#16

 


 一度掴んだ主役の座は離さないのがノヴァルナである。それはこの夜も変わらない。


 ドゥ・ザン=サイドゥ主催による、ノヴァルナ・ダン=ウォーダとノア・ケイティ=サイドゥの婚約を祝うための舞踏会。ショーン・トィンクル遺跡に復元された王宮は、栄華を誇った時代が甦ったかのような、煌びやかな様相を呈していた。色鮮やかにライトアップされた外観はもとより、舞踏会場では舞い踊る婦人達のドレスが、今が我が世と咲き誇る花々を思わせる。


 皇都惑星キヨウでヤヴァルト皇国が出現するその約五百年も前、とある帝国の作曲家が生み出した古典音楽が、サイドゥ家の本拠地惑星バサラナルムから同行して来た、第一級の楽団によって、荘厳かつ繊細な旋律を会場に響かせていた。


 そんな中、会場中央で踊る男女の姿を眺めながら、ゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナは顔見知りの皇国貴族と、スパークリングワインが満たされたグラスを片手に談笑している。


「…それにしても、オ・ワーリのノヴァルナ殿があのようなお方でしたとは。いまだに夢を見ているようです」


 そう言う貴族に、ゲイラは微笑みながら頷いた。


「能ある鷹は爪隠す…とはまさに、この事でございましょうなあ」


 ヒディラス・ダン=ウォーダの葬儀の時もそうであったが、ゲイラは以前からノヴァルナの本質を見抜き、その隠した才能を高く評価していた。


 それは奇しくも、イマーガラ家の宰相セッサーラ=タンゲンが、ノヴァルナの将器を見抜いて恐怖すら覚えた、七年前の新星帥皇即位の儀での宴、当時十歳のノヴァルナが居並ぶ星大名達に向かって「なあんだ、おまえら。今と何も変える気はないんだな!」と、明るく言い放ってみせた場面に、ゲイラも同席していたのが始まりである。


“あの時、ノヴァルナ様の行動に興味を引かれたのは、タンゲン様…あとはシーゲン・ハローヴ=タ・クェルダ様にケイン・ディン=ウェルズーギ様と、ほか数名ぐらいであったと思われるが…面白うお育ちになられたものよ”


 なんにせよ、この度新たに星帥皇となられたテルーザ陛下に、よい土産話が出来た…とゲイラが考えを巡らせた直後、演奏のトーンが抑えられた。舞踏会の主役、ノヴァルナとノアの登場である。侍従が二人の入場を告げ、ダンスを中断させた男女のペアが左右に分かれて、会場の中央部を帯状に開ける。


 この時の二人の主役には少々趣向が凝らしてあった。会場の両端の扉からノヴァルナとノアが別々に入って来て進み、まずは全員が見守る中、二人だけのダンスを披露するというものだ。


 楽団の音量が下がって間もなく、両側の扉が開いてノヴァルナとノアが入場して来た。全員の拍手が二人を迎える。と同時に舞踏用に衣装を変えて来た二人の美しさに、会場内では謁見の時のような感嘆の溜息が一斉に起きた。


 ノアは背中が大きく開いた淡いラベンダー色の軽めのドレス。ノヴァルナも純白の軍装ではあるものの、マントを外して装飾も簡略化した略式軍装なのだが、着衣を控え目にした分、二人の美貌が引き立つ結果を生み出していた。


 しかも二人で打ち合わせた訳でもないのに、ノヴァルナの略式軍装は純白の中にも袖口や脇、脚の横などが薄紫色の刺繍で飾られており、色調まで揃っている。


「お二人とも、素晴らしいわ…」


「なんと凛々しい…」


「素敵…」


 称賛の呟きが幾つも、林のように並び聞こえるその中を、ノヴァルナとノアは互いを見詰めたまま、歩調を合わせて進んだ。そして会場の真ん中で迎え合わせになると、会場に低く流れていた演奏が、曲を変え、音量を上げ始める。


