#10
思い立ったら一直線、“今やるべきと思った事をやる”というノヴァルナの信条は、キオ・スー家の当主となっても変わらない。
雨脚がさらに強くなったキオ・スー城を、ノヴァルナは一人、軍装にヘルメットを被っただけの恰好で反重力バイクに跨り、飛び出して行った。慌てて後を追おうとする『ホロウシュ』などほったらかし、目指したのは大きな町ほどもあるキオ・スー城の敷地内の、重臣達の屋敷が建ち並ぶ区画である。そしてその中の一軒の広大な屋敷の前にバイクを止めて、門をくぐった。それほど長くバイクに乗っていたわけではないが、散々雨に降られて濡れ鼠のノヴァルナだ。
「おおーい。シウテの爺はいるかぁー!!??」
まるでかつての、イェルサス=トクルガルの屋敷に遊びに来た時のように、玄関先で大声を出すノヴァルナが訪れたのは、筆頭家老シウテ・サッド=リンの屋敷だった。シウテは今日は非番であり、キオ・スー城から自分の屋敷に戻って来ていたのである。
対応に出て来た年老いた使用人が、予告も無しにいきなりやって来た自分達の主君に、腰を抜かしそうになりながら奥へ引っ込む。するとすぐに血相を変えた…いや熊のような姿のベアルダ星人の顔は、短い茶色の毛に覆われていて、顔色は分からないのであるが―――シウテが転がり出て来た。
「わ、若殿! 突然のご来訪とはまた!…いえ、それよりもそのお姿、ずぶ濡れではございませんか!!」
そう言って、使用人達を大声で叱りつける。
「これ!
そのシウテのあたふた感に、ノヴァルナは水滴を滴らせながら「アッハハハ!」と高笑いして、あっけらかんと言う。
「気にすんな。すぐ帰っから、どうせまたずぶ濡れだ!!」
「そのように申されまして、お風邪など引かれたら、なんとされます!」
しかしノヴァルナは気にする様子もない。シウテに正対すると胸を張って告げた。
「んなもん、どーもしねーよ。それよかシウテ、おめぇに命じる事がある!」
「ははっ、何なりと!」
主君からの下知と知り、シウテは即座にその場で片膝をつく。このベアルダ星人もカルツェ支持派の一人であったが、筆頭家老の地位もあって、主君からの直々の命令となれば素直に従うだけの、器量は持ち合わせている。
「筆頭家老シウテ・サッド=リン!」とノヴァルナ。
「はっ!」
「明日よりナグヤ城、城主を命ずる!」
「は……はぁ?」
思いも寄らぬ命令に、間の抜けた声を漏らすシウテ。その戸惑った様子に、ノヴァルナの表情が人の悪い笑みになる。
「正式な辞令は明日、城で渡す。以上だ! 帰る!!」
強い口調で言い放ったノヴァルナはくるりと踵を返し、本降りになった雨の中をさっさと帰って行った。
これは自分の聞き間違い…いや、ノヴァルナ殿下のいつもの悪ふざけに違いない…と、突然降って湧いた話が信じられず、シウテは翌日、半信半疑でキオ・スー城へ登城した。
ただいくら破天荒なノヴァルナとて、わざわざ雨の中をバイクを飛ばしてまで、そんな悪ふざけを仕掛けるほど酔狂ではない。
朝の重臣達への拝謁に姿を現したノヴァルナは案の定、昨日の雨の中のバイク走行で風邪を引いたのか、まずはくしゃみを三連発したあと盛大に鼻をすすり、重臣達の前で正式にシウテのナグヤ城主就任を命じたのである。
シウテがノヴァルナに批判的で、ノヴァルナよりその弟カルツェの支持派である事は、新キオ・スー家にとってナグヤ=ウォーダ家時代からの公然の秘密だった。
それだけに誰も予想しなかったこの発表で、謁見の間がざわつく中、いまだ半信半疑なシウテは「恐れながら―――」とノヴァルナに確認する。
「城代ではなく、城主でよろしいのでしょうか?」
城代というのは、主君の代理として城の管理を行う役職だ。つまりはノヴァルナなりカルツェなりが正式な城主で、自分はその代理であるのが本当で、ノヴァルナは勘違いして辞令を出そうとしているのではないか、というシウテの疑念がそこにあった。
それに対しノヴァルナは「おうよ!」と、あっさりと言い放つ。
「おめーらリン一族は、昔っからウチの筆頭家老家として、尽くして来てくれたろ。そろそろこのラゴンに、城を持ってもいいと思ってな」
シウテらリン一族はオ・ワーリ宙域の、カースガル星系第二惑星ベアルダを母星とする種族だ。ウォーダ家に仕えているとは言え、その領地はカースガル星系に限られていた。それがキオ・スー=ウォーダ家の本拠地、惑星ラゴンに城を持ち、主要都市ナグヤ市とその周辺を領地とする事になれば、これは大きな栄達と言える。
「………」
望外の褒美に思案を巡らせ、すぐには言葉を返せないシウテに、ノヴァルナは機嫌を損ねるふうも無く尋ねた。
「なんだ、不服か?」
「いっ…いえ、そのような事は! ありがたくお受け致しまする!」
取り下げられては大変だと、慌てて礼の言葉を口にするシウテ。
「おう。じゃ早速、ナグヤ城受領の準備に入ってくれ。なんならこのあとすぐ、カースガル星系へ帰ってもいいぞ」
「御意…」
ノヴァルナのいつになく気を利かせた言葉に、シウテは目まぐるしく入れ替わる感情を押し殺して、重々しく頷いた………
▶#11につづく
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