#10

 

 敵艦の発射した迎撃誘導弾は電子妨害フィールドの影響で、命中精度が著しく低下していた。だがそれでも大量に撃って来られては、ノヴァルナ達の脅威となる。ともかく敵機との交戦の邪魔になるのだ。さらに軽巡航艦や駆逐艦が次々に突っ込んで来て、小口径ビーム砲を撃ちまくって航過しようとする。


「クソがぁッ!」


「あああッ、ウっゼぇッ!!」


 ナガート=ヤーグマーやヨリューダッカ=ハッチといった、若手『ホロウシュ』達が罵り声を上げて操縦桿を引き、機体を操る。切迫した状況になると、つい昔のままの荒っぽい物言いに戻ってしまうが、厳しい訓練の賜物で、上達した操縦技能が滑るような機体機動を生み出し、敵弾の命中を許さない。そこにノヴァルナの小隊以外の『ホロウシュ』を指揮する、ヨヴェ=カージェスからの指示が入る。


「全機、敵BSI部隊との戦闘は近接用武装を使用し、超電磁ライフルは弾種を対艦徹甲。特にノヴァルナ殿下には敵を近づけさせるな」


 と言いながら、カージェス自身はすでにライフルの弾種変更を完了しており、急接近して来たイースキー家のBSIユニット『ライカ』を、ポジトロンパイクで一刀両断に斬り捨てると、続いて突進して来た敵駆逐艦からの迎撃砲火を難なくやり過ごし、航過間際に超電磁ライフル連射、艦尾の重力子ノズルを破壊して航行不能に陥らせる。


「このようにやればよい」


 ヨヴェ=カージェスは、ノヴァルナの親衛隊である『ホロウシュ』として、高いレベルで最もバランスのとれた武人であった。それが複雑な戦闘行動をいとも簡単にやってのけて、当たり前のように言い放つと、若手の『ホロウシュ』達は皆が、「げ…」と声を漏らし、胸の内で“勘弁してくれ”と呟く。スラム街育ちの若手『ホロウシュ』にとっては、カージェスのような根っからの武人の示すレベルの高い戦闘技能は、いまだ真似出来ないからだ。


 ただそんな彼等もノヴァルナに対する忠義は、カージェスに負けてはいない。惑星ラゴンのナグヤ市のスラム街で、何の希望も無く、ただ必死に日々を生きるだけであった彼等に、明日というものを見せてくれたのがノヴァルナだったからだ。


「カージェスのおっさんに、負けてられっかぁあああ!」


 叫び声を上げたシンハッド=モリンのポジトロンパイクの斬撃が、敵機を袈裟懸けに斬り倒し、同じ小隊のセゾ=イーテスが超電磁ライフルで、迫り来る敵艦の艦橋付近に徹甲弾を連続して叩き込む。

 ヨヴェ=カージェスはラン・マリュウ=フォレスタと同期で今年二十二歳。それを“おっさん”呼ばわりは当人としては些か心外だが、それで若い『ホロウシュ』達が奮い立つなら、少々口元は引き攣るが安いものだった。


 敵のBSI部隊と宙雷部隊の二重攻勢を、必死に排除する『ホロウシュ』達。


 ただ敵の数は多く、戦況は膠着状態となる。まだギルターツ軍の追撃部隊は広範囲に転移出現し続けており、包囲された形のノヴァルナの第1艦隊と第6艦隊は、それらに対する対処に忙殺されている。


 そんな中でもノヴァルナと、ササーラ、ランのウイザード中隊第1小隊は、カージェスらとはまた違う連携で、敵を片っ端から排除していた。


 射撃照準センサーにロックオンした敵の駆逐艦に向け、ササーラが超電磁ライフルの対艦徹甲弾を二発、三発と撃ち放つ。艦橋を中心にドカ、ドカ、ドカ、といった感覚でエネルギーシールドを貫通され、開けられた穴からスパークを噴き出しながら、明後日の方角へ漂流を始める。


 そしてその駆逐艦の突撃で出来た死角から飛び出して来る、一個中隊分はあろうかという、ギルターツ軍の量産型BSI『ライカ』。迎え撃つはランの『シデンSC』だ。こちらは通常弾頭の超電磁ライフルを連射し、立て続けにBSIユニットを撃破。ただ数に物を言わせて、ランの単機による弾幕を潜り抜けた数は、それなりにある。だがその先にいる目指す目標―――ノヴァルナがまた難物であった。


