#01

 

 スェルモル城の大窓の外をしんしんと降る白い雪は、それをぼんやりと眺めるノヴァルナに、1589年のムツルー宙域でノア姫やカールセン夫妻と過ごした、惑星アデロンを思い起こさせた。


 僅か一週間であったが、一般市民と変わらない生活をノア姫やエンダー夫妻と送った思い出は、今ではノヴァルナにとって特別な記憶となっている。


 ただここでそんな思い出に浸るのは、些か不謹慎というものだった。玉座に座るノヴァルナの前では、新たに外務局へ配属したテシウス=ラームが生真面目な顔で、新年の挨拶を行っているからだ。

 そうは言うものの、ノヴァルナからすれば、新年の挨拶をうけるのはテシウスで十五人目で、この若者にすればよく我慢している方と言える。




皇国暦1556年1月1日―――




 ヤヴァルト銀河皇国に新たな年がやって来た。皇国に属するあらゆる惑星のあらゆる地方―――場所によって真冬であったり、真夏であったり、春や秋、乾季や雨季、そしてそれ以外の特殊な気象環境の中、盛大であったり、ささやかであったり、それぞれのやり方で新たな年の訪れを祝しているはずだ。


 そんな中で、惑星ラゴンのナグヤ=ウォーダ家の新年の迎え方は、ごく控え目なものであった。


 銀河皇国には“喪に服す”という習慣は無く、どちらかといえば新たな年は、それまでの悪い因縁を断つものという観念が強い。したがって本来であれば、前年に死去した前当主ヒディラス・ダン=ウォーダの喪に服す事なく、盛大に新年の祝賀が行われてもおかしくはないのだが、その死去の時期が11月であり、また死因もヒディラスのクローン猶子であるルヴィーロ・オスミ=ウォーダに殺害されたものである事から、さすがに盛大に新年を祝う状況ではなかったのだ。


 ナグヤ家家臣達の唯一の懸念は、新年という事でノヴァルナがまた何か、勝手にやらかすのではないかというものだったが、今回はそれもなく平穏な年明けとなっている。


 ノヴァルナと言えば、いつも傍若無人な振る舞いで周囲を引っ掻き回すイメージだが、実際にはそう毎日、何かをしでかしているわけではない。ただその“何かをしでかす”時のタイミングが絶妙で、またやり口も悪目立ちするとこから、常に奇行に走っているように捉えられているのであって、事実、例のヒディラスの葬儀での“ゲリラライブ”以来、どこかで何かの騒ぎを起こしたという話はなかった。


 時々『ホロウシュ』のうちの何人かを引き連れ、反重力バイクで城を飛び出して行くものの、それ以外の最近はノヴァルナも大人しくしており、財界が戦々恐々としていた株価の暴落も、“ナグヤの新当主は思っていたよりマトモなのではないか”という評価の見直しで、ようやく回復傾向にあった。


 そしてノヴァルナが大人しくしているのには、別の理由もある。『ホロウシュ』達と共に目立たぬ所で、現在の皇都惑星キヨウや、周辺宙域の状況分析に集中しているからだ。たまにその『ホロウシュ』と、バイクで城を飛び出して行くのも、気分転換を兼ねたカモフラージュの一環と考えてよい。


 実物のノヴァルナは、特に情報の収集と分析には慎重であった。この若者の傍若無人ぶりは軍事行動でも見られた事だが、それは全て慎重な情報分析に基づいての行動であり、そこを見落とす者が多いため、批判的な者達から、たまたま結果が上手くいっただけのように勘違いされるのだ。もっともノヴァルナ自身、見抜かれないように隠している部分なのだが。




 テシウスの新年の挨拶を聞き終えたノヴァルナは、「おう。まぁ、宜しく頼まぁ」と半ば気の抜けたような返事をし、おもむろに席を立った。

 新年の挨拶に人数制限は設けられておらず、聞こうと思えばこの場に居並ぶ全ての家臣から、挨拶を受ける事も可能だ。ただノヴァルナにそんなつもりは毛頭ない。人数制限が無いという事はいつ終えてもいいという事である。十五人も挨拶を受けたのなら、ノヴァルナにしては上出来であった。


