#04

 



同時刻、シグシーマ銀河系中核部ヤヴァルト宙域―――




 皇都惑星キヨウの夜の側…惑星表面を覆い尽くす夥しい灯火の前で、爆発の閃光が立て続けに発生した。ヤヴァルト銀河皇国皇都星系防衛艦隊に大きな損害を与える光だ。


 航行不能に陥った艦を残し、約四百隻の星系防衛艦隊は一斉回頭を行い、向かって左に舵を切り始める。


 それに対する二千隻を超える艦隊―――アーワーガ宙域星大名ナーグ・ヨッグ=ミョルジを総司令官とする連合艦隊も左へ回頭、大規模な同航戦に入った。




 ナーグ・ヨッグ=ミョルジはこの時三十四歳。ミョルジ家はアーワーガ宙域を治める星大名だったがその隆盛は著しく、皇国宰相ハル・モートン=ホルソミカの元で事実上の軍司令官として、いまだオーニン・ノーラ戦役の際の混沌とした状態が続いていたタンバール宙域の平定など、皇国中核宙域周辺の安定に多大な貢献を果たしたのである。


 ところがミョルジ家が今のナーグ・ヨッグの代になると、ハル・モートンはミョルジ家がこれ以上の権勢を振るう事に不安を覚え始めた。オーニン・ノーラ戦役勃発のきっかけとされるホルソミカ家と対立した有力貴族、ヤーマナ家の再来となる事を恐れたのだ。


 このため、ハル・モートンはミョルジ一族の支流にあたり、当時本流のナーグ・ヨッグと対立関係にあったマルーサ=ミョルジに接近、これを配下に加えて、ナーグ・ヨッグの排除に動き出す。

 それを知ったナーグ・ヨッグも、ハル・モートンの政敵であったジェリス=ホルソミカと手を組み、現皇国の政治に不満をもつ周辺宙域の勢力を集め始めた。それまでの味方が敵になり、敵が味方になったというわけである。


 そしてヤヴァルト宙域と隣接するカウ・アーチ宙域に、艦隊を駐留させたナーグ・ヨッグはハル・モートンの辞任を求め、皇国と交渉を重ねていた。

 ところが例のノヴァルナによるイル・ワークラン=ウォーダ家とオウ・ルミル宙域星大名ロッガ家の密約の暴露によって、皇国が政治交渉の裏側で、ロッガ家から不正入手した『アクアダイト』を使って密かに軍備を増強していた事を知り、軍事侵攻を決意したのであった。


 当初、約八百隻であったナーグ・ヨッグの部隊は、周辺勢力の合流を経て、二千隻を超える規模になっており、それが数度にわたる皇国恒星間打撃艦隊の迎撃を打ち破って今、皇都キヨウを視界に捉えるまでに迫っていたのである。


 皇都キヨウを目前にしたナーグ・ヨッグ―――複数の勢力を指揮するまでに至った人物にしては、市役所の職員のような堅い印象を与える外見のこの君主は、このヤヴァルト星系へ向かう間に、宰相ハル・モートン=ホルソミカの排除だけでなく、星帥皇室の廃止を含む銀河皇国の改革を考え始めていた。


 その改革とは、銀河皇国の支配の根幹を成す、超空間ゲートの制御権とNNL(ニューロネットライン)の統帥権。これを独占する星帥皇と、数々の特権を得る事と引き換えにその星帥皇を補佐する貴族団という構図を崩し、ゲートとNNLはこれを運営する独立した公的機関を新たに設立。ミョルジ家自身を含む特定の星大名などが、その収益を自分達だけのものとするのではなく、皇国全域へ対する戦乱からの復興基金とするものである。


 とは言え、改革後の政権の中枢がミョルジ家となる事は間違いなく、またそのミョルジ家を支持する星大名や独立管領が現在と取って代わって、貴族化する可能性も否めないため、単なる“首のすげ替え”に終わる見通しの方が大きいのも確かだ。


