#27

 

 自動式の『カクリヨ・レイス』と挟撃する形で、ポジトロンランスを手に仕掛ける『カクリヨTS』。ノヴァルナは必死に、その鑓の十字型になった穂先をQブレードで打ち防ぐと、機体を捻らせて後方から突撃して来た『レイス』の一撃を回避する。


 だがその直後、刃を合わせていた『カクリヨTS』から再び蹴りを喰らい、さらに回転させたポジトロンランスの柄で、機体の左側頭部を激しく殴打される。衝撃でセンサーアイが砕け、兜のように見える外部装甲板がひしゃげた。近接解析機能を失ったために、コクピット内の幾つかのホログラムスクリーンが消失する。


「くそぉおおッッ!!」


 左手一本で握るQブレードを振り回させるノヴァルナ。しかし狙いも間合いも掴めていない苦し紛れの反撃では、『カクリヨTS』はおろか『レイス』にすら掠る事は無い。


“認めねぇ!…認めねぇぞ、俺はぁああッ!!”


 ノヴァルナが精神の表層では恐怖を自覚していないのは事実だった。あの初陣での、惑星キイラの惨状…セッサーラ=タンゲンが仕掛けたトラウマの罠―――五十万人もの焼死体の山を前に、タンゲンの狙いとは真逆に自分の中で、他人と、そして自分の死を恐れる心は壊れてしまったはずだからだ。


 それはノヴァルナの感受性があまりにも高かったための、本能的ともとれる自己防衛の結果だった。だが本当はそれで死を恐れなくなったわけではない。ノヴァルナの自覚していない部分―――深層心理の中で、この若者にとって死とは実際の死ではなく、セッサーラ=タンゲンそのものへと変化したのだ。


 実はその一端を以前、ノヴァルナは見せた事があった。ムラキルス星系攻防戦の際にタンゲンの生死を、過剰に意識していたのもそうだが、それより前、あの皇国暦1589年のムツルー宙域へ飛ばされた時、ならず者の貨物宇宙船に潜り込んで惑星パグナック・ムシュを脱出する際にノアに語った言葉である。


「セッサーラ=タンゲンって、おっかねーオッサンがいてな―――」


 惑星パグナック・ムシュの爬虫類系原住民を、遊び半分で惨殺していたならず者に、なんの手立ても打たない事を責めるノアに対する、自嘲的な冗談の言葉だったのだが、その中でも、無意識ながらタンゲンを恐ろしい存在に思っていた。そんな存在を前にすれば自覚は無くとも身が竦んでしまうのは、まだ少年の域を出ないノヴァルナにとっては、無理からぬ事だった。


「これで最後にさせて頂く!!」


 体力的に自分も限界が近くなったタンゲンは、『カクリヨTS』と『カクリヨ・レイス』に、NNLを使って同時攻撃を命じる。だがそこへナグヤ家の重巡から緊急発進した、ヨヴェ=カージェスのシャトルが突っ込んで来た。


「ノヴァルナ様!!」


 武装のないシャトルであるためカージェスは本当に、体当たりを『カクリヨTS』に喰らわせるつもりだ。忌々しそうに喉を唸らせるタンゲン。BSSSが実質的にコントロールする『カクリヨTS』は、咄嗟の回避行動でカージェスのシャトルをやり過ごし、『センクウTS』に狙いを定めていたポジトロンランスを瞬時に振り捌いた。穂先がシャトル後部の重力子ノズルを真っ二つにする。


「ぬあ!!」


 叫んだカージェスは操縦桿を引いて再突撃を図るが、制御不能となったシャトルは錐もみ状態で回転しながら遠ざかっていく。その間の僅かな時間に単機戦闘となった『センクウNX』と、自動式ASGUL『カクリヨ・レイス』は相討ち状態となった。『レイス』の金属鑓が『センクウNX』の左腰部を前から刺し貫く代わりに、『センクウNX』は左手のQブレードで、『レイス』の鑓を両方の手首ごと切り落としたのだ。


