#08

 

 ヤーベングルツ家がイマーガラ家側へ寝返ったのには、前述の地政学的な状況変化の他に二つ理由があった。


 一つは地政学と関わった経済的なもので、ナルミラ星系は長年オ・ワーリ宙域の要衝としてイマーガラ家に備えて来たが、近年ではそのために、星系の経済規模以上の軍事力を保有しなければならなくなっていたのだ。

 そもそも独立管領が治めるナルミラ星系などの標準的な植民星系は、星系防衛艦隊の他に恒星間打撃艦隊を一つ保有するのが限界とされている。それがヤーベングルツ家は恒星間打撃艦隊を二つも保有しており、また常に訓練を繰り返して、練度を高めておく必要があった。そうであれば、ナグヤ=ウォーダ家が衰退を始めた以上、イマーガラ家に与した方が良いのも道理である。


 さらにヤーベングルツ家はヴァルツ=ウォーダのモルザン星系を欲していた。 モルザンはウォーダの一族が直轄しているだけあって、経済規模は大きく、これを手に入れて複数の植民星系を治めるようになれれば、星大名への道も拓けるというものだからだ。


 そしてノルディグが寝返りを決めたもう一つの理由。それは単純な感情論だった。ノルディグはノヴァルナ・ダン=ウォーダという“阿保あほう”が嫌いなのだ。生理的嫌悪と言っていい。


 女性のように美しい若者でありながら、その行動は傍若無人で傲岸不遜。人を人とも思わずに自己中心的で腹黒い。何かといえば相手を罵倒し嘲笑う。そのような人物がヒディラスの死によって、自分がこれまで従属的な立場を取っていた、ナグヤの当主になるのが耐えられなかったのである。無論これはノルディグが、世間のノヴァルナ評ばかりを鵜呑みにした結果でもあるのだが。


 しかし、政治であれ人間関係であれ、好き嫌いはその根幹を成す要因の一つである事は間違いない。時としてそれは人…いや、国の運命まで左右しかねない結末を招く。




 そのような感情論の行く果てが、ここアーク・トゥーカー星雲であった。青、赤、紫のガス雲が幾層にも重なり、層と層の間の空間では稲妻が荒れ狂う、まだ若く、活動的な星雲である。


 ナグヤ方向からアーク・トゥーカー星雲へ進入して来た、ノヴァルナが座乗する『ヒテン』と第2宇宙艦隊は、各艦の間を六十万キロにして、方形陣を取っていた。四つの角に索敵能力の高い偵察型軽巡を配置した、探知能力が低下する星雲内では極めて現実的な戦術だ。


 その『ヒテン』の艦橋では、通信科が傍受した敵、ノルディグ・サマーズ=ヤーベングルツからの挑発的なメッセージが、スクリーン上に再生されていた。


「…ましてや、貴公のように粗野で徳も無く、人生の研鑽も積んでおらぬ未熟者が、ナグヤ=ウォーダの新たな当主などとは笑止千万。戦場いくさばにて、その格の違いをご教授仕ろう」


 スクリーンの中で居丈高に放言するノルディグのホログラム。それを司令官席で行儀悪く片膝を立てて座るノヴァルナは、別段怒るふうもなく指先で首筋を掻きながら、眠そうな目で眺めている。

 対照的なのはそのノヴァルナの両側に控える『ホロウシュ』で、これが挑発であると見抜いているササーラやランといったリーダー格の者はともかく、あとの八名―――ナガート=ヤーグマー、ジュゼ=ナ・カーガ、サーマスタ=トゥーダ、タルディ・ワークス=ミルズ、ショウ=イクマ、カール=モ・リーラ、ガラク=モッカ、キスティス=ハーシェルはまだまだ血の気が多く、カンカンであった。皆、主君に対する忠誠心は自分こそが一番と考え、時にはそれが原因で喧嘩まで起こすほどの連中である。


「―――こちらは我の直率する第1艦隊のみで、以下の座標にて待つ。もし貴公に武人としての誇りがあるならば、あとは言わずとも知れよう」


 そう言い終えると、ノルディグのホログラムはその第1艦隊が待つという座標番号を残して消え去った。ノヴァルナはつまらなさそうに、大口を開けて欠伸あくびをする。そこへ若手の『ホロウシュ』達が詰め寄って来た。