「へぃ、らっしゃえ!」


 まるで商店街の八百屋か魚屋の店主のように、陽気な声を上げるノヴァルナ。だがその双眸は笑っておらず、鋭い眼差しと攻撃的に吊り上げた口角をもって、超電磁ライフルのトリガーを引く。

 たちまち三機の敵BSIユニットが、胸部や腹部に銃弾を受けて爆発。慌てて回避運動を取った残る四機の『ライカ』と二機のASGULが、照準を付け直した。

 ところがその時にはすでに、ノヴァルナ自身も『センクウNX』を緊急加速、元の照準射点にその姿は無い。『ホロウシュ』が作り出した電子妨害フィールドの中では、探知機能も低下している。


「ランはそのままササーラと、敵艦の接近を排除しろ!」とノヴァルナ。


 ノヴァルナ機を見失ったイースキー家のパイロット達は、反射的に視覚で探そうと、コクピットを包む全周囲モニターを見回した。


 だが秒速単位で機動する宇宙戦闘で、人間のナマの視覚が、敵味方の機体の動きを捉えるのは、ほぼ不可能だ。ASGULパイロットのヘルメット内に鳴り響く、近接警戒警報と被弾警戒のロックオン警報。しかも表示はゼロ距離、驚愕の表情でモニター表示に従って上を見上げたそこには、ポジトロンパイクを振り下ろて来るノヴァルナの『センクウNX』の姿があった。


 ポジトロンパイクでASGULの一機を両断したノヴァルナは、そのままパイクを一旦手放し、超電磁ライフルを素早く引っ掴むと振り向きざまに一連射。攻撃態勢に入ろうとしていた、もう一機のASGULを撃ち砕いた。


 だが敵はまだ四機、四方からノヴァルナの『センクウNX』に襲い掛かる。


「ノヴァルナ様!」


 援護に向かおうとするラン。だがノヴァルナはそれを押し留めた。


「来なくていいっての!」


 そう言いながら、ノヴァルナは手放していたポジトロンパイクを握り直すと、機体を緊急発進させる。目標は四機の敵BSIユニットの内、一番接近していた機体だ。敵が発砲。だが『センクウNX』を急速スクロールさせたノヴァルナには当たらない。


「てめーの頭の上の―――」


 撃って来た敵に反撃のロックオン。トリガーを引く。


「蠅共ぐれぇ―――」


 爆散した敵機には目もくれず、ノヴァルナは即座に『センクウNX』の機体を翻した。そこには目前に迫る敵のBSI『ライカ』。上段から振り下ろして来る敵のポジトロンパイクを、ノヴァルナは自らの機体が左手に握る、ポジトロンパイクで受け止める。


「始末できねぇほど―――」


 敵機のポジトロンパイクを打ち防いでおき、ノヴァルナは右手の超電磁ライフルの銃口を、敵機の腹部にピタリと押し当てて弾を撃った。


「いつまでも―――」


 ノヴァルナはさらに、流れるような動きでポジトロンパイクを振るう。その先にいたのは残る二機の敵BSIユニット。ノヴァルナ機の斬撃を一機のBSIがポジトロンパイクで打ち防ぐと、もう一機が下段から、ポジトロンパイクを振り抜いて来る。ピンチに思える一瞬。


「ガキじゃねーんだよ!!」


 だがノヴァルナは咄嗟に『センクウNX』の左足で、敵機が下段から振り上げて来るポジトロンパイクを蹴り飛ばして軌道をずらし、もう一機が打ち防いでいたポジトロンパイクを振りほどくと、横に一閃。下段から斬撃を放って来ていた方の、敵機の首を刎ね飛ばす。


 頭を失ったその機体だが、しぶとくノヴァルナ機のポジトロンパイクの柄を、掴んで奪い取ろうとした。


 ところがノヴァルナの対応も早い。ポジトロンパイクは敵機の奪い取るに任せ、その勢いで今度は腰のクァンタムブレードを掴んで起動、健在なもう一機が、袈裟懸けの斬撃を浴びせるより先に、居合斬りの如く振ったその切っ先が脇腹を引き裂いた。そして返す刀で頭部を失った方の敵機も肩口から両断、四機の敵機を僅かな時間で片付ける、驚異的な操縦技術を見せたのである。





▶#11につづく

 

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