#07

 

「兄上は遠くばかりを見ておられる。足元を見ず、高みばかりを目指しておられる…自分の命だけでなく、周りの者全ての命まで、まるで賭け事のように軽んじられて―――私には認められません」


 カルツェにそう言われても、ノヴァルナには一向に省みる様子が無い。


「そいつはおまえの見込み違いだ。賭け事は決して軽い気持ちでやるもんじゃねぇ。俺はいつだって真剣だぜ」


「ふざけていない時は真剣に、ふざける時はもっと真剣に、と仰りたいのでしょう?」


「おう、よく分かってるじゃねーか。さすが俺の弟だ」


「そんなものは詭弁です」


「あー、おまえな。そういうまとめ方は、思考停止ってヤツだぞ」


「!………」


 暖簾に腕押し感満点のノヴァルナの反応に、眉尻を痙攣させたカルツェは、思わず“だから兄上の、そういった所が我慢できないのです!”と声を荒げそうになった。その言葉を無理矢理喉の奥に飲み下し、気持ちを鎮めて冷たく言い放つ。


「兄上は、星を統べる者―――星大名には相応しくありません」


 だがそれでもノヴァルナは怒る事は無い。


「おう、そうかぁ?…じゃあやっぱ、それより上を目指すしかねーな」


 あくまでも冗談で通そうとする兄にカルツェは、もはやこれ以上話しても時間の無駄だと感じたのか、おもむろに席を立つ。


「先程の戦力の提供のお話は了解致しました。指揮官にはムラキルスの時と同じく、ゴーンロッグをつけさせて頂きます。詳細の擦り合わせは会議の後にでも」


「おう。助かるぜ」


 快活に応えたノヴァルナに、カルツェは「では…」と言って退出しようとする。それをノヴァルナは「あー、カルツェ」と呼び止めた。


「今日は、おまえと話せて楽しかったぜ。ありがとな」


 それを聞いて一瞬、カルツェは戸惑いの表情をよぎらせた。だがすぐにその表情を消し去り、無言のまま執務室を出て行く。木製のドアが重い音を立てて閉まると、ノヴァルナは背もたれに深く上体を沈めて大きく息を吐いた。そして右手で頭髪をガシガシ無造作に掻きながら、「聞いての通りだ、ナルガ」とナルガヒルデ=ニーワスを呼ぶ。


 するとノヴァルナの右隣に、ナルガヒルデの等身大ホログラムが出現した。ノヴァルナは今のカルツェとの会話を、音声回線のみでナルガヒルデにも聞かせていたのだ。


「本当におまえの名前を、バラして良かったんだな?」とノヴァルナ。


 ノヴァルナの問い掛けに、ナルガヒルデのホログラムは「はい」と応じる。カルツェとの会見で、ノヴァルナが簡単に内通者の名を明かしたのは、予めナルガヒルデからそのように申告があったためだ。


「名前を出して頂いた方が、彼等への牽制になります」


 ナルガヒルデが言う“彼等”とは、ミーマザッカやクラードらの、カルツェ支持派を指していた。名前を告げた以上、ナルガヒルデの身に内輪で何かあった場合、一番疑わしいのはカルツェ支持派という事になる。それだけに、迂闊に復讐を企むわけにはいかない。当主となって、家臣の生殺与奪の権利を得たノヴァルナが、これを理由にカルツェ支持派の一掃に動き出す可能性もあるからだ。


 それにまず第一、家中でも目立つ存在のナルガヒルデが、自らスパイ役を買って出るほどのノヴァルナの支持派―――いや、カルツェ否定派であったと知れれば、カルツェ支持派は大きく勢力を削がれる結果となるはずである。


「だが、おまえを危険に晒す事に、変わりはねぇ…」


 珍しく奥歯に物が挟まったような言い方のノヴァルナに、ナルガヒルデは眼鏡型NNL映像端末の蔓を指で掛け直し、自分の身を案じてくれる主君に感謝の笑みを浮かべた。


「ご心配には及びません。カルツェ様ならそういった事は、ご自分でも充分理解なされているはずです。ミーマザッカ様やクラード殿が私に何かしようとしても、カルツェ様がお止めくださるでしょう」


