#15

 

 シェイヤ率いる六個にも及ぶイマーガラ家の大艦隊が、ノヴァルナの一個艦隊を袋叩きにするために、ロンザンヴェラ星雲へ潜り始めたその頃、トゥ・エルーダ星系第五惑星ウノルバではカーネギー=シヴァとライアン=キラルークの会見が始まろうとしていた。


 トゥ・エルーダ星系は、公転惑星が六つしかない小さな恒星系である。銀河皇国科学省のデータによると、数十億年前まではもっと多くの惑星があったようだが、公転軌道が不安定だったため、次々に自由浮遊惑星となって軌道を飛び出して行ったらしい。

 ただそのおかげで、残った六つの惑星は公転軌道が安定し、第五惑星ウノルバは人類の生存に適した環境を有するようになったのである。


 一説ではトゥ・エルーダ星系が誕生したのが、ノヴァルナとシェイヤが今まさに戦おうとしているロンザンヴェラ星雲であり、数十億年をかけて現在の位置に移動して来たのだが、その間、ロンザンヴェラ星雲の高い重力勾配率の影響を受け続けたために、惑星の公転軌道が不安定になったと言われている。


 第五惑星ウノルバはやや紫ががった色の青空が特徴的で、植民星としての歴史は二百年ほど。人口は約八千万人。前述の通り戦略的に重要ではない位置にあるため、これまで戦場となった事はない。


 行政府の中の、重要会議などに使用される大広間を、豪華な装飾で貴族調に整えたのが会見場だった。


 中央には向かい合うように、カーネギー=シヴァとライアン=キラルークの机と椅子が用意され、その両者を見渡す審判のような位置に、この会見の仲介役であるギィゲルト・ジヴ=イマーガラと、ゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナの席が設けられている。さらにギィゲルトの左隣には、当然現在空席であるがノヴァルナの席、さらにノヴァルナの外務担当家老のテシウス=ラームの席があった。そしてその他にも、会場の両側にはイマーガラ家とキオ・スー=ウォーダ家の関係者が座る傍聴席が並んでいる。


「それではこれよりキラルーク家、シヴァ家による、友好協定の締結に向けての両家代表の会見を行います」


 ウノルバ行政府の女性重役がアナウンスを行い、会場に両家の代表が二名ずつ入って来る。シヴァ家は当主カーネギー姫と側近のキッツァート=ユーリス。キラルーク家は当主のライアンと、年老いた男性の側近だ。これが初見のライアンは、面長で顎の大きさが印象的な二十代の若者だった。


 カーネギー=シヴァとライアン=キラルークがそれぞれ席に着くと、最初に口を開いたのは仲介役のギィゲルトであった。穏やかな笑顔で挨拶を述べる。


「本日はカーネギー姫もライアン殿もよう参られた。銀河皇国の御三家がこうして一堂に介するのは、何年ぶりであろうか。そのうえ互いの領有する宙域の間で、今一度友誼を確かめ合う事が出来るとは重畳である。いや、芽出度い。芽出度い」


 その言葉にカーネギーとライアンは、ギィゲルトに振り向いてお辞儀をする。しかしこの二人の現在の実情を知る者からすれば、ある種の滑稽さを感じずにはいられなかった。


 シヴァ家は家臣であったウォーダ家に簒奪を許して国を奪われ、キラルーク家は家勢が衰えてイマーガラ家の庇護下に甘んじているのである。いわばこの邂逅は、和平という名の空手形を交換するだけの、儀式のようなものだ。

 ただ空手形であったとしても、同じ貴族のイマーガラ家には有効なはずだった。そうであるからこそ、カーネギーはノヴァルナに取り入るために、この会見をキラルーク家やイマーガラ家へ持ちかけたのである。


「…では、まずは両家のご挨拶から、始めたいと思います」


 進行役のウノルバ行政府女性重役の言葉で、互いに向き直ると再び礼をした。






 同時刻、惑星ラゴン。深夜のナグヤ城―――


 背徳の熱いひと時を終えた男と女が、汗ばんだ肌を重ねて余韻に浸っている。城主ヴァルツの不在に付け込んで私室にまで入り込み、半ば強引に事に及んだ結果であっても、一度燃え上がった二人の炎は、身も心も焼き尽くすほどであった。


「カルティラ様…」


「マドゴット…」


 裸で抱き合う広いベッドの上、互いの名を呼び合う二人。


「カルティラ様…なぜヴァルツ様は、私を再びカルティラ様付きの補佐官に、して頂けないのでしょう?」


 マドゴットがそう尋ねるとカルティラは白い裸身をくねらせ、マドゴットの腕の中で、気だるげな表情を浮かべて答える。


「またその話?…前にも言ったでしょう? 全てはヴァルツ様の思惑次第、私には窺い知れないと。それより今はこうして会えたのだもの、それでいいでしょ?」


 そして背中に手を回したカルティラが、胸板に頬を預けながらしっとりと縋りついて来ると、マドゴットもつい情にほだされて、今の自分の不遇さを追及する言葉を失ってしまう。


 ノヴァルナがカーネギー姫を、キラルーク家との会見に連れて行ったのに従い、新生キオ・スー家の副将格であるヴァルツは、ノヴァルナの留守中に起きるかもしれない不測の事態に対応するため、第4宇宙艦隊を率いてイル・ワークラン=ウォーダ家の抑えに出動していた。

 そのヴァルツの不在を狙って長期の休暇をとり、表向きは政務補佐官の任務としてナグヤ城を訪れたマドゴットは、スーツを着用して、さもモルザン星系からの連絡事項があるかのように、堂々とカルティラの経済界のパーティー帰りを待ち伏せたのである。


 パーティーを終えてナグヤ城に戻ったカルティラは、職員に交じって自分を出迎えたマドゴットの姿を見て驚愕した。

 だがそれも一瞬の事で、カルティラはすぐに、マドゴットがいるのを当然のように振る舞い始めると、彼を私室へと招き入れた。その理由は無論、周囲にいたナグヤ城の職員達に不審な目を向けられないためであり、この辺りは以前住んでいたモルゼナ城で、何度も繰り返して来て慣れたものだった。


 そして二人きりになると、無視され続ける事を激しく詰りながら迫って来るマドゴットに、カルティラはいつものように何度も詫びと言い訳を告げながら、自分の体を使ってマドゴットの荒ぶる気持ちを宥めていったのである。


 マドゴットは腕の中のカルティラを抱きしめて、髪を撫でながら囁く。


「愛していますカルティラ様…どうか、こうまでして貴女に会いたい、私の思いを分かってください」


「マドゴット…ええ、もちろん分かってるわ。私だって貴方が愛おしいの」


 そうは言いながらカルティラの中では次第に、マドゴットの気持ちを重く感じるようになって来ていた。出逢った頃はもっと、お互いにとって“都合がいい”存在であったはずなのだ。


「でしたら、私を再びカルティラ様のお傍に―――」


「それも分かってるわ…だけどもう少し待って。私もヴァルツ様も、まだ今の環境に慣れられていないの。何もかもモルザンとは勝手が違って、戸惑う事が多くて…」


 何度も聞かされた歯痒い言葉に、舌打ちしそうになるマドゴット。するとそんな情夫の心の動きに勘付いたのか、カルティラは自分からマドゴットを求めていく。


「だからマドゴット…せめて今夜は…ね」


 それに釣られ、劣情に溺れ始めるマドゴット。ただ今夜のマドゴットは、情欲の中でも見失う事のない目的があった………





▶#16につづく

 

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