#16

 

 動かなくなった敵機を一旦その場に放置し、ノヴァルナは次の目標を定めようとした。しかしその時にはもう、残る敵のBSIはノアと『ホロウシュ』達に圧倒されている。


 ノアは複数の敵機に対し、左手のライフルでイルミネーターによる同時照準による牽制射撃を続け、敵機を回避行動だけで精一杯の状態で寄せ付けずにいたし、『ホロウシュ』のハッチとキュエル、そしてノアの護衛役のメイアとマイアは、それぞれが二機一組となって敵のASGUL群を追い回していた。


「…となると、俺はあっちだな」


 そう言ってノヴァルナが振り向いた先の全周囲モニターには、敵の軽空母部隊を示す黄色いマーカーが表示されている。すかさず宙雷艇部隊に連絡するノヴァルナ。


「宙雷艇、待機してるな?」


「はい」と応答がある。


 二隻の戦艦『ログバール』と『ゼルストル』から発進した六隻の宙雷艇は、BSI同士の戦闘には加わらず、戦艦の護衛を行いながらノヴァルナからの指示を待っていたのだ。


「よし、軽空母狩りだ。ついて来い」


「了解であります!」


 命令を受けた六隻は一気に加速をかけ、護衛していた戦艦の脇から、素早く飛び出して来た。応答の声に覇気が感じられるのは、補給基地の警備という退屈な任務から巡って来た、敵空母への襲撃という“冒険”に心を躍らせているのかも知れない。


 一方のノヴァルナは宙雷艇を待つことなく、すでに敵の軽空母に向かっている。


「ハッチ、キュエル。お前らも俺について来い。メイアとマイアはノアと合流して、残りのBSIを頼む」


 『ホロウシュ』達の空戦域を掠めながら告げるノヴァルナに対し、ハッチとキュエルは「御意!」と応じ、メイアとマイアは「かしこまりました」と声を揃える。カレンガミノ姉妹はノヴァルナの配下ではなくノアの直属だが、納得できる指示であるならそれに従うのは当然だ。


「ノア、あとは任せるぜ」


「オッケー!」


 応じながらノアは弾の尽きた一方のライフルを放り出し、残りの一丁を素早く両手で構え直すと、敵の一機に単連射で狙撃を加える。その敵機は一弾、二弾と躱したものの、三弾目に胸部を撃ち抜かれて爆発した。即座に回避行動を取るノア。そのヘルメット内にはずっとロックオン警報が鳴っている。次の瞬間、ノアのいた位置を別の敵機の銃弾が通り過ぎた。


 ノアを狙った敵機は、援護に向かって来たメイアとマイアから、同時に遠距離射撃を喰らって爆散した。双子姉妹は珍しく、声だけ合わせて言葉はバラバラにノアを呼ぶ。


「姫様」


「ノア姫様」


 ノアは攻撃に入ろうとしていた他の敵機に、牽制のライフル乱射を浴びせて追い払う。そこに姉妹の『ライカSS』が合流して来た。


「すぐに敵機を撃退して、ノヴァルナ様の下へ向かいます。二人とも頼みます!」


「了解!」


 シーガラック星系軍のBSI部隊を相手取るだけでなく、空母部隊攻撃に取り掛かりつつあるノヴァルナの所へ、自分も行こうとしているノアに、カレンガミノ姉妹は“困ったものだ”といった顔をする。この辺りは『ナグァルラワン暗黒星団域』で、初めてノヴァルナの『センクウNX』と遭遇した時、「私が仕留めます!」と強い口調で告げた頃と変わらない。


「フォーメーション・デルタ。右から仕掛けます。メイアは10パーセント増速、二人とも私の合図で射撃開始です。テイク・ア・フォーメーション…ナウ!!」


「イエス、マム!」


 大きくスクロールしながら、瞬時に高低差のある三角のフォーメーションを組んだ、ノアとカレンガミノ姉妹の機体は、複数の敵機に対し、指示通り右から回り込み始める。僅かに先行したメイアと、ノアの並行位置にいるマイアが超電磁ライフルを放ち、敵機が回避行動に入った瞬間にノアが狙撃を加えた。


