#14

 


 それからおよそ一時間後、イマーガラ軍をムラキルス星系から駆逐する事に成功した、ノヴァルナ達ナグヤ連合艦隊は第七惑星付近で再集結を行っていた。


 BSHO『センクウNX』で出撃していたノヴァルナも、総旗艦『ゴウライ』へ戻って司令官席に着き、居並ぶ指揮下の各艦隊司令の通信ホログラムに囲まれ、状況報告を受けている。


 各艦艇とも無傷なものはほとんど無く、やはりイマーガラ軍は弱兵ではなかった事が明らかだった。特に接近戦を繰り返したルヴィーロの第3艦隊は、損傷の大きな艦も多く、ルヴィーロ自身の旗艦『バンカルド』も敵の総旗艦級戦艦『ギョウガク』の、大口径主砲ビーム弾の直撃を三発も喰らって中破判定を受けている。


だが戦いには勝利した―――


 それは紛れもない事実であり、大きな成果だ。セッサーラ=タンゲンはいなかったが、イマーガラ軍の主力部隊五個艦隊に正面から挑み、打ち勝った事は大きな意味を持つ。


 本拠地星系オグヴァに対する脅威が取り除かれた独立管領、ミズンノッド家の当主であるシン・ガンのホログラムが、恩人であるノヴァルナに何度も頭を下げて感謝の言葉を述べている。それを受けるノヴァルナが星大名らしく鷹揚に応えるのを眺め、彼の後見人のセルシュは唸った。ノヴァルナの指揮の手腕に対してだ。


 ナグヤ=ウォーダ家の新当主となって初めての、大部隊を指揮したノヴァルナの戦い。これまでの荒ぶる司令官というイメージを残しつつも、充分な戦力を用意する手堅さに、叔父の猛将ヴァルツの艦隊と、共同訓練を行う事無く戦線を組むミズンノッド家の軍を、独立部隊として各個の裁量に任せる柔軟な部隊運用は、見事だと認めざるを得ない。


 そして何より、セッサーラ=タンゲンとの因縁がある義兄のルヴィーロを、周囲からの批判覚悟で第3艦隊司令官に任命した用兵の妙は、将としての器量の大きさを示すものであった。結果としてルヴィーロの勇戦が、セッサーラ=タンゲンの専用艦であった『ギョウガク』を撃破に追い込んだのである。


 セルシュの評価は、ノヴァルナの作戦指揮能力がすでに前主君、ヒディラスに比肩するというものだった。そしてさらに自らBSHOで出撃する勇猛さは、若き日の父親同様であり操縦技術はそれを遥かに上回ると思われた。


“ナグヤは…いや、ウォーダはノヴァルナ様という人を得たのだ”


 内心で呟いたセルシュは目を細めた。


 そして当然、今回の戦果はノヴァルナ本人にも、大きな意味があった。表向きは自信の塊のようなこの若者だが、内面では普通の人間と何ら変わらない部分―――重圧や不安に苛まれる一面も存在するのは確かである。


 また戦術的にもこれまでの戦い方は実際には相手の意表を突く、奇策がほとんどであった。これは常に敵の方が数的有利の状況での戦いを強いられて来たからだが、今回、初めて五分の戦力で―――いわゆる軍団を指揮する星大名として立場で、宿敵イマーガラの軍を正面作戦によって打ち破ったのだ。


 であるから今回の戦いでノヴァルナが、“なんだ、やれるじゃねーか”と安堵の気持ちになるのも、十七歳の若者にすればごく自然な成り行きというものである。


 艦隊参謀からは直率の第1艦隊の、セルシュからは第2艦隊の、ルヴィーロからは第3艦隊、ヴァルツからモルザン星系艦隊、そしてシン・ガンからミズンノッド家の艦隊、さらにBSI部隊総監のカーナル・サンザー=フォレスタから、BSIユニット他艦載機の損害と現在の状況報告を聞いたノヴァルナは、素早く判断を下した。


