#22

 

 結局、一人恥をかかされたのは、シェイヤ=サヒナンだった。


 いくら探しても見つからなかったノヴァルナとその艦隊は、ロンザンヴェラ星雲で“合同演習”の開始に備え、シェイヤ艦隊が長距離センサーの探知圏外へ離れていった途端、さっさと反転180度、トゥ・エルーダ星系へ引き返したのである。


 しかもここでノヴァルナお得意の悪ふざけが入り、哨戒駆逐艦の反応が敵のセンサーに出るよう細工した囮の無人艇を、星雲内に向けて複数隻送り込んだ。

 これにゾーン5で引っ掛かったシェイヤが、次のゾーン7内でノヴァルナ艦隊が待ち受けているという“果たし状”だと、勝手に解釈したのは前述の通りだ。


 そういう誤認もあって、シェイヤ艦隊と後詰のオガヴェイ艦隊を含む総勢7個艦隊は、ノヴァルナ艦隊などとうに逃げ去った星雲内を五時間以上も彷徨い、たまに出くわす囮の無人艇を追い掛け回し、挙句の果てに濃密な星間ガスの中で、僚艦を敵と見間違えた一部の艦が同士討ちまで始め、軽巡航艦2隻と駆逐艦3隻が大破するという有様だった。


 ただこの結果に、シェイヤの主君ギィゲルトは特に叱責を行いはしなかった。今回の作戦に承認を与えたのが自分である事もそうだが、ギィゲルト自身もノヴァルナという若者の本質が、未だ理解出来ていなかった事を自らで反省したのである。





 惑星ウノルバ衛星軌道上。キオ・スー艦隊総旗艦『ヒテン』の艦橋には、ノヴァルナとカーネギー姫が並び立つ前に、等身大ホログラムのライアン=キラルークとギィゲルト・ジヴ=イマーガラが訪れていた。


「…では、カーネギー姫。我等もこれにて失礼致します。ありがとうございました」


 ライアンは若さに似合わず、枯れた笑顔でカーネギーに別れの挨拶を述べる。ミ・ガーワ宙域の領主でありながら、何の実権も持たぬ肩書だけの存在ゆえの笑顔だろう。それに対するカーネギーは、自分が求めていた役目を果たせたという高揚感からか、朗らかな笑顔で応じた。


「こちらこそライアン様。今日が両家にとって良き日になった事、嬉しく思います」


 カーネギー=シヴァとライアン=キラルークの会見は無事終了し、両家の間では予定通りに友好協定が結ばれた。これにより“あくまでも”ではあるが、シヴァ家の名目上の家臣であるウォーダ家と、キラルーク家を庇護下に置くイマーガラ家も、交戦を控えなければならなくなったのである。


 ノヴァルナはギィゲルトのホログラムに向かって軽く会釈し、「では我等もこれで」と告げる。するとギィゲルトのホログラムは、視線だけを鋭く穏やかな表情で二歩、三歩とノヴァルナに歩み寄り、囁くように言った。


「貴殿の度胸とその性根に免じて、今回はその命、預けておく。しかし…次は無いと覚えておくがよかろう」


 その言葉を聞いたノヴァルナは不敵な笑みで、「そりゃどうも…」と囁き返す。ギィゲルトのホログラムも攻撃的な微笑みを口元に残し、ノヴァルナの前から後ずさると、ライアン=キラルークのホログラムと共に『ヒテン』の艦橋から消え去った。


まさに天運といったところであろうか―――


 もしノヴァルナがシェイヤ=サヒナンの艦隊と戦う事を選択していたなら、今頃は増援を合わせた七個艦隊に潰滅させられ、命を失っていたに違いない。あるいは信心深い者であればこの結果を、亡くなったセルシュ=ヒ・ラティオがノヴァルナを導いたのだと、主張するかも知れない。

 しかしその真理は何処にあったとしても、復讐心に駆られずに、理性的かつ論理的な判断を下したノヴァルナの勝利―――今回は生き残る事が勝利であった。

 そしてともかく、これでしばらくはイマーガラ家も、直接オ・ワーリ宙域に手を出して来る事は無いはずだ。ゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナの言う“貴族の体面と格式”に、本当に効果があるならば…だが。


「さーて。そんじゃあ、帰るか」


 いつもの軽い口調に戻ったノヴァルナは、司令官席に腰を下ろすと、脚を組むが早いか艦隊参謀に命令を下す。


「ラゴンに戻る。全艦、出港な」


 そんなノヴァルナの傍らに、さりげなく寄り添うカーネギー。ただ寄り添うにしても体を密着させそうな近さに、ノヴァルナの副官役のラン・マリュウ=フォレスタは違和感を覚え、僅かに眉をひそめた。

 だがノヴァルナはそんな事を気にするふうもなく、艦が加速を始めると司令官席に背中を沈め、次席家老のショウス=ナイドルに話しかける。


「しかしシェイヤのねーさん、他に六つも増援艦隊を呼び寄せてたぁなぁ…あぶねートコだったぜ」


「お見事なご判断でした」


 ノヴァルナが要らぬ追従口を嫌うのを知るナイドルは、飾らない言葉でノヴァルナの判断を褒めた。ロンザンヴェラ星雲で、敵増援艦隊の一つや二つは来るかもしれないと思っていたノヴァルナだが、六個は想像以上だったのだ。


