#15

 


場面は戻って、カルツェらを呼び寄せた謁見の間―――



「よう、カルツェ。今回はツキがなかったな」


 謀叛を起こす前と変わらぬノヴァルナの語り掛けに、カルツェはその思惑が読めず、片膝をつき頭を下げたまま、硬い表情を続けた。


「正直おまえに、実際に謀叛を起こす度胸があったとは、驚きだぜ」


「………」


 無言でうつむいたままのカルツェに、ノヴァルナは問う。


「何か言いたい事はあるか?」


「この身の処遇はすでに、兄上の御意のままに…」


「じゃあ、俺が“死ね”と言ったら、死ぬんだな?」


 ノヴァルナが突き放すような口調で言うと、静まり返った謁見の間に集まる人々の間で、無数の息をのむ微かな音が響くのが聞こえ、視界の片隅では先の会見で、必死にカルツェの命乞いをした母親のトゥディラが、体を震わせるのが見える。

 とその時、カルツェのやや後ろに控えていたカッツ・ゴーンロッグ=シルバータが、咳き込むような勢いと大きな声で発言の許可を求めた。


「おっ! 恐れながら、ノヴァルナ殿下。発言をお許しください!」


「おう。ゴーンロッグ、言ってみ?」


「此度の殿下に弓引く行為! 全ては私の一存にて計画したる事! 処断を負うべき罪の全ては私にございますれば、カルツェ様には寛大なご裁可をどうか! どうか、お願い申し上げまする!!」


 するとノヴァルナは少々意地悪い眼になって、ゴーンロッグに問い質した。


「へぇ…て事は、てめーがカルツェを丸め込んで、謀叛を決めさせたのか?」


「む…無論の事にて」


 シルバータは厳つい顔に、脂汗を浮かべて答える。この愚直な男が、そんな小細工を弄する事が出来ないのをよく知っているノヴァルナは、「アッハハハ!」と、いつもの高笑いを発して、不敵な笑みを浮かべる。


「てめーが、そんな事出来るタマかよ!? 相変わらずな奴だぜ!」


「出来まする! 出来まするゆえ!!」


「嘘こくな。もういいって」


「そこを何とか…」


「アッハハハ! “そこを何とか”ってなんだよ! もちっとマシな言い方しろ。てか、てめ、しつけーぞ。ゴーンロッグ!」


「………」


 食い下がろうとしたのを軽くいなすように言い返され、シルバータは押し黙るしかなかった。とは言うものの、ノヴァルナのシルバータに対する心証は悪くない。カルツェに必要なのは、こういった不器用でも誠実な家臣だと思う。


 眼光を和らげたノヴァルナは、シルバータに告げた。


「いいからまず俺の話を聞け、ゴーンロッグ」


 シルバータを引き下がらせたノヴァルナは、左隣に座るノアを見遣って視線を交わすと軽く頷き合った。そして前に向き直って昨夜、ノアから話を聞き、それを踏まえた自分の考えを話し始める。


「俺は最初、カルツェを処刑する事も考えた」


 サッ!と謁見の間の空気が固まるが、ノヴァルナは構わず続けた。


「自分の弟であっても国政を乱し、無駄に兵の命を損耗した事は許し難い。だが…戦死したカルツェの軍の将兵はカルツェこそが、キオ・スー=ウォーダ家の主君となるに相応しいと信じ、忠義を尽くして命を散らせたんだ。キオ・スー=ウォーダ家のためを思い、死んでいった者達の忠義は評価すべきだ」


 ノヴァルナの口調が落ち着いたものに代わり、家臣達の緊張感が増す。


「結論から言う。カルツェは処刑しない―――」


 家臣達の中から、複数の安堵の息が漏れる。一方で“何故だ?”という眼を向けて来る家臣もいる。


「カルツェが犯した罪は罪だ。だが罪は俺にもある…それは俺が、俺の本心を皆に見せなかった事だ。上辺だけの俺を見て俺を軽蔑し、カルツェこそが当主に相応しいと思わせてしまった俺の罪だ。それは反省しなければならない事実だと、思っている」


