#08

 

 ノヴァルナ艦隊の領域進入は哨戒網を通じて、サイドゥ家第1艦隊総旗艦『ガイライレイ』に乗る、ドゥ・ザンの元へ伝えられた。


 ただ領域の端からサイドゥ家第1艦隊までは、超空間量子通信で転送を繰り返す必要があるため、大きなデータは時間が掛かる。それゆえにこの時点では、ノヴァルナ艦隊の規模までは不明である。


「ふむ…うつけ殿、艦隊を連れて来たか。そこまで馬鹿では、ないようじゃな」


 総旗艦『ガイライレイ』の艦橋で戦術状況ホログラムを眺めるドゥ・ザンは、前屈みになって、見事な八の字髭を指で撫でながら、ニタリと微笑んだ。この梟雄が娘に対して告げた、もしノヴァルナが大した護衛もつけずにやって来たら、討ち取るという言葉は、本心からであったのだ。


“弱きこと、愚かなこと、無知であること…これらは、戦国においては罪じゃ”


 ドゥ・ザンもノヴァルナを、見掛けだけの若者ではないとは認識している。昨年の戦場でのノア姫との婚約発表など、奇抜な発想は本当の大うつけでは、及びもつかないものだとも理解していた。


 ただドゥ・ザンは、イマーガラ家のセッサーラ=タンゲンがノヴァルナを脅威と感じているほど、大きく認識しているわけではない。この捉え方の違いは、ドゥ・ザンは実際の目でノヴァルナを見たことがなく、ノヴァルナよりもその父ヒディラスこそが、長年の敵であったところによる。昨年、ミノネリラ宙域にヒディラスが侵攻して来た際も、ノヴァルナとその部隊は、後詰めとしてオ・ワーリ=シーモア星系にいたままで、サイドゥ軍とはいまだ一戦交えた事はない。


 このため、実物のノヴァルナをこの目で見たいというのも、ドゥ・ザンの嘘偽りない心情であった。しかしその一方でノヴァルナが取るに足らない人物であったなら、殺してしまっても一向に構わん、と本心で思っているのだからドゥ・ザンも相当、癖のあるひねくれ者なのは確かだ。


「いかがいたします?」


 とノヴァルナ艦隊への対応を尋ねたのは、司令官席のドゥ・ザンの傍らに立つドルグ=ホルタだ。今回はドルグ自身の艦隊は率いておらず、参謀長という形でドゥ・ザンの会見の補佐を仰せつかっている。


「うつけ殿の艦隊の戦力が判明するまで待て。少数ならば、トラン・ミストラル星系にて待ち伏せし、力押して磨り潰してくれようぞ」


 ドゥ・ザンはそう言うと、八の字髭の間から乾いた笑い声を漏らした。


 ドゥ・ザンのサイドゥ軍第1艦隊に同行する、ノアの乗る御用船『ベルルシアン』号でも、当然ノヴァルナ艦隊の領域進入の報告はもたらされている。

 以前に乗った『ルエンシアン』号と同じ作りの、貴賓室に据えられたソファーに腰掛けたノアは、船長からノヴァルナ艦隊の情報を聞き、例の双子姉妹の護衛兵を呼び寄せた。


 双子は『ナグァルラワン暗黒星団域』の時と同じく、ピンク色と黒色を基調にしたパイロットスーツを着用し、二人並んでノアの元へやって来た。傍らにピタリと立ち止まり、背筋を伸ばすと声を揃えて申告する。


「メイア=カレンガミノ、マイア=カレンガミノ。参りました」


 カレンガミノ姉妹は、民間人からノアの侍女兼護衛官に抜擢された優秀な二人で、そのパイロットとしての技量は『ナグァルラワン暗黒星団域遭遇戦』において、ノヴァルナの『ホロウシュ』の中でもトップクラスの腕を持つ、トゥ・シェイ=マーディンとラン・マリュウ=フォレスタに一対一で手を焼かせたほどだ。一卵性双生児だけあって瓜二つの二人ではあるが、姉のメイアの方には下唇の左に小さなホクロがあり、それによって比較的見分けはつき易かった。