 まさに虎口を脱したノヴァルナ艦隊が、ゆっくりと惑星ウノルバを離れて行く光景を、シェイ=サヒナンは自分の乗艦『スティルベート』の艦橋に展開した、巨大なホログラムスクリーンで見詰めていた。彼女の艦隊がいる場所はロンザンヴェラ星雲の近く、背後には増援で呼んだ六個艦隊が並んでいる。


 口を真一文字に結んで、ノヴァルナ艦隊を見るシェイヤの隣には、第5艦隊司令モルトス=オガヴェイのホログラムが立っていた。


 怒りを抑えているシェイヤと対照的に、モルトスは愉快そうに言い放つ。


「いやしかし、うつけ殿のおかげで良い酒の肴が出来たものよ。我がイマーガラ家自慢の美人宰相が、十七、八の若造を誘っておいて袖にされたのだからなぁ。うぅむ…ウイスキーをロックで三杯はいけるぞ、これは」


「何がそんなに、嬉しそうなのですか!?」


 真面目な口調で抗議するシェイヤに、モルトスは軽く応じる。


「済まんな、なにせわしは人が悪く出来ているのでな―――」


 そう言っておいてモルトスは、口調を宥めるようなものに変えて続けた。


「―――だがともかく、気負い過ぎていたな、今回は。お主も、お館様も」


 モルトスの言葉に、シェイヤは目を伏せて告げる。


「私は…お館様の顔に泥を塗ってしまいました」


「本物の、良い演習になったではないか」


「………」口をつぐむシェイヤ。


「だから、肩の力を抜けと言っておる。此度の事でうつけ殿が、タンゲン様の言われていた通りの油断のならぬ人物である事が、ようやく実感できたのだ。今はそれでよいではないか。お館様も次にうつけ殿と戦う時が到来したなら、その時は此度の事を教訓に、必ずうつけ殿を滅ぼされようぞ」


 シェイヤを励ましながら、モルトスは一方で別の事を考えていた。


“…とは言え、ノヴァルナ殿はキオ・スーに戻ったところで、今やドゥ・ザン殿という後ろ盾を失い、弟君カルツェ殿の支持派と政争し、いずれイル・ワークラン家とも雌雄を決する必要が来よう。我等と再び争う日が訪れるかは、微妙なところだな”


 そこに通信オペレーターが、主君ギィゲルトの総旗艦『ギョウビャク』からの、帰途に就くべしという命令を伝える。それを聞いてホログラムのモルトスは立ち去り際、努めて陽気にシェイヤへ言った。




「では、帰ろうではないか、宰相閣下。戻ったら一杯奢って進ぜようぞ」





 そして一週間後…ノヴァルナのキオ・スー第1艦隊は、惑星ラゴンへと戻って来た。


 艦隊は大部分が、惑星ラゴンの月にある宇宙艦隊中央基地、『ムーンベース・アルバ』に収容され、総旗艦『ヒテン』と各戦隊旗艦のみがラゴンの衛星軌道上まで前進、各旗艦からのシャトルで乗員はキオ・スー市の基地へと降下した。


 当主ノヴァルナのシャトルは優先権を与えられ、当然のようにキオ・スー城のシャトルポートへ向かった。ノヴァルナの他にはカーネギー姫、副官のラン・マリュウ=フォレスタ。それに次席家老のショウス=ナイドルと外務担当家老のテシウス=ラーム、さらに参謀達が同行している。


「ノヴァルナ様。祝賀会は盛大に行いましょうね」


 ノヴァルナと隣同士で座るカーネギーは、自分の手をノヴァルナが肘掛けに置いた手に重ね、おもねるように告げる。祝賀会とは無論、シヴァ家とキラルーク家の友好協定締結の祝賀会だ。「そうですね」と応じるノヴァルナ。その様子を見る、向かい側の席に座るランは、内心で舌打ちした。


 惑星ウノルバからの帰途…いや、往路からすでに、ランはカーネギーのノヴァルナに対する、必要以上の距離感が気になっていたのだ。嫉妬…と言われればそれまでなのだが、どうにも気に入らない。


 やがてシャトルはキオ・スー城のポートに到着する。そこでは筆頭家老シウテ・サッド=リン以下の出迎えの一団が待ち受けていた。だが奇妙な事がある。その出迎えの一団の中に、当然いるはずのノヴァルナの婚約者、ノアの姿がないのである。


ノヴァルナとノアの不仲説―――


 それがここ最近、惑星ラゴンで囁かれ始めた噂だった。ドゥ・ザン=サイドゥの後ろ盾を失ったノヴァルナが、ノアの存在を不要だと思い始めた…という噂。ある種のロマンチシズムに彩られた、戦場のど真ん中でぶち上げた二人の婚約宣言だったが、所詮は互いを利用しようとした、ノヴァルナとサイドゥ家の間の政略結婚に過ぎなかった、という批判だ。


 事の真実は定かではないが、ここでもノヴァルナはノアがいない事を気にするふうもなく、出迎えの一団のもとへ歩み寄る。ところがそんないつも通りの表情が、駆け寄って来たシウテの耳打ちで一変した。ギラリと眼光を鋭くして、シウテを睨み付ける。




「なにィ。ヴァルツの叔父上が死んだだと!!」







【第5話につづく】

 

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