#06
ノヴァルナがキオ・スー家の新たな支配者となった事は無論、他のウォーダ一族にも知らされた。それに対しアイノンザン星系を領有し、ノヴァルナの従弟にあたるヴァルキス=ウォーダからは形だけではあるが、承認と祝辞が返されて来た。
ヴァルキスの父であったヴェルザーはノヴァルナの父ヒディラスと、叔父のヴァルツの弟であったが、三年前にヒディラスに従ってミノネリラ宙域へ侵攻した際に、カノン・グティ星系会戦で戦死し、後を継いだヴァルキスはこの事を恨んで、ノヴァルナ達ナグヤ家とは疎遠となっていた。しかしそのナグヤ家がウォーダ宗家のキオ・スー家をも支配するようになったとなれば、無視してもいられないのだろう。
一方もう一つの宗家、イル・ワークラン=ウォーダ家だが、こちらはノヴァルナを激しく非難して来た。およそ半年前にクーデターを起こし、イル・ワークラン家の当主となったカダール=ウォーダは、昨年の水棲ラペジラル人の奴隷売買の件で、ノヴァルナに大きく面目を潰されており、未だに憎しみの炎を燃やしている状態だからである。
もっともカダールの反応はノヴァルナも最初から織り込み済みで、届いた返信の内容に激昂する『ホロウシュ』達を尻目に、あっけらかんとした表情で「あっそ」と答えただけだった。
「なんだかんだで、今はこっちも忙しいかんな。一々構ってる暇はねぇや」
夜を迎えたキオ・スー城、敷地内に建てられている主君用の館の居間で、ノヴァルナは小さなカップケーキを頬張りながら、カダールからの罵倒に近い返信に対する気持ちを言い放った。
「そう、大人ね。偉い、偉い」
テーブルを挟んで迎え側のソファーに座るノアが、目の前に展開しているホログラムスクリーンを見詰めたまま軽く応じる。そのノアの両手は、ホログラムキーボードをせわしなく叩いていた。
「んだよ、その適当な褒め方は」
不満そうに唇を尖らせるノヴァルナ。だがノアは取り合わない。
「私だって忙しいの。今夜中にシーモア星系各惑星の新しい経済指標を、チェックしなくちゃいけないんだもの。あっちで一緒に遊んでたら?」
家一軒が丸々一つ入りそうな広さの居間では、少し離れたところでノヴァルナの二人の妹と、三人のクローン猶子が双六のようなゲームに興じていた。五人は明日まで、キオ・スー城に滞在する予定だ。ノアはノヴァルナにそっちで遊んでいろと言ったのだ。
しかしノヴァルナはソファーに座ったままで、皿に幾つか盛られたカップケーキの中から一つをつまみ上げ、「ん!」と言ってノアに差し出す。ノアはそれを一瞥しただけで、「いらない」と言い、キーボードを叩く手を止めなかった。
ただそれでもノヴァルナは、カップケーキを摘まんだ手を降ろそうとしない。根負けしたノアは、ため息混じりに「もう…」と呟いてノヴァルナに振り向いた。妹達と遊ぶより今はノアに構って欲しいらしい。
「一つだけね」
と言って作業を中断したノアがカップケーキを受け取ると、ノヴァルナは「おう」と応じて屈託のない笑顔を見せる。仕事の邪魔ではあるが、ノアもそんなノヴァルナの表情に悪い気はしなかった。後見人であったセルシュ=ヒ・ラティオを失って以来、ノヴァルナは時たまノアに、そういった子供っぽい面を見せるようになっている。今回はキオ・スー家への仕置きで、普段以上に神経を使う日々が続いていたため、気を紛らせたくなっているのだろう。
一粒のオレンジの果肉を刺したホイップクリームに、様々な色のカラーコーティングを施したチョコチップがトッピングされているカップケーキを手にし、ノアは少々行儀悪くかぶりついた。
「うん、美味しい」
ニコリと微笑むノアに、ノヴァルナも満足そうな光を目に湛える。あらためてノアは、キオ・スー家の支配を成し遂げたノヴァルナの労をねぎらった。
「お疲れ様。まず一歩ね」
「おうよ」と笑顔のノヴァルナ。
「ずいぶんご機嫌じゃない?」
ノアがそう尋ねるとノヴァルナは立ち上がり、ノアの隣に移動して座り直す。そしてNNLのホログラムスクリーンとキーボードを展開し、素早く指を動かした。ホログラムスクリーンに映し出されたのは、コミュニティーサイトの『iちゃんねる』である。
「これ見てみ」
ノヴァルナが指差したのは、ズラリと並んだスレッドタイトルの中の一つだ。
『ノヴァルナ殿下を見直すスレ』―――
ノアもナグヤ家に来てから、ノヴァルナの影響で何度か『iちゃんねる』を覗いた事がある。しかしノヴァルナ関連のスレッドといえば、これまで批判するものしかなく、一度スレッドの中を見て、自分の大切な婚約者に対する罵詈雑言ばかりが書かれていて悲しくなり、二度と見る事はなかったのだ。
「昨日、新しいスレが立ってなあ」
そう言うノヴァルナの口調が軽い。