「おーし。挨拶を聞くのも、こんなとこだろ」


 ぶっきらぼうに言い放ったノヴァルナは、目の前の家臣達を見渡す。


 昨年終盤、ヒディラスの死と同時期に起きた、アーワーガ宙域星大名ミョルジ家の侵攻による皇都惑星キヨウの失陥と、星帥皇室と皇国宰相のク・トゥーキー星系への逃亡。その後の展開はほぼ、ノヴァルナが予見した通りであった。


 ク・トゥーキー星系で代替わりし、新たに星帥皇の座に就いたテルーザ・シスラウェラ=アスルーガは、12月も終わりに差し掛かった時、皇国宰相のハル・モートン=ホルソミカと手を切り、ミョルジ家側に寝返った。その結果、ミョルジ家の傀儡となるのを承知でテルーザはキヨウに戻り、ハル・モートンとその取り巻きはワクサー宙域まで退避、同宙域星大名タクンダール家を頼る事となったのである。


 新星帥皇テルーザがミョルジ家と和解した事で、ヤヴァルトとその周辺宙域の情勢は再び急変する事となった。ノヴァルナの最近における情報の収集と分析は、この点に重きを置いている。それはヤヴァルト宙域に比較的近い、このオ・ワーリ宙域にも影響を及ぼすであろう状況の変化だからだ。


 星帥皇とミョルジ家の和解は、星帥皇室を支援していたイマーガラ家やロッガ家、キルバルター家といった星大名に、ミョルジ家と争う理由を無くさせるものでもある。そしてこれらの星大名はノヴァルナ達ウォーダ家と敵対関係だ。つまりそれらの勢力、特に一番の宿敵のイマーガラ家が、再び軍事行動に出て来る可能性が高い。


“…とは言え、当分はどこも立て直し優先だろうがな”


 昨年後半に起きたナグヤ=ウォーダ、キオ・スー=ウォーダ、イマーガラ、サイドゥの各星大名間の争いは、互いにそれほど大きな実利を得ないまま、ヤヴァルト宙域の動乱によって仮初めの休戦状態となっていた。

 この中で最も優勢なのはやはりイマーガラ家で、ノヴァルナが新たな当主となったナグヤ家が最も劣勢である。いくらノヴァルナが破天荒で大胆不敵であっても、国力の差ばかりは如何ともし難い。


 何かマジで手を考えなきゃなんねーな…と思いながら、ノヴァルナは気さく…を通り越して、どこか投げ槍な感じの口調で家臣達に告げた。


「挨拶の受け付けは終了だ。夜は晩餐会だからな、それまで適当にやってくれ」


 一斉に頭を下げる家臣達に軽く右手を挙げ、自室に引き上げようとするノヴァルナ。するとそこに「失礼致します」という声が響き、扉を開けて侍従長が小走りにやって来る。

 侍従長はノヴァルナの元へ辿り着くと一枚のデータパッドを手渡した。それを起動して中身を確認したノヴァルナは、「へぇ…」と興味深そうな目をして玉座に戻り、それまでの退屈そうな態度と打って変わって、陽気な声をあげる。


「みんな、新年早々面白ぇモンが届いたぜ」


 何事かと注目する家臣達の前で、ノヴァルナはデータパッドを右手で高く掲げ、驚くべき話を口にする。


「サイドゥ家の“マムシのドゥ・ザン”からだ。三週間後に俺と直接会って、話をしてぇそうだ!」


「!!??」


 どう考えても罠としか思えない話に、表情を強張らせる家臣達。だが当のノヴァルナは中空にノアとドウ・ザンの顔を思い浮かべ、いつもの不敵な笑みでそれを見据えていた………




▶#02につづく

 

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