 ノヴァルナの口から出た“反省”という言葉に、少なくない数の家臣達が驚きの表情になった。


「だから、俺にはカルツェの罪を断ずる事は出来ない。カルツェを罰する事はカルツェを信じ、忠義のために死んでいった将兵の志を、踏みにじる事になるからだ」




ここで再び昨夜の夕食中のノアとの会話―――


「あなたが我儘放題に振舞っているのは、外部の敵だけでなく、内部の敵対者に向けてのものだとは分かってるわ―――」


 そういうノアの声は誠実だった。ノアもこの際ノヴァルナのために、いつか言っておかなければならないと考えていた事を、言葉にしようと思っていたからだ。


「でも、“本当の俺を見抜けない奴は、どうにでもなれ!”ってやり方、そろそろやめにしない?」


「………」ノアに諭され、ノヴァルナは複雑な表情になった。


「今の私はあなたの事が大好きよ。おバカなところも含めてね。でもそれは、あなたの本当の姿が分かってからの事。知ってるでしょ?…あなたと出逢った最初の頃は私、あなたという人が理解できなくて、大嫌いだったって」


「まあな…」


 短く答えて手指で頭を掻くノヴァルナ。そういうノヴァルナもはじめのうちは、自分の仕掛けた壁を悉く打ち破って来る、ノアの事がひどく苦手だったのだ。

 

 ノアはさらに言葉に続けた。


「もしあの時、あなたと一緒に未来のムツルー宙域に飛ばされずに、あなたの事を知らないままで別れてたら、私はたぶん、今でもあなたが大嫌いでいるはずよ。それがこんなに好きになれたのは、あなたを知る機会があったから。『ホロウシュ』のみんなもそうでしょ?…あなたが理解出来てるから、あなたに忠義を尽くしてくれるんだし」


 それに対し、ノヴァルナは不平を口にする。


「俺は、俺を嫌いな奴にまで、好かれたいとは思わねぇ」


 ノアは根気よくノヴァルナを諭す。


「あなたを一目見て本質を見抜ける人なんて、滅多にいないわよ。ムツルー宙域に飛ばされた時だって、初見から意気投合したのって、ダンティス家のマーシャルさんぐらいだったじゃない」


 マーシャル=ダンティスは皇国暦1589年―――今から33年後のムツルー宙域でノヴァルナとノアが出逢った、星大名ダンティス家の若き当主だった。ノヴァルナに似て型破りな若者で、それゆえにノヴァルナを一目見ただけで、自分と同種の人間だと見抜く事が出来たのだ。もっともこれは稀有な例と言っていい。


「俺に媚びを売れってのかよ?」


「そうじゃないわよ。なんでそんな風に考えるかな?」


「しょうがねぇじゃん。それが俺なんだし」


「あのね…ナグヤ=ウォーダ家だけを支配していたこれまでは、それでも良かったんでしょうけれど、それより大きなキオ・スー=ウォーダ家の当主となって、新しい家臣も増えたんだから、もっと、あなたの本質を皆に知ってもらう必要もあると思うの。今のやり方じゃ、あなたの敵が増えるばかりよ」


「………」


 押し黙るノヴァルナに、ノアは眼を見詰めながら静かに告げる。


「ねぇ、お願いだからちゃんと考えて。本当のあなたを知らないまま、命を失っていった人達がカルツェくんの軍にいた事を。そしてその中には、いつか大きな功績を上げる人材がいたかも知れない…って事を」


 そういう風に言われると、ノヴァルナもたじろがざるを得ない。それは自分の愛する者から、“あなたのせいで無駄な命が奪われたのよ”と言われたに等しいからである。それと同時にノヴァルナは、ノアの言う通りだとも思った。本当の自分を知って、それでもなお自分を憎む者こそが、排するべき相手だと見極める時期に来ているのだろう。


 もっとも、ひねくれたところのあるノヴァルナであるから、その気持ちを素直にノアに伝える事はせず、一つ咳払いを入れると、わざとらしく話を逸らした。


「いいから、メシ喰えよ。喋り過ぎて冷めちまうぞ」


 ただノアはノヴァルナの、そんなところもお見通しである。自分の意見を汲んでくれた事に安堵の表情を浮かべ、「はいはい…」と応じて夕食を再開していったのであった………





▶#16につづく

 

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