#16

 


「…それは、まことの話なのか?」


 ノヴァルナの第1艦隊から約三百光秒遅れて続く、第2艦隊旗艦『ヒテン』の艦橋で、セルシュ=ヒ・ラティオはミズンノッド家から届いた連絡に眉をひそめた。


 その内容は、イマーガラ軍が放棄したムラキルス星系第八惑星の、宇宙要塞を調査した結果、大部分が簡単な構造材に外壁を貼っただけの、云わば“ハリボテ”同然の代物だったというものだ。幾つかの迎撃火器は取り付けられていたが、実際に要塞としての機能は皆無らしい。


「なぜ、その程度のものをムラキルス星系に…」


 敵の意図が掴めず、呟いたセルシュが思考を巡らせ始めた時、『ゴウライ』から思わぬ凶報が入る。


「総旗艦より緊急連絡。“ワレ、魚雷ヲ受ク”!」


「!!!!」


 セルシュは表情を強張らせて通信オペレーターを振り向いた。オペレーターは続ける。


「敵の正体は不明! ですが潜宙艦による雷撃と思われるとの事です!」


「しまった!」


 呻くように悔恨の言葉を口にしたセルシュは、歯を食いしばった。イマーガラ軍が強力な高々度ステルス艦―――いわゆる潜宙艦の部隊を整備している事は、実際に先日これと交戦した自分が、最も念頭に置くべき案件であったはずなのだ。


「総旗艦の状況は!? ノヴァルナ様はご無事か!?」


 口調に焦りを隠せず問い質すセルシュ。しかしそれに対し、オペレーターはさらなる不吉な報告をする。


「第1艦隊との通信が途絶!」


「なッ! どういう事だ!?」


 と怒鳴るセルシュに通信参謀が駆け寄って、戦術状況ホログラムに宇宙図を展開しながら理由を告げた。


「現在、我等は主恒星ムーラルの重力場で、スイング・バイに入るところです。先行する第1艦隊はすでにムーラルの陰に入りつつあり、恒星の放つ大重力と強い放射線で、量子通信が障害を受け始めたようです」


「むぅ!」


 再び唸るセルシュ。故国への帰途についておよそ五時間…勝利の余韻に加え、平時配置に戻った事で将兵に肉体的な疲れが出て、張りつめていた神経が緩む頃である。そしてこの通信障害が起きるタイミング―――敵はずっとこれを待っていたに違いない。


これはまさか…セッサーラ=タンゲンの仕業では!?―――


 顔を強張らせたたままのセルシュの背中に戦慄が走った。次の瞬間、後続する損傷艦の集団の中にも複数の爆発が起きる。


 漆黒の宇宙空間に身を潜める、漆黒の宇宙艦から撃ち出された超高速の宇宙魚雷は、到底肉眼で見つけられるものではない。突如輝く被雷の閃光に、先の戦闘で損傷していたノヴァルナ艦隊の宇宙艦集団は、たちまち大混乱に陥った。


 応急修理を続けながら航行していた戦艦が漂流を始め、満身創痍であった重巡航艦が引き裂かれ、這うようについて来ていた軽巡航艦が力尽きる。さらに緊急回避を試みた駆逐艦は、ダメージを負っていた駆動機関が暴走、破孔から炎を噴き出して自爆した。


「戦艦『ケルゴレア』『シュバイレン』大破! 重巡『コルート』爆発!…」


「全艦、対潜戦闘! 全艦、対潜戦闘!」


「対ステルス艦、質量体スキャニング急げぇ!!」


 怒号のような命令、悲鳴のような指示が飛び交い、今しがたまでどこか緩んだ空気を帯びていた『ヒテン』の艦橋内は、一気に騒然となる。


「艦隊速度を上げよ! 至急『ゴウライ』の状況確認だ!」


 こめかみに血管を浮かせて命じるセルシュ。ノヴァルナの座乗艦との連絡が取れない今の状況では、艦隊の速度を上げて距離を詰め、直接確認と援護を行うしかない。だがそんなセルシュの足首を掴むかのように、またもや後方の損傷艦集団に爆発の光芒が、三つ、四つと輝く。