「こえー…」


 『ホロウシュ』のハッチとキュエル、さらに六隻の宙雷艇を従え、前方で退避行動を開始している二隻の敵軽空母に向かうノヴァルナは、コクピット内に浮かべたサブホログラムモニターで、ノアの戦闘行動を確認し、眉をひそめて呟いた。


 ノアがカレンガミノ姉妹を連れ、ナグヤ=ウォーダ家にやって来てから知ったのだが、ノアの戦闘形態は本来、カレンガミノ姉妹との三機連携を前提にしていたのだ。


 昨年ノアと対戦した『ナグァルラワン暗黒星団域』では、カレンガミノ姉妹は前『ホロウシュ』筆頭のトゥ・シェイ=マーディンとラン・マリュウ=フォレスタと交戦して、ノヴァルナはノアとの一騎打ちとなった。


 ところがこれは、たまたまマーディンとランの技量が高かったため、カレンガミノ姉妹がノアとの連携を断たれた結果であって、下手をすればノアとカレンガミノ姉妹の相互連携により、三人とも討ち取られていた可能性が高かったのである。

 事実、当初の予定であった、ノヴァルナとノアのエキジビションマッチ。これに向けての訓練では、技量的にマーディンやランに及ばないハッチとキュエルを連れたノヴァルナは、模擬戦闘で悉く敗退していた。それは実際の戦闘でも同様で、ノア達の連携攻撃を受け始めた敵の残存BSIユニットは、苦も無く撃滅されてゆく。


 三機連携戦術そのものは珍しくはない。しかしノアとカレンガミノ姉妹のそれは、レベルが別物だった。一機が追い込み、一機が狙撃、残る一機が他の敵機からの攻撃を警戒、これを流れるような動きで交代しながら、連続して行うのだ。


 しかしノヴァルナも口では「こえー…」とは言ったが、ノアに負ける気はない。


「ハッチ、キュエル、俺と一緒に敵駆逐艦部隊と空母の迎撃システムを叩くぞ。宙雷艇は下から潜り込んで直接、敵の空母を叩け」


「了解!」


 ノヴァルナの『センクウNX』とハッチとキュエルの『シデンSC』は、オレンジ色の光のリングを機体背後に重ねて輝かせ、六隻の駆逐艦へと突っ込んで行く。その間に宙雷艇部隊はノヴァルナの指示通り少し針路を下に向けながら、敵駆逐艦の向こう側を逃走する、二隻の巡航母艦(軽空母)への追撃に入った。


「ハッチ、キュエル。先行して駆逐艦の迎撃火器を潰してゆけ。あとは俺がやる」


 ノヴァルナはそう命じると、ポジトロンパイクとクァンタムブレードを起動させて、それぞれを『センクウNX』に握らせる。さっきまではもう一本のポジトロンパイクがあったのだが、敵BSIユニットとの戦闘で失われてしまっていた。


 敵の駆逐艦部隊は三隻ずつに分かれ、片方は空母部隊を直掩する位置にいる。


「キュエル。まずは手前の三隻だ。弾種、対艦徹甲」


 ヨリューダッカ=ハッチがそう言うと、キュエル=ヒーラーが「分かってる!」と強気な口調で応じた。『ホロウシュ』は主君ノヴァルナへの忠誠は一貫しているが、個々においては互いをライバル視している場合が多い。


「―――なら、ついて来い!」


「そっちこそ!」


 二人は言い放つと、パン!と弾けるように機体を二手に分かれさせた。三隻の駆逐艦が二人に対して迎撃のビームを浴びせ始める。だが命中しない。急角度で回避行動を取った二機の『シデンSC』は、反撃の銃弾を連続して放った。エネルギーシールドを貫く能力を持つ銃弾が、立て続けに敵駆逐艦を直撃する。





▶#17につづく

 

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