#01

 

「見えて来たぜ!…アレを使う!」


 専用機『センクウNX』で惑星ラゴンの衛星軌道上を飛ぶノヴァルナは、随伴する『ホロウシュ』のナルマルザ=ササーラと部下達に告げた。


 彼等の進行方向にあったのは、衛星軌道上に浮かぶ巨大な構造物―――およそ一年近く前、イル・ワークラン=ウォーダ家に雇われた傭兵達が、キオ・スー城を奇襲するために使用した、あの鉱物精製プラント衛星だ。


 地上の管理局へ偽装した位置データを送りつつ、キオ・スー城の上空まで移動、ナグヤ家首脳も来城して定例の氏族会議を行っているところに、非正規に入手したサイドゥ家のBSIユニットで奇襲降下、キオ・スー宗家を一気に滅亡させるという傭兵達の計画は、ノヴァルナと妹のフェアン、そして『ホロウシュ』のラン・マリュウ=フォレスタの活躍によって阻止された。その後、この鉱物精製プラント衛星は、使用中止のまま元の軌道へ戻されて、今日こんにちに至っていたのである。


 プラント衛星は惑星ラゴンの公営施設であり、その管制優先権は星大名家であるウォーダ家が所有している。潜入した傭兵達が衛星の制御を簡単に奪えたのも、イル・ワークラン=ウォーダ家から、ウォーダ家の認証コードを得ていたからだ。


 それならばノヴァルナからすれば早い話であった。『センクウNX』のコクピット内にプラント衛星の管理画面を呼び出し、ウォーダ家の認証コードを入力して、早々に制御権を確立した。


「時間がねぇからな。手っ取り早くいくぜ!」


 そう言ってホログラムキーボードを立ち上げ、軌道変更の指示を打ち込み始めるノヴァルナ。すぐにプラント衛星の移動用重力子パルスエンジンに火が入る。


「どうされますので?」


 と尋ねるササーラに、ノヴァルナはあっけらかんと答えた。


「決まってんだろ、このデカブツをキオ・スー城に落とす」


「!!!!」


 驚いたのは『ホロウシュ』達だ。大きさが左右約二キロもあるプラント衛星が、キオ・スー市に落下するとなると、城が消滅するだけでは済まない。「お待ちください―――」と止めに入るラン。


「キオ・スー市にはナガルディッツ地方のような、市民に対する避難指示が出されておりません。そこへプラント衛星を落とすなど…」


 それを聞いてノヴァルナは「アッハハハ!」と高笑いし、ふざけた口調で続けた。


「うっそぴょーん」


「うそ…ぴょん?」


 呆気にとられた表情になるランに、ノヴァルナは告げた。


「いいから、まあ見てろ。それより俺は、プラント衛星の制御に専念しなきゃなんねぇから、こっちの動きに勘付いた敵が来たら迎撃を頼むぜ」


「ぎ、御意」


 どこか適当なノヴァルナの物言いに、躊躇いがちに返答したランだが、副官として主君を信じる気持ちに偽りはない。即座にササーラに呼び掛ける。


「ササーラ!」


「うむ。全機援護態勢を取れ!」


 筆頭代理のササーラの命令で、『ホロウシュ』の機体は素早く、プラント衛星の前面に二重の防御陣を組む。前衛に『シデンSC』と、その後ろにムラキルス星系攻防戦で乗機を失った者の、量産型『シデン』がつく。さらにプラント衛星の後ろ側に、キッツァート=ユーリス率いるシヴァ家のBSI部隊が配置された。


 ノヴァルナとその配下が囲む精製プラント衛星の移動開始は、すぐにキオ・スー側のセンサーにも察知される。それを知って表情を強張らせたのは、キオ・スー=ウォーダ家の当主ディトモスだった。


「こ、これは!…あの大うつけ、プラント衛星をここへ落とすつもりか!!」


 キオ・スー城の中央作戦室で戦術状況ホログラムを睨むディトモスは、こめかみに血管を浮かせて叫んだ。戦術状況ホログラムには、プラント衛星の予想針路が幾つか示されており、その一番確率の高い針路が、ここキオ・スー城へ落着するコースだった。


「ここへ落着する場合の、所要時間は?」


 城の防御司令官が問い質すと、オペレーターが「42分後です」と応じる。総参謀長のダイ・ゼン=サーガイはそれを聞いて、神経質そうな顔の眉間に皺を寄せて尋ねた。


「こちらから操作して、軌道を変えられんのか?」


「駄目です。認証コードがブロックされています。ノヴァルナ殿下がご自分で、プロテクトコードを設定されたらしく、現在ノヴァルナ殿下以外に、プラント衛星を制御出来る者はおりません」


「この城の解析機能でも不可能なのか!?」


「試みたのですが、電子妨害を受けているらしく、完全なアクセスは不能です」


 その電子妨害の原因は『ホロウシュ』の一人、ショウ=イクマの乗る電子戦特化型『シデンSC-E』によるものだった。この機体の特徴は単機の電子戦能力に加え、他の『ホロウシュ』の『シデンSC』や『センクウNX』とリンクし、統合強化させる事ができる。


「ええい、こうなれば致し方ない。地上からの砲撃で破壊するのだ」


 議論を長引かせている場合ではないと、ディトモスは迎撃命令を発した。だがそれに対してダイ・ゼンが押しとどめようとする。


「お待ちください。地上からの対宙砲火を行うとなると、我が艦隊と対峙しておりますナグヤ艦隊に、行動の自由を与える事に―――」


「そのような事は分かっておる! だが背に腹は代えられぬであろう!」


 ダイ・ゼンはキオ・スー家はナグヤ家との艦隊戦を有利に進めるため、月面基地と地上基地からの十字砲火空域を作り出し、ナグヤ艦隊の行動範囲に制限を加えようと目論んでいた。だが地上の砲撃をプラント衛星に向けると、その目論見が破綻する。


「これはノヴァルナめの、“ハッタリ”である可能性が高いと思われます」


「なに、ハッタリだと!?」


「は。2キロ四方のプラント衛星がここへ落ちるとなると、避難をしておらぬ領民が数百万人近く巻き添えになります。いくら大うつけでも、そのような非道な真似は、行いますまい」


 確かにダイ・ゼンの言い分は筋が通っていた。前述の通り、キオ・スー市の市民であっても同じウォーダ家の領民であり、ノヴァルナもアイティ大陸上陸地点のナガルディッツ地方へ、予め避難指示を出していたのだ。それを今になって、領民を巻き添えにするプラント衛星落下を行うのは考え難い。


 しかしその言葉をディトモスは信用しきれなかった。


「そう言い切れるのか、ダイ・ゼン!?」


「う…は?…」


 強い口調で詰問する主君に、ダイ・ゼンはたじろぐ。


「相手はあの八方破れのノヴァルナだぞ。これは決戦なのだ。手詰まりになった途端、何をしでかすのか分からんのは、貴様が一番分かっているのではないのか!?」


 そう言われるとダイ・ゼンも自信は無くなる。「それはそうですが…」と口ごもって、思わず目を泳がせた。実際、これまでのノヴァルナとの戦いでは、自分の予想を上回る状況を作り出されて、一敗地に塗れて来たではないか。


「ともかく時間が無い。早急に対処せよ、ダイ・ゼン!!」


「お、仰せのままに」


 ダイ・ゼンにはディトモスの怯懦も理解できた。元々臆病な面がある主君は、昨年のプラント衛星を使った傭兵達の奇襲未遂事件もあって、こういった事案に対し過敏になっているのだ。





▶#02につづく

 

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