「戦艦『リュンベッグ』爆発! 打撃母艦『サロージェン』被雷、損害不明!」


「戦艦『レンダロン』より“ワレ、操舵不能”…このままでは恒星ムーラルの重力圏に、捕らえられます!」


 うち続く損害報告にセルシュは棒立ちとなった。敵の潜宙艦はこちらの傷ついた艦ばかりを狙っている。『ゴウライ』救援のために艦隊速度を上げれば、損傷艦集団や補給部隊はついて来られないだろう。損傷を受けている艦を残して行った場合、彼等だけで潜宙艦を相手に、果たしてどこまで戦えるか不安が募る。各艦とも、一定エリア内の質量をもつ物体を検出する、質量体スキャンプローブを大量に放出し始めたが、すぐに反応を見いだせるとは限らない。


 戦いとは非情なものである。卑劣と罵られても相手の一番の弱点を突くのは常道だ。であるならばそういった時は、こちらも苦衷の決断が必要となる。


 許せ…と心の中で詫びを入れ、健在な艦だけでノヴァルナ達と合流する旨の命令を、セルシュは出そうとした。するとその時、通信オペレーターが、損害艦集団に属する複数の艦長からの連絡を告げる。


「損傷戦艦『バルザルジア』艦長以下複数名より意見具申。“第2艦隊ハ、タダチニ第1艦隊援護ノ要アリト認ム”!」


「!!」


 それはセルシュの苦しい胸の内を読んだかのような、損傷艦集団からの督促であった。ここは自分達に任せて我等が主君を、ノヴァルナ殿下を助けに行け―――と。


「済まん、借りておく!」


 唇を噛んだセルシュはそう呟き、命令を発した。


「軽巡と駆逐艦の半数を、損傷艦群の護衛に残し、我々は第1艦隊と合流する!」


 セルシュの命令に呼応して、艦隊参謀達が告げる。


「第5宙雷戦隊は損傷艦の護衛に残れ!」


「救援部隊、最大戦速!」


 ノヴァルナ直率の第1艦隊までは約三百光秒。向こうが恒星ムーラルの重力で、すでにスイング・バイを行いつつあったとしても、十分程度で確認距離に達するはずだ。しかしセルシュにはその一分一秒が、とてつもなく長く感じられる。


“ノヴァルナ様は!? 『ゴウライ』は!!??”


 だがその時、電探士官が悲鳴に近い声を上げた。


「左舷斜め前方より魚雷反応、六!!」


「!!!!」


 顔色を失うセルシュ。艦長が反射的に叫ぶ。


「緊急回避! 迎撃!!」


「まっ!…間に合いません!!!!」


 セッサーラ=タンゲンはムラキルス星系攻防戦が終了したのと同時に、九隻の高々度ステルス艦―――潜宙艦を三隻ずつの小隊に分けて、ノヴァルナ艦隊の帰路に待ち伏せさせていた。ノヴァルナの座乗艦『ゴウライ』とその護衛艦を狙う小隊。後方の損傷艦群を狙う小隊。そしてノヴァルナの『ゴウライ』を救援に向かおうとする艦を、阻止する小隊である。


 ノヴァルナ達がムラキルス星系攻防戦に勝利すれば、その余韻に気を緩めた時を、敗北すれば徒労感に憔悴しきった時を、息をひそめて待っていたタンゲンの潜宙艦は、総旗艦『ゴウライ』に最初に三本、次いで四本の宇宙魚雷を撃ち込む事に成功した。


 エネルギーシールドを張ってもいない状況で、七本もの魚雷を喰らっては、全長632メートルの巨大な『ゴウライ』も只では済まない。


「艦橋! 状況は!?」


 被雷時に自室にいたノヴァルナはインターコムで艦橋を呼び出し、状況報告を求めた。


「左舷機関部を中心に、七本の魚雷が命中。現在戦闘配置、回避運動中です!」


 報告する艦長の声は落ち着いてはいるが、ノヴァルナは深刻な被害状況だと感じる。





▶#17につづく

 

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