 武器を失った『レイス』を『センクウNX』は蹴り飛ばした。戦場はさらに恒星ムーラルに近付いており、『レイス』の姿は黄色く輝くムーラルの強い光に包まれて、判別出来なくなる。


 ノヴァルナが万全な状態で『センクウNX』がせめて標準武装であれば、いくら機動性の高い自動式ASGULであっても、単機戦闘で負けるはずがないのだが、両方が今の状態ではカージェスのシャトルの介入で、『カクリヨTS』の同時攻撃を防いだのがせめてもの救いであった。


「うぬ、しぶとい!」


 視線を険しくしたタンゲンの乗る『カクリヨTS』は、急加速して間合いを詰める。右腕を失い左腰部を鑓に刺し貫かれたままの『センクウNX』は、サイバーリンク深度が浅い事もあって機体バランスが全く取れない。しかも恒星ムーラルに近付いた事で、放射線被曝量が跳ね上がり、センサー類が機能を低下させ始めた。コクピットを包む全周囲モニターにもノイズが入って来る。


“くそッ!…こんなトコで死んでたまるかよ!”


 窮地に陥ったノヴァルナは、自覚のない恐怖を振り払うように、激しくかぶりを振って自らを叱咤した。


“こんな死に方じゃあ、俺は!…”


 死を達観して恐れなくなったんじゃない、あまりの恐怖に目を逸らしていただけだ、と動かぬ手に力を振り絞るノヴァルナ。ノイズの走るモニター画面に、『カクリヨTS』がポジトロンランスを構えて接近して来た。全周波数帯通信でタンゲンの声が届く。


「武門の邪道とされる自動人形を使うなど、卑怯と罵られるのは承知の上! だがこれも我が主君に忠義を通すため! お覚悟召されい!!」


 忠義―――歯を食いしばるノヴァルナは思った。だったら、俺に忠義を尽くして死んでいった連中に対し、こんなとこで死んでゆく俺は、それに相応しい人間なのかよ!? こんだけ好き勝手やっといて、終わりでいいのかよ!?


 そして―――植民惑星キイラでタンゲンに殺された、五十万の人々の命…俺はそれを背負ったはずじゃなかったのかよ?


 恒星ムーラルの光に煌く『カクリヨTS』の鑓の穂先が迫る。『センクウNX』が腕を喪失した右側へ寄っている。Qブレードの間合いでは遅い。目の前には死そのものであるセッサーラ=タンゲン。ギリギリの状況でノヴァルナの瞳に裂帛の気魂が甦る。


「クソこの…動けぇえええええーーーッ!!!!」


 次の瞬間、『センクウNX』はQブレードを手放し、無重力の宇宙に漂わせると体を捻りながら、左の腰を貫いていた『レイス』の鑓を引き抜いた。


「!!!!」


 クロスカウンターのようにノヴァルナが突き出して来る鑓に、タンゲンの片目が思わず見開く。『センクウNX』の刺突の方が、自分のポジトロンランスより早い!


 ところがその鑓は今一歩のところで、『カクリヨTS』に届かなかった。恒星ムーラル側の探知不可域から飛び出して来た『カクリヨ・レイス』が、『センクウNX』に背後からしがみついたからだ。そして『カクリヨTS』の十字型ポジトロンランスが、『センクウNX』の鑓を弾き飛ばして、左脇腹からバックパックにかけて切り裂いた。


「うああっ!」


 叫ぶノヴァルナ。破断箇所から激しいスパークが起きる。『センクウNX』は、宙に浮かせたままであったQブレードを逆手に掴み取り、背中にしがみついている『カクリヨ・レイス』の横腹を刺し貫いた。そこは有人機ならコクピットがある箇所だが、自動式の無人機であるため致命傷とはならず、『センクウNX』にしがみつく両手首を切り落とされた腕を放さない。





▶#28につづく

 

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