#17

 

 ノヴァルナはキオ・スー家総旗艦直掩隊と距離を取りながら、配下の『ホロウシュ』の状況を戦術状況ホログラムで素早く確認する。


 撃破された者はいないが、動きを見ると全員が防戦一方となっていた。ノヴァルナの近くで戦っているナルマルザ=ササーラは二機の敵、ラン・マリュウ=フォレスタは三機の敵と互角に渡り合っているが、逆にガラク=モッカとジュゼ=ナ・カーガ、サーマスタ=トゥーダの信号には機体損傷の表示が浮かんでいる。


「ふん。やっぱ、手強いな…」


 ノヴァルナは自分の正直な感想を言葉にして呟き、ヘルメットの中で舌を出してペロリと唇をひと舐めした。指揮を執るダイ・ゼン辺りは大した事はないが、個々のパイロットや将兵は宗家の総旗艦部隊だけあって、技量には侮れないものがある。近くで合計五機の敵と渡り合っているササーラとランは、自分の身を守るというより、ノヴァルナにこれ以上の敵機を近寄らせないための防御戦闘であり、もしこの二人がいなければ、ノヴァルナは自分がさらなる窮地に陥っているであろう事を自覚していた。


 いや、ササーラとランだけでなく、他の『ホロウシュ』も苦戦しながら踏みとどまっているのは、自分がここを抜かれたら主君のノヴァルナが不利になる…との強い思いがあるからだ。


 そしてその気持ちはノヴァルナに従う、ナグヤ第2宇宙艦隊の総意でもあった。ここを突破出来なければ、故郷のオ・ワーリ=シーモア星系へは帰れないのである。


“俺を盛り立ててやろうって思ってくれてる連中の、気持ちを裏切るワケには行かねぇからな! 踏ん張りどころってヤツだ!”


 自分自身に言い聞かせたノヴァルナは歯を食いしばり、スロットルを全開にし、操縦桿とフットペダルを素早く操作して、『センクウNX』を急角度で斜め旋回させた。宇宙空間でドリフトをかけるような挙動を行い、瞬時に振り返らせたノヴァルナの視界の先には、追撃して来る三機の敵の姿がある。近い、ポジトロンパイクの斬撃距離だ。


 しかしここでノヴァルナが選択したのは、超電磁ライフルによる至近距離射撃だった。ポジトロンパイクをやや斜めに突き出して、その柄に超電磁ライフルの銃身を置く形でトリガーを引く。ノヴァルナがパイクを突き出した事で、斬撃を繰り出してくると判断していた敵のパイロットは裏をかかれ、斬撃を打ち払おうとしてパイクを構えた腕の間から、機体を撃ち抜かれた。


 その間に別の敵機が脇から、ポジトロンパイクをノヴァルナ機に振り下ろした。ノヴァルナはその斬撃を、まるで背中に目があるかの如く前を向いたまま、自らのポジトロンパイクだけを肩に担ぐようにして打ち防ぐ。

 さらにそこへやや遅れて来たもう一機の敵が銃撃。だがそれが照準点を通過した時にはすでにそこに『センクウNX』の姿はない。斬撃を浴びせて来た敵の機体に体当たりを喰らわせて突き飛ばした『センクウNX』は、手に握っていたポジトロンパイクを放して宇宙に浮かせ、代わりに腰のQブレードを左手に掴んで起動する。そして敵機を袈裟懸けに斬り捨て、同時にもう一機の敵に右手の超電磁ライフルで反撃した。


 技量の高い敵であり、不意を突かれても一弾、二弾とノヴァルナの銃撃を回避する。しかし三弾目が左脇腹に命中して、動きが鈍ったところへ四弾目にとどめを刺された。胸部に大穴が空いて爆発四散する。


 自分に纏わり付いていた三機の敵を片付けたノヴァルナは、機体を素早く振り向かせ、ランと交戦している三機の敵の一つに超電磁ライフルを向けた。


「ラン!」


 名前を呼んだノヴァルナは、ライフルのトリガーを引く。ランに斬り掛かろうとしていたその敵はロックオン警報に反応し、重力子リングの黄色い光と共に宇宙空間を後方へ飛びずさってノヴァルナの銃撃を躱した。しかしそれはノヴァルナもランも計算済みだ。銃撃の回避に気を取られた一瞬の隙を突いて、ランの『シデンSC』が急加速、ポジトロンパイクを真横に一閃させる。

 バックパックごと胴体を両断された敵機が爆発を起こし、その輝きの中でランは、残る二機の敵も撃破した。振り向いて主君からの援護に感謝しようとする。


「あ―――」


 だがノヴァルナが先に発した言葉がそれを制した。


「礼はいい。それよりササーラを援護してやれ! そのあとで俺について来い!」


「かしこまりました」


 その時にはノヴァルナはすでに、単機でダイ・ゼンの本隊を追い始めている。その上でササーラにも通信を入れた。


「ササーラ。おまえは自分の敵機を片付けたら、他の『ホロウシュ』達を援護して敵の直掩隊を足止めしろ!」


「ぎ、御意」


 敵の斬撃をポジトロンパイクで打ち払いながら、ササーラは律義に応答して来る。声の調子から、少し押し込まれているようだ。

 ササーラの援護はランに任せ、ノヴァルナはダイ・ゼンの第1艦隊へ向かった。ダイ・ゼン艦隊にはノヴァルナのナグヤ第2艦隊戦艦戦隊が追い縋って、砲撃戦を挑んでいる。

 しかしダイ・ゼンの第1艦隊が、14隻の戦艦と8隻の重巡航艦であるのに対し、ナグヤ第2宇宙艦隊は空母とその護衛に重巡全てを分離したため、戦艦が10隻のみの編成となっていた。その数の差がナグヤの戦艦部隊に、少しずつダメージを蓄積させていく。ノヴァルナが『センクウNX』を急がせるのは、味方艦隊への援護のためでもあった。


