#07
確かにダイ・ゼンの言う通り、『ムーンベース・アルバ』まで一日半もかかるのであれば、それをコントロールしているノヴァルナを倒す事で、どうとでもなる。しかしすでに述べたように、今回は単なるノヴァルナのハッタリではなかった。
「もう一丁、方向転換行くぜぇっ!!」
景気づけなのか、強い口調で言い放ったノヴァルナは、素早くキーボード入力を行う。すると今度はプラント衛星右側に並んだ重力子パルサーが一斉に眩い光を放った。横回転を始めたプラント衛星は針路を左へと変え、大気圏バウンドの反動と相まって急激に速度を上げる。そしてその進行方向にあったのは、地上のキオ・スー城でも月の『ムーンベース・アルバ』でもなく、衛星軌道上に並んだキオ・スー家の宇宙艦隊だ。
「プラント衛星、再度コース変更! こちらへ向かって来ます!!」
「なにぃッ!!!!」
反射的に司令官席から身を乗り出すソーン・ミ=ウォーダの、引き攣った表情に、オペレーターが追い打ちをかけるように報告する。
「到達まで五分!」
「コース算出。本艦と衝突コースです!」
オペレーターのその言葉を待っていたかのように、『レイギョウ』の艦橋内に赤色灯が灯って衝突警報のアラーム音が響きだす。
「直ちに回避行動に移れ!」
艦長が叫ぶ一方、オペレーターが新たな報告を行う。
「ナグヤ艦隊、一斉に前進を開始。我が艦隊に向けて突撃して来ます!」
緊急回避のために傾き始めた艦橋の中で、ソーン・ミは戦術状況ホログラムに目を遣った。それまで遠距離砲戦に徹していたナグヤ家の宇宙艦隊が、密集隊形を組んで緩やかな弧を描きながら急速接近している。弧を描いたコースを取っているのは、アイティ大陸の基地からの砲撃を避けるためのようだ。しかしその位置なら、『ムーンベース・アルバ』からの射角に入っている。
「ただちに月面基地へ砲撃を要請! ナグヤ艦隊を叩かせろ!」
旗艦の運用は艦長に任せ、ソーン・ミはナグヤ艦隊に対する砲撃を『ムーンベース・アルバ』に命じようとした。だがそれに参謀に一人が、悲観的な言葉を告げる。
「お…恐れながら、それは困難かと」
「なぜだ?」
「ナグヤ艦隊は『ムーンベース・アルバ』からの砲撃射角に対し、プラント衛星の陰に隠れる位置を進んでおります。『アルバ』の砲撃で衛星を破壊する事は可能ですが、艦隊への砲撃には間に合いません」
参謀からの情報に、ソーン・ミは「うぬぅ…」と呟いて拳を握り締めた。ノヴァルナの真意はプラント衛星を、キオ・スー城へ落着させるのでも『ムーンベース・アルバ』へ激突させるのでもなく、『ムーンベース・アルバ』からの砲撃の盾にし、ナグヤ艦隊の突撃に利用するつもりだったのだ。
2キロ四方の巨大な鉱物精製プラント衛星だが、宇宙空間では砂粒ほどの大きさでしかない。しかしそうであっても、『ムーンベース・アルバ』からの射角から、ナグヤ艦隊を隠すのは可能であった。
ノヴァルナの指示を受けた副官役のラン・マリュウ=フォレスタが、ナグヤ艦隊にこの行動の意図と針路をすでに送信しており、プラント衛星が最終針路に入ると同時に、艦隊はプラント衛星の陰に合わせた変則的な密集突撃用楔陣形を組んで、急加速を開始したのである。
「ともかく砲撃だ。何もしないのでは始まらん!『アルバ』に砲撃命令!」
ソーン・ミが叩きつけるような口調で命令を発して数十秒後、キオ・スー艦隊左後方に浮かぶ灰白色の月から、真紅の大口径ビームがプラント衛星へ到達した。大型戦艦並みの大口径要塞砲の射撃だ。無骨な機械の塊を思わせるプラント衛星の表面に、小型の太陽が出現したようにも見えるほどの大爆発が続けて起こる。戦闘兵器ではないため防御用のエネルギーシールドがあるはずもなく、直撃であるから、そのような大爆発が起きても当然だった。
だがキオ・スー側が懸念した通り、直撃を受けてもプラント衛星は簡単に崩壊しない。通常は無人で運用する自動化工場衛星であるため、点検・管理区画などの一部を除いて、人間が活動する箇所を作る必要が無く、頑丈なメインフレームに各モジュールを個別に固定した、隙間の多い構造となっており、それが砲撃を受けたモジュールの爆発エネルギーを、宇宙空間へ逃がしてしまうのだ。
さらに旗艦『レイギョウ』の緊急回避が、キオ・スー艦隊中央に混乱を招いていた。ナグヤ艦隊とのBSI戦に、『レイギョウ』のBSI親衛隊まで投入したため、その埋め合わせに『レイギョウ』の周囲を複数の宙雷戦隊で固めていたのだが、それがプラント衛星の衝突行動で緊急回避に移った『レイギョウ』の、妨げになってしまったのだ。対BSI戦に備えて、各艦の間隔を詰めていた事も裏目に出た形だ。キオ・スー艦隊中央部の各艦に衝突警報が鳴り響き、右往左往を始めた。
▶#08につづく
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