#04
午前に会議とそれに付随する所用を済ませ、午後に軍事教練若しくは各部署などの視察を行って居城のナグヤに帰るのが、今のノヴァルナの日課である。
これまでであれば午後の予定を終えた後、反重力バイクで城を飛び出して、市内をひと回りしてから帰るのがパターンだったが、今現在は仕事を終えると一直線にナグヤ城へと帰っている。それは無論、ナグヤ城でノアが帰りを待っているからであり、さすがにひねくれ者のノヴァルナであっても、その辺りはわかり易かった。
「そら、爺。とっとと
ノヴァルナに急かされて、そのあとをセルシュが“やれやれ…”といった表情で、『ホロウシュ』のササーラとランと共に、シャトルポートへ続く城の広い廊下を歩く。それを見送る古参の家老達が六人。彼等が見る限り、あれからセルシュがノヴァルナに、ミズンノッド家救援の派兵を翻意するよう、説得した様子はない。
遠ざかる四人の後ろ姿に、家老の一人が不満げな表情で言う。
「…どうしたと言うのだ、近頃のセルシュ様は」
それを皮切りに、他の家老も口々に零し始めた。
「うむ、これまでならノヴァルナ様の、会議でのあのような我儘なお振舞いに、一番強くお諫め申し上げられていたと言うのに…」
「六十も半ばに差し掛かられて、老いられたのかも知れぬな…」
「あるいは、ヒディラス様が亡くなられて、気落ちされたか…」
「かも知れぬな…セルシュ様は、ノヴァルナ様の前は、ヒディラス様の後見人であった事でもあるし」
と不満を並べるものの、自分達からは“傍若無人の悪名高き”ノヴァルナを、説得しようとしないところが、すでにこの者達の限界を示していた………
だが当然、ノヴァルナが何の考えも無しに、ミズンノッド家支援の全力出撃を、命じていたわけではなかった。
その知らせが届いたのは、ナグヤ城へ戻ったノヴァルナが自分の居住区でノアと共に、彼女が昼間に受けていたNNLニュースサイトの、インタビューの動画配信を見ていた時である。
インタビューは専ら、ナグヤ家へやって来てからひと月が経った、ノア姫の今の心境についてだ。ホログラムスクリーンの中のノアは、女性インタビュアーの質問に対し、にこやかに答えているが、その質問自体はノヴァルナを批判するように仕向けた、意地の悪い内容であった。
『―――それではノア姫様。今のナグヤ城でのご生活に、何のご不便もないと仰せられるのでしょうか』
目の細い中年女性のインタビュアーが、覗き込むような視線で問い掛ける。
『ええ。先程も申しました通り、殿下はとてもお優しく、家中の方々からも丁重に扱って頂いております』
穏やかに応えるホログラムスクリーン内の自分の顔を眺め、ノヴァルナの隣でソファーに座るノアは、対照的に口を尖らせて愚痴を言った。
「頭に来ちゃうわ、あの人。何回も同じような質問ばかり」
人前ではいかにも星大名の姫様らしく淑やかに振る舞っていても、ノヴァルナの隣にいる時のノアは、ありのままの十九歳の女性でいられるようだ。
「ま、いいんじゃね?」
特に気にするふうもなく、ノヴァルナはノアの頭にボン!と片手を置いた。
「いたっ。こら、またそんな生意気!」
頭に置かれた手を跳ねのけ、ノアは反撃に移ってノヴァルナの脇腹を小突く。ノヴァルナもやり返し、じゃれ合いに発展しそうになった所で、ドアをノックする音と「失礼致します」という女性の声が聞こえ、二人は慌ててソファーに座り直した。部屋に入って来たのは、ノアの侍女のマイア=カレンガミノだ。
顔を赤らめるノアにマイアは直前の状況を知ってか知らずか、努めて平静な口調で「本国から暗号通信が届きました」と報告し、続けて「これを」と、小型のデータパッドを差し出す。高い秘匿性を求める暗号通信などは、その解読文をNNLを介さずに直接手渡すのが、どこの星大名家でも慣例となっていた。マイアが口にした“本国”とはノアの故郷、ミノネリラ宙域のサイドゥ家の事だ。
「ありがとう」
データパッドを受け取ったノアは、マイアが下がるのを待って、ノヴァルナにも見易いように座る位置を整え、解読文を表示させる。内容は例のミズンノッド家支援作戦に関するものであった。二人にとって満足できる内容であったらしく、自然と笑顔が浮かぶ。
「よっしゃ。これでオッケーだな」とノヴァルナ。
ノヴァルナが昼間の会議で一方的に全力出撃を決定して、それが可能な理由を開示しなかったのは、この暗号電を待っていたからであった。ミノネリラ宙域との超空間暗号通信は往復で二日は掛かる。ミズンノッド家からの支援要請が、同じく暗号通信でナグヤ家に届いたのが二日前であるから、要請に対し、ノヴァルナは即座に反応した事になる。
そして翌日、スェルモル城にはノヴァルナが告げた、ミズンノッド家への全力出撃の具体策を聞いた重臣達の、驚愕の呻きが広がった。
サイドゥ家の宇宙艦隊にナグヤを防衛してもらう―――
ノヴァルナ自らが全軍を率い、さらにモルザン星系を治める叔父のヴァルツ=ウォーダの艦隊も加え、ミズンノッド家へ向かう。その間、主力部隊が不在となるナグヤ城を、キオ・スー家が襲撃して来る可能性があるため、これに備えてサイドゥ家から一個艦隊を、派遣してもらうと言うのだ。
このノヴァルナの策に、ナグヤ家の家臣達が動揺しないはずがなかった。ヒディラス・ダン=ウォーダのミノネリラ宙域侵攻が失敗した際や、ノヴァルナとノア姫が行方不明になってサイドゥ家の侵攻を受けた際、どうにか直前で攻勢を食い止めて来た、首都星系のシーモアに、自らサイドゥ軍を招き入れようと言うのである。
確かに今はノヴァルナとノアの婚約で、両家は高レベルの同盟関係を結ぶに至った。だがしかし、つい先日までの仇敵の、完全武装の宇宙艦隊を本拠地惑星まで呼び込むのは、危険に過ぎるというものだ。キオ・スー家ではなくサイドゥ家に、首都を制圧されてしまう可能性すら充分にある。
「若殿、それはなりませんぞ!!」
「何卒! 何卒、お考え直しを!!」
「お早まり召さるな! 今は自重の時!!」
茫然とする時間が終わった重臣達が一斉に立ち上がり、会議室中が怒号に近い口調で主君に翻意を迫る。シウテ・サッド=リンやカッツ・ゴーンロッグ=シルバータ、そして昨日セルシュにノヴァルナの説得を望んだ家老達も、今度ばかりは声を上げないわけには行かなかった。
しかしノヴァルナはどこ吹く風、居並ぶ重臣達の赤ら顔を、退屈そうな欠伸と共に眺めるだけだ。ただそんな主君の態度に業を煮やした者達が、怒りの矛先をセルシュに向けると、ノヴァルナの表情は一変した。
「セルシュ様も若殿に、何とか申し上げなされ!」
「このところの次席家老様は、黙ってばかりで置物のようではないですか!」
ノヴァルナが怒声を発したのは、そんな言葉が聞こえた直後である。
「あ!?…んだと、誰だ今言ったヤツぁ!!!!」
「!!」
ノヴァルナの怒声は、弓を目一杯引いて放った矢のようだ。カーン!…と突き抜けるように響いた声に、重臣達の抗議の声は瞬時に静まった。
▶#05につづく
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