#20
確かにノヴァルナ自身は戦いも、自分が死ぬ事さえも恐れてはいない。その点ではタンゲンの目論見は失敗した。しかし自分が仲間と認めた者や、仲間とも呼べる身近さで接する部下に対しては、追い詰められれば追い詰められるほど、無意識のうちにそれらを失う事を恐れるようになってしまったのだ。
“有難い事ではあるのだけれど………”
ランは不安を覚えずにはいられない。今回の襲撃者は、そのノヴァルナが追い詰められた末に剥き出しになる、“優しさ”につけ込んで来ている気がする。
そしてそのランの危惧は、直後に現実のものとなった。非常用ハッチの中にキスティスを降ろし終えていないところに、ランとは反対側―――ノヴァルナとササーラがいるその向こう通路の通気口が弾け飛び、一機の『バウリード』が突撃して来たのだ。
「!!」
咄嗟に銃を向けるランだが、位置的にノヴァルナに当たる角度だ。瞬時にランは理解した―――あの対人兵器はノヴァルナ様を、最優先に狙っている!
出現した『バウリード』とノヴァルナの間にはササーラがいた。だがヒト種以上に優れた動体視力を持つフォクシア星人のランは、『バウリード』の飛翔コースが近い位置にいるササーラではなく、ノヴァルナへ向かっているのを察知したのである。もしただ無差別に乗組員を殺害するだけの機械なら、ササーラから狙うはずだ。
“くッ! あの対人兵器、ノヴァルナ様を発見した時は、優先的に狙うようにプログラミングされている可能性がある!”
敵の潜宙艦やBSHOが、総旗艦に執拗に攻撃を繰り返して来ている状況から考えて、充分考えられる事だった。だが今はそれを確かめている場合ではない。ランはノヴァルナへ向かって駆け出し、ササーラに叫んだ。
「ササーラ、ノヴァルナ様を!!」
無論、ササーラもランに言われるまでもなく、即座に反応していた。ノヴァルナを狙う『バウリード』が自分の横をすり抜ける瞬間、肩から『バウリード』にぶつかって行ったのである。『バウリード』の回転刃がササーラの着るボディアーマーごと、背中から右肩にかけてを大きく切り裂く。「ぐうッ!!」と呻き声を漏らして歯を食いしばるササーラ。体当たりを喰らった『バウリード』は、通路の壁面に激突した。回転刃が壁面をえぐって火花を散らす。
壁に激突した『バウリード』は大きくコースが逸れ、盛大に火花を撒き散らしながら、ノヴァルナのいる非常用ハッチを行き過ぎた。そこへ入れ替わるようにランが駆け付けると、ノヴァルナに飛び掛かる。そしてその一方で背後を振り向き、伸ばした右手のハンドブラスターを撃った。
その一撃は、急旋回してノヴァルナを再襲撃しようとしていた、『バウリード』に命中する。自爆して微小ボールベアリングを撒き散らす『バウリード』。ただその時にはすでに、ノヴァルナに飛び掛かっていったランが、ボディアーマーを着た背中を盾にして主君を守っていた。ザァッ!と大粒の雨に背中が打たれたような感覚と共に、激しい痛みが神経を掻きむしり、ランは口から飛び出しかけた悲鳴を飲み込む。
「ラン!! ササーラ!!」
表情を強張らせたノヴァルナは、負傷したランとササーラに呼び掛けた。身を挺して自分を庇ってくれたランを抱えながら上体を起こす。「だ…大丈夫です」と喉から絞り出すような小声で応じるラン。するとノヴァルナの右手にぬるりとした感触がある。何かと見てみれば、ランがボディアーマーを貫かれて背中に受けた、無数の傷口から流れ出る鮮血だった。
「ノヴァルナ様、シャトルへお早く…」
両ひざを突いて、左腕だけで体を起こしながら声を掛けて来るササーラも、『バウリード』の回転刃と接触した右肩がアーマーごとパックリと割れて、大量に出血している。
“クソッ! 何やってんだ、俺は!!”
ノヴァルナは現状の歯痒さに、爪が手の平の肉に食い込むほどきつく拳を握り締めた。ここまで来れば今回の戦いの全てが、自分を狙ったセッサーラ=タンゲンの罠である事は間違いない。やはりタンゲンはまだ生きていたのだ。
かつて自分を捕らえるために、植民惑星キイラの住民五十万人を焼き殺したほどのタンゲンであるなら、今回のムラキルス星系を巡る戦いがどのような結末を迎えようと、敵味方がどれだけ死のうと、己が目的を果たすための過程にすぎないのだろう。
そこへ、ノヴァルナを狙った『バウリード』が飛び出して来た通気口から、また新たな二機が姿を現した。ササーラが振り向いて叫ぶ。
「早くハッチから下の階へ! ここは我等が!」
「あの兵器は、ノヴァルナ様を優先的に狙うようになっています! お早く!!」
ランも痛みにわななく体を起こしながら、ノヴァルナに訴える。
ランとササーラの警告にノヴァルナは、ランの落としていたハンドブラスターを拾い上げると、非常用ハッチに飛び込むのではなく通路を駆け出した。二機の『バウリード』がノヴァルナへ向かって加速し始める。
「お前らはシャトルで脱出しろ!!」
「ノッ、ノヴァルナ様!!」とササーラ。
二人を置いて駆け出したノヴァルナの意図は明白だった。『バウリード』が自分を優先的に狙うようにプログラミングされているのを利用し、自分自身を囮にラン達を助けようと言うのだ。「お願いですから、おやめください!!」と悲痛な声で翻意を促すランの頭上を、二機の『バウリード』が唸りを上げて飛び過ぎる。
ノヴァルナのあとを追おうと、ランは無理に起き上がりかけた。しかしその行動が、背中にめり込んだ無数のボールベアリングに激痛を走らせ、ランはその場に倒れ込む。限界を超えた痛みに気を失ったようだ。
「俺は『センクウ』で脱出する!」
そう言い残して角を曲がり、ノヴァルナの姿は見えなくなった。ササーラは「ええい、クソッ!」と吐き捨て、左手で床を思いっきり殴りつける。悪い方向へのノヴァルナの暴走―――『ホロウシュ』達が一番恐れた事が起きたからである。イチかバチかの際には命を投げ出す方を選択するノヴァルナの気性、だが今はそれをしていい時ではないのだ。
「フォレスタ様、ササーラ様!」
下の階の通路にいるセゾ=イーテスが、こちらを見上げて声を掛けて来る。自分と兄のヴェールの二人で、主君の後を追わせてほしい…と暗に申し出ているのだろう。しかしこのまま、負傷者を抱えた状態でバラバラに行動していては、誰も助からないのも確かである。もはや残された道はノヴァルナの脱出を信じて、自分達も次に備えるだけだ。
「ランとハーシェルをシャトルへ運んでやれ」
ササーラはそう言うと、新手の『バウリード』が来る前に…と、気を失ったままのランの後ろ襟を左手で掴み、非常用ハッチの中へ引きずり始めた。
同じ頃、ノヴァルナの第1艦隊の援護に向かおうとしていたところに、イマーガラ軍潜宙艦別動隊の待ち伏せを受けたセルシュの第2艦隊は、完全に足止めを喰らっていた。旗艦『ヒテン』をはじめ、ほとんどの艦が推進力の要である重力子ノズルに魚雷を受けたのである。そのためノヴァルナの元へ急ごうとも、まともな操艦が不可能となってしまっていた。
▶#21につづく
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