#14
黒革ロングコートの衣装の一団が、騒々しい音楽に乗って花道を歩いて来る光景は、まさに悪役プロレスラー軍団の入場だった。先頭を行くノヴァルナが顔に浮かべた不敵な笑みも、いつものより大きい。
それまでのヒディラスの葬儀の謹厳な空気を、一瞬で吹き飛ばしてしまったノヴァルナの傍若無人な行動に、会場にいる者は完全に飲まれていた。無論このような演出は予定されているわけがなく、こんな事を許していいはずがないと誰もが分かっていても、ノヴァルナが全身から放つオーラを前に、誰一人として体を動かせないのだ。
音楽とレーザー光と桜吹雪のホログラムに包まれながら、時には両腕を、時には人差し指を伸ばした右腕を突き上げ、気取ったステップと華麗なターンを交えながら歩を進めるノヴァルナとその一団は、ヒディラスの祭壇前まで辿り着いた。階段に右足を乗せたままこちらを見上げて立ちすくむ弟のカルツェに、ノヴァルナはウインクしてみせると、父親である亡きヒディラスのホログラムの前へ進む。
そのノヴァルナに従って来た『ホロウシュ』達は、五人ずつが主君の左右で横一列に並んで、ともにヒディラスのホログラムへ正対した。ペナントを持つ者は幾分低く掲げて半旗状態にし、持たない者は両手を後ろに組んで
祭壇前のノヴァルナ達は無言で、参列者へ背中を向けたままだ。打って変わったしーんとした静寂に、今度は誰もが息をひそめて固唾を飲む。
するとノヴァルナは不意に、両腕を真横に真っ直ぐ伸ばした。そして次の瞬間その両手で力一杯、
パーン!………という乾いた音が、静寂の葬儀会場に響き渡り、そこに居合わす全ての者の精神に戦慄を与えた。
だがノヴァルナという若者の真骨頂はここからだ―――
祭壇の上のノヴァルナが会場に背中を向けたまま、五秒…六秒…と時が過ぎる。と、その頭上へ一機の反重力ドローンが飛んで来た。背中を向けたノヴァルナがいきなり声を発する。
「天に奇跡の星輝く時、正義の光、悪を討つ…」
クルリと会場に振り返るノヴァルナの両腕が、何かを抱えるような形になる。そこでノヴァルナは叫んだ。
「閃国戦隊、ムシャレンジャーーーッ!!!!」
ノヴァルナの叫びに呼応して、祭壇前で爆発のホログラムがドカーンと炸裂! 頭上のドローンがノヴァルナにホログラム投射ビームを放つ。すると何かを抱える格好をしていたノヴァルナの腕の中に、ヴィンテージ物のエレキギターのホログラムが出現した。
それと同時に、祭壇上にいるペナントを持っていない『ホロウシュ』の所へも、ギターやドラム、キーボードなどのホログラムが出現し、瞬時にバンドが完成する。先にホログラムギターを手に入れたノヴァルナが、右手を大きく振り下ろして弦を掻き鳴らし、それを合図に演奏が始まった。歌うは前フリ通り、『閃国戦隊ムシャレンジャー』主題歌『すすめ!ムシャレンジャー』だ!
「燃やッせぇえ! アツい魂ィィ! 炎の心ォおおーーー!!!!」
文字通り魂の叫びのように歌うノヴァルナの『ムシャレンジャー』主題歌は、通常バージョンではなく、この時のためにヘヴィメタル調にアレンジされていた。そのためのあの悪役プロレスラー的な黒革衣装だったのだ。
「輝く瞳がァアア!! 誓いのォ! 印しィィイイーーー!!!!」
先ほどのノヴァルナによる静寂の中の柏手で、ぴんと張った会場の精神は、この突然の…もはや暴挙に、全く思考を停止させられてしまっていた。誰しもが、何についてというわけではないのだが、“駄目だ、もう手遅れだ…”という感覚に囚われている。
「ゴォオーーッ!! ゴォオーーッ!! ムシャレンジャァアアーーー!!!!」
セルシュも茫然と立ち尽くすだけで、SPを壇上へ登らせてこの暴挙を止めさせる事はない。ただあるのは“やられた…”という思いだけだ。自分とシウテに葬儀の段取りは任せると言いながら、ノヴァルナは陰で周到にこんな準備を行っていたのである。
「閃国戦隊ィィィ!!!! ムゥーシャ、レェーン、ジャァァアアーー!!!!」
結局この夜、ノヴァルナは『すすめ!ムシャレンジャー』を三番どころか、どこで見つけて来たのか、ファンの間で存在を噂されていた“幻の四番”まで歌い上げた。
その挙句、皆が手を出せなくなっている雰囲気の中、弔辞も所信演説もせずに、父親の葬儀を引っ掻きまわすだけ引っ掻き回すと、オートパイロットに設定したSSP(サバイバルサポートプローブ)に操縦させた『センクウNX』を呼び寄せ、疾風のように会場を逃げ去ってしまったのである………
「ハハハ…終わった………終わったわ………」
サイドゥ家首都惑星バサラナルムの本拠地イナヴァーザン城では、想像を絶する自分の婚約者の傍若無人ぶり―――父親の葬儀をぶち壊しにしたノヴァルナの大暴れ。それをNNLニュースサイトの超空間中継で、両親と共に見せられるハメになったノア・ケイティ=サイドゥは椅子に座ったまま、真っ白な灰になった気分だった。
あの悪目立ちしたがる馬鹿は、自分の父親の葬儀であっても、きっと何かをしでかすに違いないと覚悟はしていた。しかしいくら何でも、これは度を過ぎている。
中継は『閃国戦隊ムシャレンジャー』のヘヴィメタルバージョンを、歌うだけ歌ったノヴァルナが祭壇上に駆け上がって来たSP達を振り切って、会場を逃げ出すシーンで打ち切られ、“しばらくおまちください”の文字が浮かぶ花畑の画像に変わってしまった。
政略結婚ではなく自分自身の心に従って見つけて来た婚約者が、ここまでしでかすような男だったとは…これまでも父のドウ・ザンにノヴァルナの奇行の映像を見せられては、それを何らかの理由があってやっている事と擁護しては来たものの、母親まで一緒にいる状況でこの暴挙はもはや庇いようがない。
「………」
「………」
「………」
父も母も娘も、無言のままの気まずい時間が流れる。気の強いノアもさすがに、両親の方を振り向いて反応を窺う勇気はなかった。
ところがそこでドウ・ザンが、不意に割れんばかりの大笑いを始める。
「ワッハハハハハハハハ!!!!!!」
するとノアの母のオルミラも右手で口元を隠し、負けじと笑い出す。
「オホホホホホホホ!!」
「へ…」
両親が始めた突然の爆笑に、ノアは珍しく間の抜けた声を漏らして振り向いた。両親が揃ってのこれほどの大笑いを見るのは初めてだ。
「面白いのう、オルミラよ」とドウ・ザン。
「ほんに」と応じるオルミラ。
思わぬ展開に戸惑うノア。だがニヤリと口元を歪めたドウ・ザンが、次に口にした言葉を聞いて、ノアの表情はサッ!…と強張る。
「いや面白い男よな、ノヴァルナ殿は。時期を見て、この
オ・ワーリの風雲児ノヴァルナと、国を盗んだ大悪党ドウ・ザンの直接会見―――
鬼が出るか蛇が出るか、予測不能の一大事が決定した瞬間であった。
▶#15につづく
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