#09

 

 ノア達が第四惑星ラゴンから第三惑星トランまで連行される間に、ノヴァルナ達が戦っているイノス星系でも、戦況は変化していた。


 数的優位にありながら事態が好転しないカルツェ側は、挟撃作戦を取りやめて、シゴア=ツォルド率いるモルザン星系艦隊と合流。正面火力の差で圧倒する作戦に変更した。

 さらにノヴァルナ側に寝返った第八惑星ナッツカートの機動要塞が、衛星軌道を離れて接近を始めたため、そちらへはイノス星系防衛艦隊を差し向けてある。要塞砲の遠距離射撃を阻止するのが目的だ。


 一方のノヴァルナ艦隊は、二手に分けていた戦力を再集結。ただ最初の戦闘で受けた損害は少なくない。特に第11重巡戦隊は旗艦『アズレヴ』を含む重巡三隻を喪失、残り三隻も大きなダメージを被って戦線離脱。『ホロウシュ』筆頭代理のナルマルザ=ササーラの兄で、戦隊司令官のゴルマーザも討ち死にして、事実上の潰滅となった。


 現在ノヴァルナ艦隊と、カルツェ・モルザン星系合同艦隊は、約2億キロの距離を置いて対峙している。戦闘が長引き、双方に補給が必要となったためである。


 その間にもノヴァルナ艦隊は、惑星ラゴンと連絡を取ろうとしていたが、繋がらない。寝返ったザクバー兄弟の報告では、第三惑星シノギアの衛星軌道上にあるアクアダイト抽出プラントに、超空間量子通信妨害システムが置かれており、またノヴァルナの本拠地星系のオ・ワーリ=シーモアでも、第三惑星トランの『ルーベス解体基地』にも同様のシステムがあるという。


 ノヴァルナ艦隊が次の恒星間航行を行うための、重力子チャージを完了するまではあとおよそ三時間。奇しくもクラードとガランジェットに捕らえられたノア姫達が、『ルーベス解体基地』を離脱するまでの時間とほぼ同時だ。


 そんな中、ノヴァルナは総旗艦『ヒテン』の艦橋で司令官席に座ったまま、戦術状況ホログラムを睨み付け、戦闘糧食代わりのハンバーガーを頬張っていた。


 正直、苛立ちが募っている。


 思うように進まぬ戦況…あと三時間はかかる重力子チャージ…そして何より、ノアの身に迫る危機…それらが頭の中で渦を巻くように、グルグルと巡る。


 ただ元来のひねくれ者のノヴァルナであるから、そういった苛立ちはおくびにも出さなかった。ハンバーガーの最後の一片を口の中に放り込んで噛み潰し、カップのコーラで喉の奥に流し込むと、両手を擦り合わせてパン屑を払い、陽気に言う。


「ごっそさーん!」


 するとノヴァルナの食事が終わるのを待っていたかのように、戦術状況ホログラムの中に表示されていた、敵部隊が動き始める。こちらに向けてだ。それを見て、ノヴァルナは空のカップが置かれたトレーを、傍らに控えていたランに渡し、背筋を伸ばして言った。


「さぁて、二回戦。おっぱじめるか!! 艦隊前進!!」




場面は戻って惑星トランの『ルーベス解体基地』―――


 廃棄された旧サイドゥ家の宇宙艦の中から、『アクレイド傭兵団』への引き渡しに選抜されたのは、ヴァックロゥ型宇宙戦艦4・マフィス型重巡航艦6・サーギュオン型軽巡航艦10・アロベル型駆逐艦10・カランダル型輸送艦2である。


 それぞれの艦種で型を統一したのは、いざという時にパーツを共有して、修理に使うためだ。つまり、一隻はパーツ取得用として使用される事になる。

 また選んだ艦型も旧サイドゥ家宇宙艦隊では、一番多く建造された艦隊型宇宙艦だった。こういった量産艦は艦種が違っても、統一規格のパーツを使っているからだ。要は徹底的に使い潰そうという訳であった。


 これらの引き渡し艦は四隻の戦艦以外は、自動操艦で航行させる。また四隻の戦艦自体も、各艦には五十名程度の傭兵しか乗り込んでいない。艦の航行と、重巡以下の宇宙艦を分担してコントロールするための、最低人員だ。これらの人員を含めた『アクレイド傭兵団』の総員数は約三百名。それが今回、ハドル=ガランジェットの率いている部下の数だった。