「殿下! すぐに行って、叩きのめしてやりましょう!」


「このままじゃ、ナメられぱなしッスよ!!」


 などと口々に言い始めたその時、ノヴァルナの右側に控えるラン・マリュウ=フォレスタが小さくコホンと咳払いをし、左側に控えるナルマルザ=ササーラがジロリと『ホロウシュ』達をひと睨みして黙らせる。するとノヴァルナは不意に「んー…四十点てトコか」と言い放った。


「四十点?…なんスか、それ?」


 そう尋ねたのはナガート=ヤーグマーだ。


「点数だ、点数。敵の作戦の点数」とノヴァルナ。


「敵の作戦の点数? じゃあ殿下は敵の作戦を、すでに見抜かれてるんですか?」


 それは女性『ホロウシュ』のキスティス=ハーシェルだった。ヤーグマー達と同じく惑星ラゴンのスラム街出身だが、言葉遣いは一番上達している。


 キスティスの問いにノヴァルナは軽く頷いて、敵であるヤーベングルツ家の立てたであろう作戦を『ホロウシュ』の前で予想してみせた。


 敵ははじめからこちらの動きを掴んでいる。目的がモルザン星系の占領ならば、距離的にすでにモルザンに到着していなければならないからだ。それがこちらの動きに合わせ、このアーク・トゥーカー星雲で待ち受けているのは、こちらがヴァルツ艦隊と分離して行動している事を把握した上なのが明白だ。

 これはおそらくイマーガラ家のセッサーラ=タンゲンが裏にいて、キオ・スー家との連携を仕組んでの事だろう。キオ・スー家の哨戒網を使えば、こちらの位置情報も入手は容易である。


 そして会敵場所を指定して来たのは、キオ・スー家に知らせるためでもある。挑発的なノルディグのメッセージは広域発信されており、キオ・スー家でも傍受出来る。それはおそらく会敵場所となるアーク・トゥーカー星雲に、キオ・スー家の艦隊を呼び寄せる目的を兼ねているはずだ。


 ヤーベングルツ艦隊は二個艦隊はいるはずで、それを一個艦隊と偽って、挑発的なメッセージを送り付け、自分がそれに釣られて食いつき、ノコノコと現れたところを有利な戦力で叩く。こちらが敗走したところに、さらにキオ・スー家の艦隊が退路を断ってとどめを刺すつもりなのだろう。


 ノルディグの意図を説いたノヴァルナは最後に付け加えた。


「作戦自体は五十点てとこだが、今の見え見えな挑発メッセージのくだらなさで、マイナス十点てワケだ」


 ノルディグからの挑発メッセージは、ノヴァルナを人格攻撃する侮辱的なものである。日頃耳にするノヴァルナの傍若無人ぶりから、このようなメッセージを送り付ければ簡単に激昂し、怒りに任せて罠に飛び込んで来るに違いないと考えているのだ。


 ところが実際のノヴァルナはどこ吹く風、周りの親衛隊が挑発的なメッセージを見て、噴火寸前であるのに対して、退屈なご様子そのものであった。


 ノヴァルナにしてみれば、自分を世間一般の評価のままでしか見る事が出来ていない、ノルディグという人間の底が知れるような挑発の仕方に、むしろがっかりした気分だ。現実を重視し過ぎて、視野が狭くなっているのだろう。ナグヤ=ウォーダを見限ってイマーガラに寝返った辺りも、今の現実に鑑みた判断に違いない。だがその発端がノヴァルナが嫌いから来ていては、視野も余計狭くなる。


 ノヴァルナが敵の作戦について述べ終わると傍らに立つランが、フォクシア星人特有のふんわりとした尻尾を僅かに揺らし、控え目に尋ねる。


「では殿下。こちらの作戦は如何致します? キオ・スーの哨戒網に見張られているのでは、裏をかくのも難しいですが」


 ラン・マリュウ=フォレスタはノヴァルナの身辺警護役であると同時に、軍事においては副官、政治においては秘書官としての役割を与えられているので、ここでの発言は間違いではない。ランの問い掛けにノヴァルナは席を立ち、「んー」と背伸びしながら呑気そうに応じた。


「…いんや。全艦“怒りに任せて”敵の指定した地点に突進だ」


「は?」


 また訳の分からない事を言い始めたぞ…と、顔を見合わす『ホロウシュ』と参謀達。今しがた敵の意図を看破してみせたばかりだというのに、この命令である。

 真意を掴みかねている部下達の様子に、ノヴァルナは「アッハハハ!」と高笑いして、艦橋を出て行こうとする。そして立ち去り際に振り向いて軽く言い放った。


「じゃ、ひと眠りして来るぜ。センサーに敵の反応が現れたら起こしてくれ」




▶#09につづく

 

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