 その曲を聞いたゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナは、片方の眉を上げて「ほう…」と興味深げな声を漏らした。演奏が始まった曲は、キヨウの中世時代の音楽家ウォルドカートの円舞曲で、素人には踊るのが難しい上級者向けとされる曲であったからだ。ゲイラは妻と共に一段高い位置に座るドゥ・ザンに、軽い笑みを向けて内心で呟く。


“ノヴァルナ様の作法が付け焼刃かどうか、試されるのですな、ドゥ・ザン様…今回やり込められた、せめてもの意趣返しという腹ですか”


 しかしそんなドゥ・ザンからのささやかな挑戦状にも、対するノヴァルナとノアに隙は無かった。前奏の間にノヴァルナは右手を自分の胸にあて、ノアに向かって恭しくお辞儀をする。ノアもスカートの両側を手でつまんで腰を落とし、答礼すると、続いてノヴァルナが差し出した右手に、自分の左手を添え置く。


おまえはもう、二度と俺の手を離すんじゃねぇ!!―――


 ムツルー宙域で自分を助けに来てくれた時の、ノヴァルナの言葉がノアの脳裏に蘇る。その重ねた手をクルリと返し、指を絡めて引き寄せたノヴァルナの、もう一方の手が背中に回ると、二人のダンスが始まった。


 曲の名は『蓮池と水鳥達』―――蓮が美しく浮かぶ池にやって来た水鳥達が、その蓮の周りを踊るように泳ぎ回る様子を表した曲である。水鳥達を管楽器の軽やかなテンポが、可憐な蓮の花と穏やかな水面みなもを弦楽器が表現している。


 この曲が上級者向けと言われる所以は、中盤以降の管楽器のテンポが目まぐるしく変化するところにあった。曲を知らなければ振り回される箇所が多々あるのだ。


 ドゥ・ザンが企んだ通り、ノアの方は皇都惑星キヨウの大学に留学し、皇国貴族の生活にも触れており、舞踏会のダンスに不安はない。それに対しノヴァルナは未知数だ。故国では軽妙なダンスはよく踊っているようだが、舞踏会で踊るノヴァルナなど誰も見た事はない。


 しかしノアをリードするノヴァルナは、流れるようなステップでスローテンポもアップテンポもこなしてゆく。感覚で言えば『センクウNX』で、小惑星帯の中をすり抜けるようなものであろうか。繰り返す美麗なターンに、ノヴァルナとノアの衣装を飾る刺繍の銀糸が、反射した光を粒子のように舞い散らせる。申し分のない二人の踊りに、会場にいる老若男女の全てが魅了された。


 そんな中で当のノヴァルナとノアは、ここでも言葉は交わさなかった。ただ見つめ合った瞳同士が語り合う。


“あなた、なんで踊れるのよ?―――”


 視線でそう問い掛けるノアは、僅かに目を見開いて小首を傾げる。それに対してノヴァルナは気取ったウインクを返してみせた。


“俺をナメんじゃ、ねーっての!―――”


 さらにノアは呆れたように、クルリと目玉を一回転させる。


“それに何?…その恰好。また何かの悪ふざけ?―――”


 するとノヴァルナは、ノアがよく知る表情になる。いつもの不敵な笑みだ。


“俺はいつだって、真面目だぜ―――”


 そのノヴァルナの笑みを見て、ノアの中でこの見た事もない貴公子と、見慣れた暴れん坊のノヴァルナが、ようやく一つに重なったその時、曲は最終局面へ差し掛かる。


 大胆なターン。繊細なステップ。共に手を取り、踊り出した以上は、最後まで踊らなければならない。ダンスの相手としても、星大名とその生涯のパートナーとしても。


 華麗にフィニッシュを決め、ノヴァルナとノアは片手を繋いだまま、向き合って丁寧なお辞儀を交わす。会場は二人のダンスを称賛する、万雷の拍手に包まれた………





▶#17につづく

 

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