。そこから視線を逸らし、ノヴァルナは告げる。
「みんな。光を直接見んじゃねーぞ!」
▶#13につづく
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