#05

 

 銃撃戦で超電磁ライフルのペイント弾を使い尽くしたミルズは、動きが鈍くなっているフォークゼムの『シデンSC』に、ポジトロンパイクの斬撃でとどめを刺そうと、一気に間合いを詰めて来る。


“この相手…強いですね。民間人上がりと聞きましたが、相当鍛えられている。それに素早く、なまじ素人からの速成のまま実戦慣れしたために、予測のつきにくい動きをします…”


 近接警戒警報がヘルメット内に鳴るコクピットの中で、フォークゼムは接近するミルズの機体を見据えた。サイドゥ家の訓練や、昨日までのキオ・スー家一般パイロットとの模擬戦で戦った相手とは、比べ物にならない動きだ。パイロットのミルズとか言う若者は、自分と大して変わらない歳のようだが、すでに何度も実戦の只中に身を置いているのが分かる。


“こっちは躱すので精一杯。たぶん勝てない。だけど!―――”


 迫るミルズ機。それは間合いに入った次の瞬間、ポジトロンパイクを振りかぶったまま、素早くフェイントをかけてフォークゼムの背後へ回り込んだ。


“だけど、武器の攻撃距離に、経験の差はありませんっ!!”


 胸の内で叫んだフォークゼムは、機体の姿勢を低くし、腰のクアンタムブレードを引き抜くが早く、居合抜きの要領で横一文字に振り抜いた。その直後、コクピット内にガーン!!…という大音響と震動が伝わって来る。ミルズ機のポジトロンパイクが、フォークゼムの機体の左肩口を直撃したのである。


 模擬戦であって、ポジトロンパイクやクアンタムブレードに斬撃力は無い。そのために打撃音と震動だけで済んだのだが、即座に機体のコンピューターが、自機の破壊判定を音とモニター表示で知らせて来る。


 しかしフォークゼムの戦術は間違ってはいなかった。自分が振り抜かせたブレードにも手応えがあったからだ。事実、一瞬後に通信機からミルズの悔しがる声が、飛び込んで来たのである。


「ちっくしょおおお! やられちまったぁあああ!!」


 結果は相討ちだった。機体の姿勢を低くしたフォークゼムの、咄嗟の判断が功を奏し、間合いに入ったミルズ機が、僅かに先行して上からポジトロンパイクを振り下ろすのと同時に、フォークゼム機の振るったブレードは、ミルズの機体の脇腹を叩いていたのだ。


 その途端、通信機からノヴァルナの「アッハハハハハ!!」という高笑いと、パチパチパチと拍手をする音が聞こえて来た。


「よくやった、フォークゼム!」とご満悦のノヴァルナ。


「おまえの勝ちだ、いい勝負、ありがとよ」


「は、はぁ…ありがとうございます」


 最後は自分の意図した通りであったが、相討ちの結果をノヴァルナに勝ちと言われて、フォークゼムは控え目に礼を述べる。さらにノヴァルナは、人の悪い笑みを浮かべてミルズに命じた。


「ミルズ。てめーはキオ・スー城の中庭、二十周な」


 それを聞いてミルズは「なんでッスか!!??」と、不満の声を上げる。


「罰ゲームありなんて聞いてないッスよ! てか、勝負は引き分けっショ!?」


 主君に対して、急に砕けた物言いをし始めるミルズに、真面目なフォークゼムは目を丸くした。主従関係に厳しい武家階級、『ム・シャー』の自分達では想像もつかない馴れ馴れしさだからだ。


「バーカ。引き分けじゃねーよ。てめーの負けだっつーの!」


 まぁノヴァルナ自身、親しい者に対してこのような言葉遣いなのだから、『ホロウシュ』達との普段の会話は推して知るべしだろう…そう考えるフォークゼムは、真面目であっても堅物ではないらしい。


 そこへ勝負の行方を見ていたもう一人の『ホロウシュ』、ヨヴェ=カージェスの機体が近付いて来た。ナンバースリーであって、若手『ホロウシュ』の指揮官兼教育係を務めている。


「そうだミルズ。戦術面でおまえの負けだ」


「はぁ!?」


 不納得顔で首を捻るミルズに、カージェスは解説した。


「フォークゼムは、高機動戦闘ではおまえに勝てないと判断し、接近戦での一撃に賭けた。そして超電磁ライフルの撃ち合いで、おまえがペイント弾を使い果たすのを待っていたんだ。フォークゼムの『シデン』のショルダーアーマーが、両方とも青く染まっているのがその証拠。致命傷にならない程度に、ショルダーアーマーでペイント弾を受け流し、弾が尽きたおまえが、ポジトロンパイクで斬り掛かって来るのを待った。ワンチャンスで仕留めるためにな。おまえはその誘いに乗せられた…というわけだ」


