#13

 

 こんなはずでは…と思いながら、カーネギーはノヴァルナの意思を問い質す。


「一つ…伺いたいのですが」


「なんなりと」


「その…ノヴァルナ様が、ドゥ・ザン様をご支援なされるとして…ノア姫様との噂は…噂はまことではなかった、という事なのでしょうか?」


 ノア姫との噂とは無論、ちまたで流布されているノヴァルナとの不仲説だ。それを真に受けたからこそ、カーネギーはあれやこれやと、機会を見てはノヴァルナとの距離を縮めようとして来たのだ。


 しかしここでもノヴァルナは、当たり前のように切り捨てた。


「無論、そういう事です」


 そしてさらにノヴァルナが、「…と言うよりその噂自体、私の近辺から流させたものですから」と続けると、カーネギーは悔しさが無性に込み上げて来るのを感じる。女性のさがというものであろうか、私の気持ちを利用した―――と筋違いな反感まで抱いて感情的になり、ついノヴァルナに詰め寄ってしまう。


「ノ、ノヴァルナ様はどうお考えなのですか!? ドゥ・ザン様が勝利し、サイドゥ家が再興せぬ限り、ノア姫様をお側に置かれても、キオ・スー家の利益にはなりません。それほどまでにノヴァルナ様には、この度のご支援でギルターツ殿の軍に対し、ご勝算がお有りなのでしょうか!?」


 カーネギーの問いに、ノヴァルナは首を捻って応じる。


「いいえ。やってみないとわからない…程度ですけどね」


「だったら!…どうしてそこまでサイドゥ家に!…ノア姫様に、肩入れなされるのです!?」


 そもそもの誤解は、ノヴァルナとノアの関係がとどのつまり、政略結婚に過ぎないのだという、カーネギーの思い込みが発端だった。これまで何度か述べて来た通り、星大名の子女は政略結婚の道具であるのが、この世界のこの時代の常である。

 戦場の真ん中でぶち上げた、ノヴァルナとノアの婚約宣言は異端ではあったが、当時のナグヤ=ウォーダ家がサイドゥ家の後ろ盾を得るという、戦略的理由がそこには存在しており、やはり政略結婚なのだという見方が一般的となっていた。


 そうであるならばカーネギーの判断も当然で、戦略的価値が大きく下がったサイドゥ家とノア姫に固執するよりも、側近のユーリスがもたらした情報通り、彼等を切り捨ててイースキー家と手を組み、不可侵条約を結ぶ方が賢明というものだ。


 だがノヴァルナは、やはりノヴァルナだった。


 なぜそこまで肩入れするのか!…と詰問するカーネギーに、何を言っているのかまるで分からない…といった表情をすると、自分の思いをさらりと告げる。


「そりゃあ俺、ノアに惚れてますから」


「!!??」


 唖然とするカーネギー。するとノヴァルナは少し考え、納得顔で言い直した。



「あ、いえ…うん、メッチャ惚れてますから!」



 殊更惚れているのを強調されても、カーネギーにはもはや聞き取れない。納得出来ようはずもない。なぜならシヴァ家当主のカーネギーにとって、好きだから、という個人的感情で星大名家の命運まで左右するような判断を行うなど、想像の範囲外だったからだ。


“こんなの…おかしいわ。サイドゥ家の後ろ盾を得られなくなるのであれば、ノア姫様はもう用無しのはず。理屈で考えればそうでしょうに。それを!…それを…”


 昂る気持ちを抑えられなくなったカーネギーは、ノヴァルナに詰め寄る。


「そのような!…惚れてるなどと言った単純な理由で、ノア姫とそのご実家に味方されてよいのですか!? ドゥ・ザン様が勝利されなければ、もはやノヴァルナ様がノア姫様と結婚される意味など、ありませんでしょうに!」


 そう言われてもノヴァルナの意思との平行線は変わらない。


「意味?…俺がノアに、側にいて欲しいって事以外に、意味が必要ですか?」


「キオ・スー=ウォーダ家の当主である貴方様は、何十億という領民をべる身なのですよ。その事を思えば感情より、国の利益を優先すべきでしょう!」


 するとノヴァルナは「なんだ、そんな事ですか―――」と、ようやく腑に落ちた顔をする。そしてそのあとに告げた理屈も、またノヴァルナらしい物言いだった。


「惚れた女が側にいてくれたら、“おーし、頑張るか!”ってなるもんでしょ。俺も領国経営に身が入るってもんです。その辺りは星大名だろうが、下町のにーちゃんだろうが、一緒ですよ」


「!………」


 そんなノヴァルナの少し砕けた言葉で、カーネギーはやっと、自分が思い違いをしていた事に気付いた。ノヴァルナははじめから掛け値なしに自分の意思のまま、ノア姫とその父ドゥ・ザンのために戦うつもりだったのだ。

 しかしそれを知ったところで、カーネギーの気が晴れるはずもない。だったらこれまでの私の想いは…私の努力は…と理不尽な怒りを覚え、強い口調で問い質す。


「ではノヴァルナ様は、私を利用されていたのですか!?」


 カーネギーに詰め寄られても、ノヴァルナは眉一つ動かさない。それどころか笑顔を見せて、あっけらかんと言い放つ。


「カーネギー様も、私を利用なされているではありませんか」


「う…」


 確かにノヴァルナの言う通りである。単に生き延びるだけでなく、シヴァ家再興を目指すカーネギーは、ノヴァルナとノアの間が不仲となった噂に乗り、ノアが捨てられた後釜に収まって、ノヴァルナの妻となった暁にはキオ・スー家に、シヴァ家の血を入れるつもりだった。

 そしていずれキオ・スー家を銀河皇国中央政界へ向かわせる。そうなるとキオ・スー家でいるより、シヴァ家を名乗った方が遥かに有利だ。これで自分の血が入った、新生シヴァ家が誕生するはずだったのである。




「………わかりました」


 唇を噛み、少しの間を置いて、カーネギーは絞り出すように言った。今ここでノヴァルナに反抗しても意味はない。地位や権威は有っても実力はない身だ。ノヴァルナ軍に借りなければ、自前のBSI部隊すら持っていない有様だった。


「ノヴァルナ様がご遠征の間、キオ・スー家をお預かり致します」


 カーネギーが胸の内の葛藤を抑え込み、ノヴァルナからの依頼…いや、命令を承諾すると、ノヴァルナは軽くお辞儀をして礼の言葉を口にする。


「ありがとうございます。宜しくお願い致します」


 仕方ない…これが二人の現実の力関係なんだと、自分自身に言い聞かせるカーネギー。ただそれでも、女として許せない感情が残るのも確かだった。無論、口に出さない限り、その悔しさがノヴァルナに伝わる事は無い。安心した様子のキオ・スー家の若き当主は、話は済んだとばかりに、カーネギーのもとを去ろうとする。


「今夜は急にお呼び立てして、申し訳ありませんでした。明日には家臣達に発表したいと思っていましたので助かります。詳しい打ち合わせは後日という事で」


「あ、あの…」


 反射的に呼び止めようとするカーネギー。すると城内へ戻ろうとするノヴァルナの方からカーネギーに振り向き、言葉を付け加えた。


「ああ、そうそう。もう芝居は終わったんで、明日からまたノアとも自由に会えます。またお茶など、カーネギー姫もご一緒してやってください」


 ノヴァルナの悪意の無い残酷な言葉に、カーネギーは硬い微笑みで「はい。喜んで」と応じ、そのままノヴァルナの姿が城内へ消えるまで立ち尽くしていた………





▶#14につづく

 

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