「まず、シン・ガン殿」


 ノヴァルナは丁寧な口調で、シン・ガン=ミズンノッドのホログラムに呼び掛ける。


「はっ!」


 髪の生え際が後退した頭を下げ、応じるシン・ガン。


「あの宇宙要塞の処理は、シン・ガン殿に任せますゆえ、ご随意に」


 戦闘前にセルシュに対し、イマーガラ軍の宇宙要塞は破却して構わない、という意味の言葉を交わしていたノヴァルナだったが、思いの外戦闘では何の役にも立たなかったために、かえって誰も相手にせず、味方の『ギョウガク』に激突された挙句、放置されるという有様だった。ノヴァルナはそんな宇宙要塞の処理を、ミズンノッド家に一任するつもりだ。


「調査の上、解体して何かの資材に転用させて頂きます」


 ノヴァルナは「それがよろしいでしょう」と同意してみせると、次いで自軍に指示を出す。まず、損害の大きいルヴィーロの第3艦隊は、ヴァルツ艦隊に同行して一旦モルザン星系に寄港、艦艇の大まかな修理を行ってからオ・ワーリ=シーモア星系へ帰還。


 第1艦隊と第2艦隊は、比較的損害の少ない艦を先行させ、損傷の大きなものは補給部隊と共に後続して帰還するというものだ。ノヴァルナの指示に、セルシュら連合艦隊首脳部は、具体的な内容を意見交換し始める。


 各司令官が話し合うのを聞きながら、ノヴァルナは腕組みをして思考を巡らせた。今回の会戦に対する自己評価と、今後の戦略についてだ。


 はじめに今回のムラキルス星系攻防戦についてだが、相当数の損害は出たものの完勝と言っていい。これは根本的にイマーガラ家が、こちらの出方を見誤ったためと思われる。戦力再編中のナグヤ=ウォーダ家が、ミズンノッド家救援のために国を空にするほどの、全力出撃まで行うとは予想していなかったに違いない。


 そこから判断しても、どうやらミズンノッド家が入手した、セッサーラ=タンゲン病死という情報は正しいようである。遠謀深慮のタンゲンが健在ならば、ナグヤ家の全力出撃も想定して、迎撃戦を計画していたはずだからだ。


 宇宙要塞の守備艦隊の構成は、情報によるとタンゲン不在の第2艦隊、第8艦隊、第9艦隊、第11艦隊、第12艦隊となっていた。どの艦隊の司令官が全体の指揮を執っていたのかは不明だが、イマーガラ家当主ギィゲルト・ジヴ=イマーガラの第1艦隊、タンゲンの後継者と目されるシェイヤ=サヒナンの第3艦隊、老練な重鎮モルトス=オガヴェイの第5艦隊といった、タンゲンに匹敵する将官は参加していない。


 セルシュの言う通り油断は禁物であるが、ギィゲルトやサヒナン、オガヴェイといった有力武将以外の指揮官のレベルがこれくらいなら、今後もやりようはある。それにイマーガラ家もタンゲンの死で内政的混乱が生じているはずだ。今回のミズンノッド家討伐の動きも、早めにミ・ガーワ宙域を安定させようという目的があったのだろう。こちらから仕掛けない限り、しばらくはこれ以上イマーガラ家から攻勢をかけて来る事はないと予想される。


 そしてもう一方の宿敵、サイドゥ家は今やナグヤ=ウォーダ家の同盟国として、自分の強力な後ろ盾となっていた。


遂に光明が差す時が来たのだ―――


 正直、父親が死んで家督を継承した際、笑い飛ばしてはいたが四面楚歌の状況に追い詰められて、精神的圧迫を受けていたのは確かだった。それを対外的な脅威が激減した今、ナグヤ家を立て直し、ウォーダ家の内紛を鎮める絶好の機会が訪れたのである。


 そのための戦力も、人もいる。ノア…『ホロウシュ』達…セルシュの爺…ヴァルツの叔父上…そして弟のカルツェとも腹を割って向き合えば、理解し合えるようになるはずだ。




▶#15につづく

 

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