 ここまでの流れも『ナグァルラワン暗黒星団域』で、キオ・スー=ウォーダ家の襲撃を受けた時と似ている。ただあの時のノアは戦闘が予想される状況でも、どこかゆとりを感じさせたのだが、今回のノアは違っていた。すっくと立ちあがると、双子に振り向いて少し緊張した面持ちで告げる。


「ノヴァルナ殿が艦隊と共に参られました。ただ我が父ドゥ・ザンは、彼と交戦する事を目論んでいると思われます。私はこれを止めなければなりません」


「はい…」


 姫の口ぶりから嫌な予感を受けて、双子は探るような口調で応じ、互いに視線を合わせた。すると予感通り、ノアはNNLで立ち上げたホログラムのインターコムを操作し、船長を呼び出して指示する。


「船長。もし両軍が交戦態勢に入るようであれば、この船を前進させて下さい」


 と言われても、船長もそう簡単に了承できる話ではない。


「それでは、船を危険に晒す事になります。姫様をお守りするのも難しく―――」


「構いません」


 ノアはピシャリと言って船長の言葉を遮り、さらに続けた。


「それから私の『サイウンCN』と、カレンガミノの二人の『ライカSS』の、出撃準備を整えておいて下さい」


 御用船『ベルルシアン』号の船長もノアの性格を知っているのか、機体の出撃準備を指示するノアの言葉に、諦めたように「かしこまりました」と応じて通信を終える。メイアとマイアも“やっぱり…”といった表情で、再び視線を交わした。彼女たちに向き直ったノアは、決然とした目で言う。


「両軍の交戦が必至となった場合、私が『サイウン』で火線上に割って入ります。二人にはそれまでの護衛をお願いします」


 姫様はご自分の身を盾にして、ドゥ・ザン様もノヴァルナ殿も守ろうとしている…そのような決意を見せられては、メイアもマイアも自分達だけが後方に下がれるはずもない。『ナグァルラワン暗黒星団域』の時のように、ノアを守り切れなかった不始末は、この身が引き裂かれても金輪際あってはならない事だ。


 双子姉妹は互いの意思を確かめるまでもなく、ノアを見据えたまま声を合わせて、きっぱりと告げた。


「いえ。我等姉妹、今度こそどこまでも、姫様に御供仕ります」





 それからおよそ六時間後、ノヴァルナのナグヤ第1宇宙艦隊は、最後の統制DFドライヴを終了し、トラン・ミストラル星系外縁部に姿を現した。


 統制DFドライヴ用の巨大ワームホールから、密集して飛び出して来たノヴァルナ艦隊83隻は、素早い動きで十数隻の戦隊ごとに展開し、総旗艦『ゴウライ』を前方に置いた横長長方形の方形陣を短時間で作り上げる。


 その様子を、星系最外縁部に置いた哨戒プローブからの映像で眺めるドゥ・ザンは、素直に感心して見せた。


「ほう。見事な動きよの…手練衆を連れて来たか」


 そう言うドゥ・ザンは、総旗艦『ガイライレイ』に座乗したまま、会見場所となる第二惑星ロフラクスを背後に置き、第1艦隊79隻を率いて鶴翼陣を敷いている。そこにナグヤ艦隊の解析情報を告げるオペレーターの声と、戦術状況ホログラムへの表示追加が入った。


「ナグヤ艦隊。戦艦級17、重巡航艦級18、軽巡航艦級12、駆逐艦級26、打撃母艦級10、総旗艦『ゴウライ』確認。ナグヤ=ウォーダ家第1艦隊です!」


「第1艦隊か、道理で…な」


 ナグヤ第1艦隊と言えば、以前は宿敵ヒディラスの直率部隊で、モルザン星系会戦では撃ち合いを演じた相手だ。指揮官がノヴァルナに代わり、編成変えも行われたはずだが、ナグヤ=ウォーダ家随一のエリート部隊である事に違いはない。




▶#09につづく

 

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