#09
ノヴァルナの『センクウNX』の容赦ないフルスロットルに、後ろから追い越された『ホロウシュ』達は、慌てて主君を追い始める。特に今回、専用機の代わりに量産型の『シデン』を使用している者は、完全に置いて行かれる格好だ。
だがノヴァルナはお構いなしである。宙雷戦隊に続いて前進を開始している、重巡部隊のすぐ傍を猛烈な速度で通り過ぎ、一気にキオ・スー艦隊の中心部まで飛び込んで行く。戦慣れした『ホロウシュ』ですらこのような状態であるのだから、全員が初陣のシヴァ家から参加しているキッツァート=ユーリス以下、チャリオット中隊は完全に取り残されてしまった。キッツァートの元へ、部下達から次々に泣き言が入る。
「チ、チャリオットゼロワン。ウイザード中隊の信号をロスト。位置不明です!」
「わ、私の機も、自分がどこにいるのか…」
「我々はどうすればいいのでしょう?」
周囲では無数のビームが飛び交い、幾つもの爆発光が視界を眩ませる。借り物の量産型『シデン』と、ASGULの『ルーン・ゴート』で編成されたチャリオット中隊で、このような混戦の中をノヴァルナの後に続こうなど、無理な話だ。『センクウNX』は位置信号を出しているはずなのだが、距離が開いてしまうと、敵味方の艦艇が砲火を交わすのと同等にしのぎを削っている電子戦に、信号が飲み込まれるのだ。
「ともかく、ノヴァルナ様の向かった方角へ進むしかない。行くぞ!」
キッツァートは自分の不安を声には乗せず、努めて冷静に告げて操縦桿を右へと倒していった。すると不意に視界の目前を、敵のものか味方のものかも分からない、半壊した駆逐艦が横切っていく。その破損した個所から、まだ生きている乗組員が宇宙服も着ずに艦外に吸い出され、手足をバタつかせるが、真空の宇宙空間の中で二度、三度と体を大きく痙攣させてすぐに息絶える。凄惨な光景に、改めて自分が死と隣り合わせになっている事を知り、キッツァートは息を呑んだ………
そういった死は無論、ノヴァルナにも降りかかる可能性がある。しかし操縦桿を握るこの若者の裂帛の気合は、死神の鎌すら跳ね返しそうな勢いを感じさせた。『センクウNX』のセンサーが、敵旗艦の『レイギョウ』を捉えていてはなおさらだ。針路を遮って来る軽巡航艦に、連続して対艦徹甲弾を叩き込んで黙らせると、『レイギョウ』との間合いを一気に詰めていく。
ノヴァルナ機の接近に気付いた『レイギョウ』の艦橋では、艦長が表情を強張らせて命令を発する。
「左舷急速回頭! 取舵一杯、下げ舵一杯急げ!! 迎撃誘導弾撃ち方はじめ!!」
左側へ急激にダイブをかけ、同時に大量の誘導弾を撃ち出す『レイギョウ』の巨体。さらに周囲の戦艦や宙雷戦隊からも、誘導弾とビームが雨あられと襲い掛かった。しかしノヴァルナも『センクウNX』も万全の状態だ。気合の乗ったパイロットと整備の行き届いた機体―――現状でこれに勝るものはない。急激な回避運動に遭って命中を得られなかった誘導弾が、破片で機体にダメージを与えるために起こす近接爆発の無数の輝きの間を、ノヴァルナと『センクウNX』は事も無げにすり抜けて行く。
「セ、『センクウNX』! なおも追って来ます!」
戦術状況ホログラムには、一見すると無茶苦茶な軌道を描きながら、迎撃を悉く躱して接近して来る『センクウNX』が赤いマーカーで表示されている。それを睨むソーン・ミ=ウォーダは、ノヴァルナの操縦技術を目の当たりにして、「バケモノか!」と呻くように言い、頬を引き攣らせて続けた。
「奴を近寄らせるな! 宙雷戦隊は艦の間隔を詰めろ、ぶつかっても構わん! 付近にいるBSIユニットや攻撃艇を呼び戻せ!!」
命令を受けて軽巡や駆逐艦が艦体を横に向け、ノヴァルナの行く手を塞ごうとする。しかしアクロバットじみた飛行は、ノヴァルナにとって朝飯前だ。
横合いから飛び出してくる軽巡航艦の舳先を、スクロールさせた機体で瞬時に躱したかと思えば、上下から二隻の駆逐艦が針路を閉じようとするのを、スイングしながら上昇、上から来る駆逐艦のさらにその上を飛び越し、機体を一回転させながら超電磁ライフルの銃撃を、艦橋付近に叩き込んだ。コントロールを失った駆逐艦はそのまま下から来たもう一隻の駆逐艦と激突、二隻は互いの艦腹をめり込ませたまま漂い始める。
この状況に本来、総旗艦『レイギョウ』を護衛するのが役目の六隻の宇宙戦艦は、総旗艦の援護に向かおうと変針を始めていた。だがそこに『ヒテン』以下、ナグヤの戦艦部隊が猛然と砲戦を挑んで来る。
「回頭中止。反撃しろ!」
各艦のアクティブシールドに、立て続けに主砲弾を喰らい、総旗艦を守るはずであったキオ・スーの戦艦は、我慢しきれず舵を戻して反撃を開始した。
▶#10につづく
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