 それを聞いてノヴァルナは、「ふふん」と鼻を鳴らす。


「ナルガも人がわりぃな。カルツェに自分を守らせようってのか」


 ノヴァルナの皮肉っぽい言葉に、ナルガヒルデは無言で恭しく一礼し、「そういえば」と言い返した。


「先程の弟君との会話…ノヴァルナ様、かなりお気を遣っておられましたね」


「う…」


 ナルガヒルデの顔を見上げるノヴァルナの口元が引き攣る。


 カルツェとの会見で、のらりくらりとした発言ばかりであったノヴァルナだが、内心ではカルツェへの気遣いに腐心していた。それを観察眼の鋭いナルガヒルデに見抜かれていたのだ。“傍若無人”のノヴァルナとしては、あってはならない行動であった。


 イメージが壊れるような事を面と向かって告げられ、再び手指で頭髪をガシガシ掻いたノヴァルナは、気まずそうにナルガヒルデに言い放った。


「おま…マジ、人がわりぃな―――」





 前日にこのような経緯があったため、会議でのノヴァルナとカルツェのやり取りも、ナルガヒルデの主君への詰問も、周囲が緊張するほど、当人同士で火花を散らせたわけではなかった。


 戦力の供出をあっさりと了承したカルツェに対して困惑する、ミーマザッカやクラードを尻目に、ノヴァルナは前日にカルツェが指定した通りに、カッツ・ゴーンロッグ=シルバータを振り向いて命じる。


「ゴーンロッグ!」


「は…ははっ」


「聞いての通りだ。おまえがカルツェの代わりに地上部隊の指揮を執れ。奴等の直轄地、アイティ大陸へ侵攻し、キオ・スー城攻略の橋頭堡を築くんだ」


「御意」


 簡単に頭を下げて承服するシルバータに、ノヴァルナはニヤリとして内心で“馬鹿正直なヤツだぜ”と呟いた。いや、悪い意味ではない。カルツェを支持する事も含めて、シルバータは全てがナグヤ家のためだと思っている故の反応なのである。そういった点で先日のムラキルス星系攻防戦同様、今度の戦いに自分の名代みょうだいとしてシルバータを派遣しようというカルツェの判断は、間違ってはいない。少なくともシルバータは戦いにおいて、自分個人の考えで何かの小細工をする人間ではないからだ。


 カルツェがノヴァルナに従ってしまうなら仕方がない…と言いたげに、筆頭家老のシウテ・サッド=リンが少し投げやりな口調で尋ねる。


「殿下の命とあらば、皆これ以上申しますまい。それで地上部隊はゴーンロッグに任せ、殿下は如何なされるおつもりですか?」


 そう尋ねられたノヴァルナは腕組みをし、椅子の背もたれに上体を預け、ふんぞり返った姿勢で不敵な笑みと共に言い放った。


「心配すんな。逃げも隠れもしねぇ。宇宙に上がって、月基地から来るキオ・スーの宇宙艦隊をぶっ潰す!」


 その言葉に家臣達は息を呑んだ。確かにナグヤ家にとっては、キオ・スーの地上部隊より、月の軍港で修復中のキオ・スー家宇宙艦隊の方が脅威だ。衛星軌道上に展開されるとこちらの地上部隊は丸裸である。そしてそれを撃滅するという事は、今度ばかりは本気でキオ・スー家を潰す意志が、ノヴァルナにあるのを示している。


 やがて三日後、シヴァ家女性当主カーネギー=シヴァを総司令官として、前当主ムルネリアスを殺害した逆臣ディトモス・キオ=ウォーダと、それに従う者達への宣戦布告が、大々的に発表されたのである………





▶#08につづく

 

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