「げ…」


 ミルズが肩を落とすと、ノヴァルナの人の悪い笑みは一層大きくなる。


「そーそー。つまり、罠と知らずペイント弾をパンパン、景気よく撃ったおまえの負けって事、てなわけでなんで負けか、理解出来なかった罰にプラス二周な!」


「んな、勘弁してくださいよぉ…」


「やだピー!」


「ノヴァルナ殿下ぁ…」


「いやプー!」


 それを機に他の『ホロウシュ』達も一斉にミルズを弄って騒ぎ始めた。いかにも無邪気で楽しそうなノヴァルナと『ホロウシュ』達の通信の声に、フォークゼムは苦笑いを浮かべずにはいられない。

 自分はサイドゥ家から来たばかりの人間だが、それでも今の、ノヴァルナ率いるキオ・スー家の置かれた苦しい立場は理解出来た。そんな中でも明るく振る舞うノヴァルナという人物に、魅かれてしまう自分があったからだ。

 ひとしきり冗談を並べたノヴァルナは、気が済んだのか少し真面目な口調になって、フォークゼムに告げた。


「気に入ったぜ、フォークゼム。第6艦隊のサンザーの直轄にするか、俺の『ホロウシュ』に入ってもらうか、考えて決める。それでいいか?」


 それはどちらに決まっても、新人同然のフォークゼムの立場からすれば、大抜擢である。カーナル・サンザー=フォレスタはBSI部隊総監で、キオ・スー家の中核を成す武将だったし、『ホロウシュ』はノヴァルナの親衛隊であると同時に、将来のノヴァルナ政権の支柱となる事を期待されているからだ。


「は…はいっ、ありがとうございます!」


「おう。じゃあおまえと…ミルズ、てめーも下がれ」


 そう命じてフォークゼムとミルズを下がらせたノヴァルナは、代わりに自分の機体を前進させて、不敵な笑みと共に『ホロウシュ』達に告げた。


「さぁーて、んじゃ次は俺が、てめーら全員と一対一の模擬戦で相手をしてやる。俺に一撃でも喰らわせたヤツは勝ち。負けたヤツはミルズと一緒に、中庭を二十二周な!」


 とんでもない事を言い出すノヴァルナに、『ホロウシュ』達は一斉に不満の声を上げる。


「えええええーーー!!」


「えーじゃ、ねぇ!」と陽気な声のノヴァルナ。


「ミルズをからかうって事ぁ、てめーらには腕にそれ以上の自信が、あるって事だろうからなぁ。見せてもらおーじゃねーか」


「ミルズに謝ったら、勘弁しては…もらえねぇッスよねぇ?」


 シンハッド=モリンが恐る恐る尋ねるが、ノヴァルナは「たりめーだ!」と間髪入れず言い放つ。そんなやり取りを聞きながら、フォークゼムは表情を引き攣らせた。ノヴァルナの言っている事は逆に言えば、自分一人で十五人以上残っている、『ホロウシュ』と連続して模擬戦を行うという意味だ。そう考えるとノヴァルナの労力は、負けて中庭二十二周どころではないだろう。


“部下に厳しくする時は、自分に対してもっと厳しく…という事ですか”


 なるほど、荒くれものの『ホロウシュ』が、ノヴァルナ様に絶対の忠誠を誓っているのは、このあたりなのでしょう…と、フォークゼムは納得した。


「おら、始めっぞ。最初は誰だ!?」


 やる気満々で声を上げるノヴァルナ。するとそこに、背後の宇宙空間を遊弋する総旗艦の『ヒテン』から連絡が入る。艦長からだ。


「ノヴァルナ殿下」


 通信スクリーンに映し出された艦長の表情には、何処か硬いものがある。それを察したノヴァルナの口調も、今しがたまでとは打って変わって、真面目なものにならざるを得ない。


「どうした?」


 ノヴァルナの問いに艦長はこちらを見据えたまま、抑揚のない声で告げた。


「モルザン星系で謀叛。筆頭家老シゴア=ツォルドが、叛旗を翻しました」





▶#06につづく

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る