 とそこへコマンドコントロールから警報が入る。


「ウイザード・ワン、新たな敵編隊が接近中。十時下方!」


 ノヴァルナがその言葉に従って、コクピットを包む全周囲モニターの左下に目を遣る。すると急激に接近して来る複数の機体マーカーが表示されていた。このままダイ・ゼン艦隊に向かうのは危険だと判断したノヴァルナは、機体を停止させて身構える。程なくしてダイ・ゼンの弟、ジーンザック=サーガイの操縦するBSHO『レイゲツAR』が、四機の親衛隊仕様『シデンSC』を引き連れて立ち塞がった。


 ジーンザックは全周波数帯で呼び掛けて来る。


「まさか本当にノヴァルナ殿下御自ら、戦場に出ておられたとは」


 ジーンザックもダイ・ゼン同様、最初からノヴァルナが『センクウNX』で戦場に出ていたとは思っていなかったのだ。


「おう、ジーンザックか。てめーは兄貴のダイ・ゼンより、物分かりは良かったはずだ。二度と歯向かわないってんなら見逃してやっから、そこをどきな!」


 ノヴァルナのぶっきらぼうな慈悲の言葉を、ジーンザックは硬い口調で拒絶した。


「恐れながら…ここで殿下のお命、頂戴致します。御家の御家来衆に、これ以上の苦難をお与えにならぬよう、潔く討たれなされませ」


 それに対し、ノヴァルナは不敵な笑みで応える。


「はん、やなこった!」


 とは言え、ノヴァルナの背筋に冷たいものが流れるのも確かだった。ジーンザックが乗るのはBSHOであり、おまけに親衛隊仕様の『シデンSC』が四機もいる。




“集中…集中しろ…集中だ!…”




 目を閉じたノヴァルナは自分に言い聞かせ、全ての感覚を研ぎ澄ませた。BSHOとのサイバーリンクがさらに深みを増し、自分の意識が『センクウNX』の電子神経系と一体化して、その中に広がるのを感じる。


「お覚悟を!!」


 その言葉と共に、ジーンザックの『レイゲツAR』と四機の『シデンSC』は散開して、ノヴァルナを上方から半包囲するように襲い掛かって来た。ノヴァルナは即座に敵の意図を見抜いて、回避行動に入らずに、むしろ敵の中に飛び込んで行く。半包囲を避けようと距離を取れば、五機の敵から同時に十字砲火を浴びせられる事になるからだ。逆にこちらから距離を詰めれば、急な照準変更で同士討ちを懸念し、いやが上にも隙が出来る。


 自分の機体のセンサーが知らせて来る敵の位置が全て、頭の中で立体的に把握され、ノヴァルナは機体をスクロールさせながら、連続発射でイルミネーターの示す五つの敵全てに銃撃を行った。だが当たらない。敵の回避行動は的確だ。しかしそれはノヴァルナも承知の上であった。


 敵の半包囲を突き抜けたノヴァルナは、機体を翻してさらに三連射、銃弾を一番近くにいた『シデンSC』へ送り込む。その敵機は慌てて距離を取るが、残る『レイゲツAR』と三機の『シデンSC』が超電磁ライフルを撃って来た。それをノヴァルナは、機体をほぼ直角に針路変更してまとめて躱す。そして素早くライフルの弾倉を交換し、今度はV字型に機体をターン、再び五機の敵の中へ飛び込む。


「く、命知らずな!」


 一見すると無茶苦茶なノヴァルナの操縦に、ジーンザックは批判的な言葉を吐く。敵中に飛び込んだ『センクウNX』の動きは、まるで羽虫か何かのようで予測がつかない。ジーンザックはポジトロンパイクでの斬撃戦に持ち込みたい衝動に駆られたが、それがむしろノヴァルナの狙いではないかと感じて思い留まる。


「おびき寄せられるな。しっかり狙え!」


 部下達に『センクウNX』への狙撃を継続するよう命じるジーンザック。ところがノヴァルナ狙いは別にあった。ライフルを射撃していた一機の『シデンSC』が、驚いたように左上方に頭を向けた次の瞬間、胸元を貫く銃撃にその敵機は大破して動かなくなる。駆け付けて来たのはランの乗る『シデンSC』だ。ササーラの援護を終え、ノヴァルナを追いかけて来たのだった。ノヴァルナの無茶な機動はランが来るまでの時間稼ぎだったのである。

 さらにランの出現に戸惑い、動きを止めたもう一機の敵が、ノヴァルナの狙撃を受けて爆発した。


「ノヴァルナ様!」


 呼び掛けて来るランに、ノヴァルナは口元を緩めて応じる。


「おう。待ってたぜ」




▶#18につづく

 

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