#07

 

 皇都キヨウを脱出した星帥皇室と宰相ハル・モートン=ホルソミカは、第一皇子テルーザの操るBSHO『ライオウXX』の活躍もあって、ヤヴァルト宙域と国境を接するオウ・ルミル宙域のサクート星系に入る事が出来た。


 そこで一旦、他に皇都星系を脱出して来た貴族や戦闘部隊を待って態勢を整えると、さらにそこから約十五光年ヤヴァルト宙域方向へ戻り、独立管領のク・トゥーキ家が治めるク・トゥーキ星系へ移動。ここをヤヴァルト銀河皇国の臨時政府として宣言した。


 一方、皇都星系を制圧したミョルジ家は、約定通りハル・モートンの政敵で、同じホルソミカの一族のジェリス=ホルソミカを新宰相とし、星帥皇室不在のまま新政権の樹立を宣言したのである。




それから五日が経った―――




 相反する二つの宣言は、シグシーマ銀河系のあらゆる星大名に衝撃を与えた。これではおよそ百年前のオーニン・ノーラ戦役の再現ではないかと、星大名だけでなく、市井の皇国民の誰もが不安の表情にならざるを得ない。

 星帥皇継承者を巡って争われたオーニン・ノーラ戦役の際は、シグシーマ銀河系の星大名の全てがいずれかの陣営に分かれ、その戦火は皇都宙域だけでなく全銀河にまで広がったからだ。そうなると、今は比較的平穏な宙域までが戦乱に巻き込まれる恐れがある。


 それは無論、ヤヴァルト宙域と近いオ・ワーリ宙域にも当てはまる問題であった。そしてここナグヤ=ウォーダ家の本拠地、スェルモル城では新当主ノヴァルナを迎えて、対策会議が行われようとしている。


 冷たい雨が断続的に振る曇天の下、スェルモル城の中庭では雨に濡れて植木から地面に落ち、積み重なった枯葉を、清掃用ロボットが格納ポートから見詰めているような光景があった。

 ドーム型で鈍い銀色のボディの頭頂部近くに取り付けられた、赤いセンサーアイと光学カメラが無機質な輝きを放つ様は、感情を持たないはずのロボットが、掃除したての中庭に積もった落ち葉を忌々しそうに睨んでいるふうに思わせる。


 そんな中庭を窓の外に見下ろし、スェルモル城のリング状の円卓が同心で三重に置かれた会議室には重臣達が集まっていた。ノヴァルナがナグヤ家の新当主となって初めての、本格的な会議である。


 ただ会議が始まる時間はもう過ぎているというのに、ノヴァルナはまだ姿を現さない。


 ノヴァルナが座るべき主君の席の両側では、『ホロウシュ』のササーラとランが表情一つ変えず、主君の到着を待って屹立している。


 一方、家臣達―――中でもノヴァルナが新当主となるのに批判的な者達は、そろそろ我慢の限界らしく、盛んに咳ばらいをしたり、居心地が悪そうにそわそわ身じろぎを始めていた。


 とそこへ、会議室の大扉を二人の侍従が左右に開けながら、新当主ノヴァルナ・ダン=ウォーダの到着を告げる。ところが開かれた扉から入って来たノヴァルナを、最初に目にする位置に立っているササーラとランは、無表情だった顔を歪ませ、互いに見合わせると“うわぁ…”“どうすんの、これ…”と、内心で戸惑いの言葉を交わした。


 その時にはすでに他の家臣達も振り向いてノヴァルナを視界に捉えており、みな一様に最初は困惑、その後は呆れかえった表情になる。


「いやぁー、ワリィワリィ。着るもん選びに迷ってたら、遅くなっちまった!」


 口では「悪い」と言いながら悪びれる様子もなく、あっけらかんと言い放って自分の席に向かうノヴァルナのこの日の着衣は、白地にイチゴやバナナ、メロンにリンゴにミカンに桃、果ては見ただけでは名前が浮かばない南洋のものまで、ありとあらゆるフルーツとその切り口を、いたるところにプリントしたブレザー、その下は赤と青の縦ストライプのワイシャツに金色のネクタイ。スラックスはこれも白地に、何か黄緑色の文字が列をなして、両足の部分を渦を巻きながら裾先まで書き込まれている。そして仕上げに靴は真っ赤なエナメルであった。なお、ブラザーの胸ポケットには、紫色の太いフレームをしたサングラスが差してある。


「わ、若!…いえ、殿!!」


 仰天して椅子から飛び上ったのは、後見人のセルシュである。実はセルシュはこれあるを恐れて昨日、口を酸っぱくしてノヴァルナに身だしなみを注意していたのだ。もはやナグヤのあるじなのですからくれぐれも…と。しかしそれがこれでは、セルシュも家臣達の目をはばからず、ノヴァルナに駆け寄らずにはいられない。


「殿!!」


「なんだ、爺。会議始めっぞ。席に戻れ!」


 自分の席のすぐ近くでセルシュに捕まったノヴァルナは、面倒臭そうに言う。


「なんだ、爺…ではございません! 昨日あれほどご進言仕りましたものを!」


 だが腹立たしげなセルシュに詰め寄られても、ノヴァルナはどこ吹く風だった。


「は? 何が不満なんだ、爺は。ちゃんとスラックスにブレザー、おまけに今日はネクタイまでしているぜ…まぁ、殿様ってより、どっかの若社長って感じかもしれねーが。それが不満なのか?」