 だが今は―――ナーグ・ヨッグは総旗艦『リュウゲン』の艦橋で、前方に広がる宇宙会戦の光景とその背後に浮かぶ、夜の皇都惑星を見据えて呟いた。


「まず、皇都をおとす事が第一だ…」


 そのためならば、およそ百年前のオーニン・ノーラ戦役の時のように、皇都惑星に艦砲射撃を加える事もやむを得ないであろう。


 戦術状況ホログラムに視線を移したナーグ・ヨッグは、司令官席の通信回線を自ら開いて、配下の艦隊司令官に指示を出した。


「ヒルザード、卿の艦隊を前進させよ。敵の回頭方向を押さえるのだ」


「お任せあれ」


 短く応答して来たのはナーグ・ヨッグの右腕とされる、ヒルザード・ダーン・ジョウ=マツァルナルガである。民間出身の白髪が目立つ四十代後半の男で、頭部に二本の短い角を生やしたリーゴラル星人だ。


 五十隻を超えるマツァルナルガ艦隊は、応答するが早いか素早く動き出した。相当練度が高いように思われる。さらにナーグ・ヨッグは、“ミョルジ三人衆”と呼ばれる三人の武将へも艦隊の前進を命じた。


「ナーガス、ソーン、トゥールス。ヒルザードが敵艦隊の頭を押さえるのを待ち、全面攻勢をかけよ。力業で押し潰す」


 ミョルジ三人衆から了解の応答が入ると、ナーグ・ヨッグは硬い笑みを浮かべる。


 キヨウの防衛艦隊はこれで終わりだ…とナーグ・ヨッグは思った。ここまで自分直率の戦力しか動かしていないのは、キヨウにいる銀河皇国宰相ハル・モートン=ホルソミカの脱出に備えているのだ。


 ナーグ・ヨッグの連合艦隊にはカウ・アーチ宙域星大名のウーサー家などの、周辺宙域の部隊が参加しているのだが、それらの部隊は掩護射撃のみで、本格的に戦闘に参加していない。それは星帥皇ギーバルと皇子のテルーザを連れた、ハル・モートンの脱出部隊を追撃して捕えるために待機しているのがその理由であった。


 同じミョルジ一族でありながらハル・モートンと結託し、ナーグ・ヨッグと敵対していた皇国側恒星間打撃艦隊司令のマルーサ=ミョルジは、これに先立つエゴン星系会戦で戦死しており、ロッガ家から秘密入手した『アクアダイト』を使用して増強した艦隊も、習熟訓練が不足した状態で実戦へ投入され、そのほとんどがものの役に立たないまま、宇宙の塵と化してしまった。


 となるとハル・モートンらの取れる行動は、ヤヴァルト宙域と隣接し、皇国貴族でもあるオウ・ルミル宙域の星大名ロッガ家の元へ逃亡する事ぐらいしかない。そこを捕えて、この戦いを終わらせようというのだ。


 程なくして『リュウゲン』の通信科オペレーターが、ナーグ・ヨッグの望んでいた情報を告げる。


「駆逐艦『バウラン』より入電。皇都惑星キヨウの裏側より発進する、複数の艦船あり。いずれも恒星間航行艦と思われる!」


 それを聞いたナーグ・ヨッグは、ハル・モートンと星帥皇の脱出部隊に違いないと判断し、即座に命令を下した。


「ウーサー殿をはじめとするカウ・アーチ、セッツーの部隊に追撃を下令! 我等も後詰めに入る!」


 ここでハル・モートンらをオウ・ルミル宙域に入れてしまうと、ロッガ家と事を構えねばならず、また後方でもイーセ宙域のキルバルター家などが動き出すに違いない。さらに大々名のイマーガラ家も経済支援を始めているらしく、ハル・モートン側が息を吹き返す可能性は高い。それを知る追手の部隊は自然と気負い込んで行った。


 ところが十分ほど経つと、ハル・モートンの脱出部隊を追って、惑星の裏側へ向かって行った追撃部隊から、動揺した様子の通信が入って来る。


「こ、こちらガルノ=ウーサー。テルーザ皇子がBSHOで出撃、現在交戦中!」


「なにっ!!」と驚くナーグ・ヨッグ。




▶#05につづく

 

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