#31

 


 ノアが重ねて来た手にノヴァルナは指を絡め、“恋人繋ぎ”にした。雲間からオ・ワーリ=シーモア星系の二つの太陽が滑り出て、光が差し始める。


 頭に被せていた毛布を下ろして顔を出し、目を細めて空を見上げるノヴァルナの端正な横顔を、ノアは僅かに頬を染めて眺めた。風にそよぐ長めの髪が輝いて艶やかだ。


「結局はさ―――」


 そう言ってノアとの恋人繋ぎの指に軽く力を込め、ノヴァルナは空を見上げたまま、静かに言葉を続けた。その視線の先にはノヴァルナの目にだけ映る、セルシュの姿があるのかも知れない。


「俺は…爺に褒めて欲しかっただけなんだ………」


「………」


 無言でノヴァルナの次の言葉を待つノア。視線を落としたノヴァルナは、邪気のない微笑みを浮かべて告げた。


「終着点が何処になるかは分からないけど…俺がそこに辿り着いた時、爺に“よくぞここまで参られましたなぁ、若。このセルシュ、心底恐れ入りました”と、言わせたかった。それだけだったのさ………」


 無論、ノヴァルナが目指すものはそれだけではないだろう…だが、セルシュに対するノヴァルナの気持ちは、まさにその一点に集約されるに違いない。


 実の父母以上に肉親であったセルシュに褒めて欲しい…自分が行って来た事は間違ってないと、認めて欲しいと思うのは自然な成り行きだ。この世で唯一、ノヴァルナが本当の我儘を通し、甘えられる存在…それがセルシュ=ヒ・ラティオだったのだ。


“だけど、爺はもういない…”


 ノヴァルナの脳裏に、セルシュの最期の言葉が甦る。


「―――おきなされ、若。思いのままに………」


 ああ、そうだな爺…そうさせてもらうぜ―――と、ノヴァルナはノアと繋いだ手を引いて後ろを振り返った。そこにはいつの間にか、トゥ・キーツ=キノッサと十九人の『ホロウシュ』達全員が、テラスへの出入り口に集まって来ている。みんなノヴァルナが自室を出たのを知り、迎えに来たのだ。


 こっそりと部下達が迎えに来ている事を、ノヴァルナは気付いていたようだが、知らなかったノアは思わず「わっ!」と声を上げ、小さく跳ね上がった。ノヴァルナに寄り添っているところを見られてしまったと、真っ赤になって困り顔で立ちすくむ。その姿を見たノヴァルナは、皆が久しく聞かなかった高笑いを放った。


「アッハハハハハ!」


 主君のその高笑いが元の自分を取り戻した証だと、安堵した様子の『ホロウシュ』達に笑顔が復活する。ササーラもランも、対人自動兵器『バウリード』から受けた傷が癒えておらず、体のあちこちから覗く治癒パッドが少々痛々しいが、それでも柔らかな笑顔だ。


「もぉ、可笑しくない!」


 と、すねた表情で繋いだ手を振りほどこうとするノアだったが、ノヴァルナはいやだとばかりに、その手を握り締めて放させない。手を繋いだままでいようとするノヴァルナに対し、怒って見せてはいるがどこかまんざらでもない様子で、ノアはそっぽを向いた。


 するとそこに猿顔のトゥ・キーツ=キノッサが小走りに進み出て、ノヴァルナとノアの前で片膝をついて報告する。


「申し上げます」


「おう」


「情報部より、キオ・スー城に不審な動き有りとの事。重臣の皆様、すでに第一会議室にお集まりにて、ノヴァルナ様をお待ちなされております」


 勝利したはずのムラキルス星系攻防戦で宇宙艦隊に大損害を受け、次席家老セルシュ=ヒ・ラティオまで失ったナグヤ家に対し、弱みにつけ込もうというキオ・スー家の算段に違いない。休戦協定の破棄など時間の問題だろう。


「わかった!」


 短く応じたノヴァルナは、羽織っていた毛布をキノッサに投げ渡した。そうだ、まだ立ち止まってはいられない。まだ自分は何も成し遂げていないからだ。セルシュが命を賭けて忠義を尽くすに値した主君に、自分はまだ成れてはいないからだ。


“見てろよ、爺―――”


 歩き出すノヴァルナに、列を成していた『ホロウシュ』が二つに分かれる。ノアを連れてその真ん中を通ったノヴァルナは、いつもの不敵な笑みを蘇らせて、『ホロウシュ』とキノッサに力強く命じた。


「俺について来い!」


 ナグヤ=ウォーダ家当主ノヴァルナ・ダン=ウォーダ。この先その眼に何を映し、その手に何を掴み取るのか、今はまだ誰も知る由は無い。


そびえるナグヤの天守の彼方、空はどこまでも続いていた―――





【銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:あま駆ける風雲児】 完

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る