ノヴァルナがスレッドを開くと、ノアはそこに書き込まれている内容を、大まかに軽く読み流した。所々に相変わらずの批判もあるが、内容は概ね、今回のキオ・スー城攻略でノヴァルナが取った作戦を評価する言葉だ。
ノヴァルナ自身は、叔父のヴァルツに卑怯な手を使わせた事に気負いがあるが、キオ・スー家が人間の盾とした一般市民に、一切被害を及ぼさなかった事の方を、惑星ラゴンの領民達は評価したのだろう。特に、当のキオ・スー市民のものと思われる書き込みが、感謝と共にノヴァルナの手腕を称賛していた。
ホログラムスクリーンから顔を上げたノアは、隣に並んで座るノヴァルナに軽く肩をぶつけて冷やかす。
「なーんだ、褒められて嬉しいんじゃん」
するとノヴァルナは表情を難しくして言い返した。
「ち、ちげーよ。普段散々俺の事を馬鹿にしてやがるくせに、すぐに手の平を返しやがって、節操のねぇ奴等だって事をだな―――」
「はいはい」
そんな照れ隠しの難しい顔しても分かるわよ…と言外に付け加えて聞き流すノアに、ノヴァルナは「ちぇっ…」と不服そうにそっぽを向く。それを見てノアは自然と笑顔になった。
ノヴァルナとて人の子である。数百億人の人々が暮らす宙域を統べる星大名という、大局を見据えねばならない立場から超然と構える時も多いが、中身はもうすぐ十八歳になろうかという、若者に変わりはない。自分のやった事が誰かに認められ、喜ばれる事に嬉しさを覚えても当然であった。ノアは指先でホログラムスクリーンに触れ、書き込みをスクロールさせながら告げる。
「お父様が言ってたわ。どんな政治形態であれ民衆が為政者に感謝するのは、自分の身の周りに難儀が起きて、それを取り払ってくれた時だけだ…ってね。だからいいじゃん、みんなが喜んでるって事は、ヴァルツ様の作戦を採用したノバくんの判断が、みんなにとって正しかったって事なんだから」
「ノバくん言うな」
「はいはい」
ノアに軽くいなされたノヴァルナは苦笑いを浮かべた。ノアの“ノバくん”が、ノヴァルナに照れ隠しの逃げ道として、“ノバくん言うな”を使わせるための誘導であったと、勘付いたからだ。言い換えればノヴァルナの反応を予め見越して、“手玉に取られた”のである。ある意味互いに、相手の事が良くわかっている証左だった。
「と…ところでな、ノア」
ノヴァルナは俄かに躊躇いを見せて話題を変えた。
「なに?…そろそろ仕事の続き、したいんだけど」
お守もお終いとばかりに、ホログラムキーボードに向き直るノア。しかしキーを打とうと伸ばした手を、ノヴァルナの右手が軽く掴んで押し留める。
「?」
振り向いた首を傾げるノアに、ノヴァルナは空いた左手の人差し指で鼻を擦りながら、言葉を選ぶようにゆっくりと告げた。
「俺もまぁ…キオ・スー家を手に入れた事だし、それなりに体裁もついたからさ…ここらでマジ、日取りを決めねぇか?」
その途端、ノアも頬を赤くする。日取りとは無論、延びたままとなっている二人の結婚式の日取りであった。ノアがノヴァルナのもとへやって来て三ヵ月以上経ち、半同棲生活のうちにノアも、今ノヴァルナと仕事を分担している通り、すでに妻同然の地位にいる。しかし対外的にも、今のような中途半端な状態でいるわけにもいかない。
「そ…そうね。いい加減、決めなきゃね」
改まって言われると、ノアもしおらしい口調となってしまう。確かにノヴァルナがオ・ワーリ=シーモア星系を完全支配下に置いた今が、いい機会に思われた。
「お父様から連絡が入ったら、その件も伝えましょう」
とノア。ノヴァルナの勝利とキオ・スー家を手に入れた事は、サイドゥ家の本拠地、惑星バサラナルムにも知らせてある。ただ未だに、ドゥ・ザン=サイドゥからの返信は届いていない。嫡男ギルターツの謀叛を知らないノヴァルナとノアは、ドゥ・ザンがロッガ家とタ・クェルダ家の同時侵攻への対処に、追われているのだろうと考えていた。
「………」
「………」
無言のまま見詰め合うと、ノヴァルナとノアの周囲で時間が止まる。
だがその直後、ノヴァルナは自分達に向けられた視線に気付いた。向こうでゲームをしていたはずの、妹のマリーナとフェアンや三人のクローン猶子達が、こちらを向いてニヤニヤしている。
「くぉおおおらァ、てめーらぁああ! 見世モンじゃねーぞ!!!!」
そう叫ぶと跳び上がるようにソファーから立ち上がって駆け出し、広い居間で子供のように妹達と鬼ごっこを始めるノヴァルナ。キャーキャー騒いで逃げる五人を無邪気に追いかける婚約者の姿に、ノアはやれやれといった表情で苦笑いし、今ここにある幸せに安らぎを感じていた………
▶#07につづく
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