 ハドル=ガランジェット…いや、それは仮名であって本当の名は別にある。しかし今は、人前でそれを口にする事は無い。本当の名を知れば、かつてドゥ・ザン=サイドゥに仕えていたドルグ=ホルタも、この男がどのような人物だったか、思い出すかも知れない。


 そのガランジェットはノア姫一人を呼び出していた。クラードと顔を合わせた解体基地の中央制御室ではなく、何かの整備作業場の一つである。六角形のその部屋は天井が低く、機械の内部そのものといった印象があった。


「ご足労頂き恐縮至極!…でございますよ。姫様」


 ウイスキーの入った金属製の小型水筒を一口あおり、部屋の中央に置かれた制御机に両脚を投げ出したガランジェットが、真正面にノアを見据えながらニヤついた顔で声を掛ける。


「クラード=トゥズークはいないようですが、何の用ですか?」


 後ろ手に手錠を掛けられたノアは、両側を傭兵に固められた状況でも、怯む様子も無く尋ねた。


「いやなに。姫様と少々お話したい事が、ありましてねぇ」


「私達を解放して降伏すると言うのなら、話を聞きましょう」


 ノアがそう言い放つと、ガランジェットは愉快そうに「ワッハハハ!」と、笑い声を上げる。


「そういった冗談は、嫌いではないですな。ユーモアのセンスもお持ちのようだ…オルミラ様の傍らに身を寄せてあのお子様が、美しくなられたものです」


 母親の名前を出されたノアは、形のいい眉をピクリと震わせた。


「私の母を知っているのですか?」


 ノアの問いに、ガランジェットが眼光をギラつかせ、下から見上げるような姿勢で告げる。


「ええ…ええ。存じ上げておりますとも! この俺をサイドゥ家から放逐し、このような身にまで落としたのですからねぇ。貴女の母上様が!!」


「!………」


 そのガランジェットの言葉と眼光に、さしものノアもたじろいだ。どうやらこの男は、自分の母親のオルミラに対して、恨みを抱いているらしいとノアは勘付く。しかしガランジェットの怨嗟は、オルミラに対してだけではない。


「俺はサイドゥ家に忠誠を誓っていた。アザン・グラン家との戦いでも、BSI中隊の指揮官として功を上げた。もう少しでドゥ・ザン様の、側近家臣団に加われるところだった…それをあんな…下賤な小娘どものせいで!」


「小娘ども?」


 ノアが問い掛けると、ガランジェットは水筒の中のウイスキーを、喉を鳴らして胃の腑に流し込み、アルコールの臭いがする息を“ふはぁっ!”と、大きく吐き出しながら答える。


「十一年前の小娘…つまり、姫様の側に仕える、あの双子女ですよ!」


「!!!!!!」


 荒々しく発したガランジェットの言葉が意味するところに、ノアの表情はみるみる強張り、湧き上がって来る怒りに奥歯をきつく噛み締めた。


「貴方は!…貴方が、メイアとマイアを傷付けた男なの!!??」


 感情的になったノアは、普段の他人に対する丁寧な言葉遣いから一転し、俗っぽい物言いに変わる。気持ちが入ると砕けた喋り方になるのは、ノヴァルナと一緒にいるようになって、ノアが一番影響を受けた部分だった。


「ほう、いきなり喋り方が変わられましたなぁ…」


 ノアの口調の変化を面白がるガランジェットは、口元を歪め、双眸に陰湿な光を宿して続ける。


「しかしまだ、お上品に仰っておられる…“傷付けた”とねぇ。本当のところは、知っておられるんでしょう? ならはっきり言ったらどうです? まだ年端もいかなかった頃のあの双子を、拷問でなぶり殺そうとしていた!…と」


「く…」


 激しい嫌悪感がノアを包み込んだ。宇宙港でキオ・スー軍の兵士を撃ち殺した時の表情といい、BSIユニット相手にシャトルで突っ込んだ時の表情といい、このガランジェットはどこか、精神のたがが外れているに違いないと感じる。


「あんな下賤な小娘二人のために、『ム・シャー』として有能な者が、全てを取り上げられる…間違っているとは思いませんか? 姫様」


 アルコール臭い息と共に、ガランジェットは言葉を吐き出した。





▶#10につづく

 

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