#14
“く…このドゥ・ザン。うつけの器量を見誤ったわ!―――”
これが宇宙会戦であったなら、さしずめ敵陣を突破したつもりが、包囲の輪の中に飛び込んでしまった気分に陥ったマムシのドゥ・ザン。腹の中で鎌首を
「よう参られた、ノヴァルナ殿。お待ちしておりましたぞ」
「些か道が混んでおりまして、ご迷惑をお掛け致しました」
自分がおかしなパレードで招いた遅刻を他人事に、ノヴァルナはとぼけてみせる。だがドゥ・ザンもさる者、「なんの、なんの」と応じておいて右手を差し出した。その手を取り握手を交わすノヴァルナ。ドゥ・ザンはさらにその握手の上に左手を重ね、旧来の友人であったかのように、ポンポンと軽く叩きながら親しげに言う。
「我が娘の恩人殿に、ようやく直にお目にかかれましたな。嬉しく思います」
するとノヴァルナは、ドゥ・ザン相手に臆する事無く言ってのけた。
「
それを聞いて唖然としたのはサイドゥ家の重臣以下、ミノネリラ宙域の住人だ。“マムシのドゥ・ザン”の呼び名は、人物的に批判する場合に使われる事が多く、このような場には到底相応しくない。
しかもこの言葉が、今までのようなふざけた身なりではなく、星大名としての正装姿で面と向かって告げられたのである。それはまさに、ノヴァルナを笑いものの道化にしようとしていた、ドゥ・ザンの胸にグサリと釘を刺すようにも感じられた。
“この者は………”
無論ノヴァルナの発言の真意は分からない。だがドゥ・ザンはこれだけで、ノヴァルナに自分の腹の内を見透かされていたような、底知れぬ薄気味悪さを覚えた。ここはひとまず…と、笑い声を上げて老獪に切り抜けようとする。
「ワッハハハ。これはまた、いきなり手厳しいですな!」
それに対してノヴァルナも笑顔を返す。ここもこれまでのような生意気さ溢れる不敵な笑みではなく、晴天を思わせる鮮やかな笑顔だ。そして穏やかに言う。
「ドゥ・ザン殿」
「なんでしょうかの?」
表情を合わせてにこやかに応じるドゥ・ザン。しかしその表情は、ノヴァルナが事も無げに発した、次の言葉で引き攣り笑いとなった。
「権威とは所詮…この程度のものにございますよ」
「な、なんと申されました?」
ドゥ・ザンは聞こえなかった振りをして、目をしばたたかせながら尋ね直した。ノヴァルナは柔らかな笑顔を絶やさずに、説法をするかのような落ち着いた口調で繰り返す。
「ドゥ・ザン殿が求めて止まぬ権威とは…所詮この程度に過ぎぬ、と申し上げたのです」
「む…ぅ…」
それはある意味、ドゥ・ザンのこれまでを成り上がり人生を、片手で持ち上げてあっさりと放り投げてみせるような、ノヴァルナの残酷な言葉だった。
ただその言葉を口にするノヴァルナの双眸に、非難や憐れみ、そしてそれ以外も含めた如何なる感情もない。自分を見据えるノヴァルナのどこまでも澄んだ瞳に、ドゥ・ザンはむしろ、心が
ああ、そうであったのう―――
ふと天井を見上げたドゥ・ザンの脳裏に、若い頃の自分が甦る。
まだマツァールの姓であった若き日、トキ家の家老職サイドゥ家に仕官した父ショウ・ゴーロンと共に、ひたすら出世する事を目指していた
なぜ出世を望んだのか…それは皇国貴族や星大名、武家階級の『ム・シャー』といったものの持つ、生まれ付いての権威というものを自分も手に入れたい―――いや、そういった権威そのものを、自分の思うままに支配したいという野心からであった………
時には競争相手を讒言で陥れ、時には上司を金や女や男で篭絡し、時には疑いの目を向ける相手を暗殺した。無論、戦場での武功も重ね、遂には家老職のサイドゥ家に養子入りして家督を継ぎ、宗家トキ一族の内紛に乗じてこれを追放、ミノネリラ宙域星大名の座を手に入れた………
儂は、儂が目指した、権威そのものを、思うままに支配できる地位を得た―――
ところが、目の前に現れたこの小僧は、星大名としての権威を生まれ持って得ていながら、“所詮この程度のもの”と言ってのけおった………
儂が、生意気な態度を取るこの小僧をどうにかしてやろうとしたのも、ノアをトキ家に嫁がせる手立てを考えていたのも、
それ故、本物の“権威”を身に纏ってみせたこの小僧…いや、ノヴァルナ殿の姿を目の当たりにして、我を忘れてしまったのだ………
今にして思えば、この若者の普段見せていた傍若無人な振る舞いも、自分が生まれ持った“権威”を自分自身で玩弄して、儂のように権威に囚われている者達に、権威などというものは一種の幻影に過ぎず。その幻影に踊らされているだけだ―――と、示唆していたのかもしれん………
このマムシのドゥ・ザンを手玉に取るとは―――
“なるほど、我が宿敵ヒディラス殿が自らの継承権を、この若者以外には頑として譲らず、あのイマーガラのタンゲン殿が殊の外恐れ、警戒していたのも頷ける”
内心で一人頷いたドゥ・ザンは、こちらもこれまでの策謀を秘めたような表情を改め、枯れた笑顔でノヴァルナに告げた。
「いやはや、恐ろしい
「さようでしょうか?」
ここでも穏やかな表情でとぼけてみせるノヴァルに、ドゥ・ザンは問い掛ける。
「さればこそ、一つお尋ね致したいのですが…」
「なんでございましょう?」とノヴァルナ。
「日々の暮らしの中であればいざ知らず、いくさ場にて敵を煽り立てるは、
ドゥ・ザンがそう言ったのは、今回のこの会見にも関わる話だからだ。ドゥ・ザンにすれば、無礼極まりない奇妙な着衣と、自分勝手なパレードで愚弄したノヴァルナを、捕らえて殺害する事もできたのである。
そんなドゥ・ザンの問いに対する、ノヴァルナの答えは明快だった。
「知れたこと。笑われて死んでゆくだけにございます」
「!!!!」
それを聞いてドゥ・ザンは、ようやくノヴァルナの真意が理解できた。
儂はこの若者に愚弄されていたのではなく、宙域を統べる者としての度量を試されていたのだ。友人として、同盟者として相応しいかどうかを…
そしてこの若者は、儂であれば必ず何事もなく自分を迎え入れ、会見に臨むであろうと読んでいた。それだけの度量がある人物であると、評価してくれた上のあの奇行であった事は言うまでもない。
それが万が一、儂が怒りに任せてこの若者を捕らえ、殺せと命じるようであれば、自分の見込み違いであったと、儂を恨みもせずに死んでゆくつもりだったのだ。
なんという、呆れ果てた大うつけか―――
その時、苦笑を浮かべるドゥ・ザンの胸に、“爽やか”という感情が付随する、奇異な敗北感が込み上げて来た………
▶#15につづく
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