 言い放ったノヴァルナは、胸ポケットに差した紫色のフレームのサングラスを右手で抜き取り、カチャリとひと振りしてフレームを開くと、気取った仕草で掛けてみせる。明らかにとぼけているノヴァルナに、生真面目なセルシュは苦り切った顔で説諭した。


「殿様であろうと若社長であろうと、そのような妙な絵柄の物を、お召しになられたりは致しませぬ。せめてウォーダ軍の略式軍装にでもして頂かないと、殿の威厳というものが失われまする!」


「あ? この程度で失われるような威厳だったら、端からいらねーって。それに略式軍装はなぁ、ありゃあ駄目だ。売っ払っちまった!」


「はぁあ!!??」


 これにはセルシュだけでなく、会議場にいた重臣の大半が頓狂な声を上げた。星大名の嫡男が自分の軍装を勝手に売り払って、金に換えたなど聞いた事がない。するとノヴァルナもさすがに会議場の反応に照れ臭くなったのか、後頭部を手で掻きながら辺りを見回して白状した。


「いやぁ~…こないだ、シスルエルタでノアの奴とデートするのに、金が入り用だったんでなぁ。あ、言っとくがその代わり、国庫の金には手を付けてねーからな、良心的だろ」


 新たな主君の無茶苦茶な話に重臣達がざわつく中、『ホロウシュ』のランはこっそり、腰の高さにNNLの小さなホログラムのスクリーンと、キーボードを立ち上げた。そして素早く“ノヴァルナ 軍装 売却”で検索をかける。今の言葉の真偽を確かめるためだ。


 その結果、NNLの代表的な情報コミュニティーサイトの『iちゃんねる』に、やはりノヴァルナの言葉通りの書き込みがあった。ノヴァルナを批判するスレッド『カラッポ殿下がまたやらかした件』に、古着買取業者に持ち込んだ時の私服のノヴァルナの映像と、実際に持ち込まれた略式軍装上下の画像が貼り付けられ、それに続いて罵詈雑言が散々に書き込まれている。


 それを見たランは、はぁ…とため息をついて肩を落とした。本来なら絶対の忠誠を誓っている主君に対する暴言の数々であるから、その憤怒、天をも衝かんばかりになるはずなのだが、いつも非はノヴァルナにある上にあまりに日常茶飯事なため、今では怒るより悲しくなってしまうのだ。


 ランの失望も、セルシュの怒りも、他の家臣達の困惑もお構いなしにノヴァルナは一人さっさと席に着くと、突っ立ったままのセルシュの席を無言で指差して、早く座れと追い払う。そしてナグヤ家筆頭家老のシウテ・サッド=リンに向き直って、声を掛けた。


「始めろ、シウテ」


 会議場に入って来てから傲慢な態度を取り続けるノヴァルナに、シウテは怒りを飲み下すように「ははっ…」と、重く声を絞り出して頭を深く下げる。


 会議自体は先に述べた通り、先日の皇都惑星キヨウ攻防戦に敗れて脱出した、皇国宰相ハル・モートン=ホルソミカが星帥皇室をク・トゥーキ星系に移動させ、臨時政府を開設した事、そして一方のミョルジ家もホルソミカ一族のジェリスを新宰相として、皇都キヨウにおける新政権の樹立を宣言した事への、ナグヤ家としての対処だ。


 本来ならこういった議題はウォーダ家全体で話し合うべきものだが、現在のウォーダ家はイル・ワークランとキオ・スーとナグヤが完全に敵対関係となり、そのような全体会議を到底行える状況ではない。


 キヨウ攻防戦からの経緯を、円卓の中央に浮かび上がらせた巨大な球形ホログラムに投影し、NNLニュースの映像を交えて説明するのは、進行役を任された女性家臣ナルガヒルデ=ニーワスだった。赤毛の美女で二十代半ば、生来のNNLとのリンク不全体質から眼鏡型のリンクサポーターを使用しており、物静かな佇まいと合わせて“知的美人”という言葉がピタリと当て嵌まる。


 美人女教師の授業のようなナルガヒルデの状況説明に、ノヴァルナの登場からギスギスしていた家臣達の空気も、幾分和らいだものになった。このナルガヒルデを議長役に指名したのはノヴァルナであり、もしかするとこういった効果も考えていたのかもしれない…セクハラまがいの恐れはあるが。


 ただそんな知的美人の話も、円卓に肩肘をついたノヴァルナは退屈そうに聞いていた。解説が終わり、主題であるハル・モートン側とミョルジ家側のいずれか、または双方から支援要請が来た場合、どう動くべきかの議論が始まっても黙り込み、間の前に個人用ホログラムスクリーンを立ち上げて、キヨウ攻防戦のニュース映像を繰り返し再生していた。特に第一皇子のBSHO『ライオウXX』の戦闘場面の拡大映像をだ。それを眺めてノヴァルナは呟いた。


「第一皇子ねぇ…ふーん…星帥皇室にも、おもしれーヤツが居るもんだ」




▶#08につづく

 

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