#03

 

 惑星シルスエルタは、ミノネリラ宙域との境界面近くのオ・ワーリ宙域側に位置する、サイロベスタ星系の第五惑星である。


 オ・ワーリ宙域の中でも比較的最近に開拓が始まった星で、サイロベスタはとある皇国貴族の荘園星系だった。つまりオ・ワーリ宙域内でもウォーダ家の領有ではなく、中立星系というわけだ。このような皇国の荘園星系は、銀河皇国の中央部とそれに近い周辺宙域に多く点在しており、例えば数か月前にノヴァルナが訪れた、中立宙域の惑星サフローなどもその類いだ。


 シルスエルタの人口はおよそ一億人。種族の構成比率としては、ヒト種ではなく、蟻のような触角を頭部に生やすアントニア星人が大半を占めている。また人口増加策として一般市民の間でもクローン猶子が広く推奨されており、一人のオリジナルに対し、十人のクローンが存在すると言われる。


 そして何よりこの惑星が特徴的なのは、生態系が独特である事だった。


 高さ数百メートルにも及ぶ巨木と無数に生える巨大なキノコが、熱帯から温帯までの気候区を埋め尽くし、鳥類とも昆虫類とも分からない生き物が、その間を飛び回っているような世界である。




 そしてノヴァルナはそこにいた。


 晴天の下、アントニア星人の文化の一端である、極度に曲線を多用した高層建築が立ち並ぶ街。その片隅の広場で、腕まくりをした両手を紫色のジャケットのポケットに突っ込み、黒のタンクトップと黒のスリムパンツ姿のノヴァルナが、頂点に奇妙なモニュメントを据え付けられた柱。広場を丸く囲んで立つ六本の円柱一つに寄り掛かっている。

 首からは三つの髑髏が輝く派手な金のネックレス。靴は小さな白い星を全体にちりばめた真紅のスニーカー。そして頭には白地に細い黒のストライプの中折れハット…今日もノヴァルナはいつもの調子のファッションだった。


 広場は待ち合わせによく使われるらしく、ノヴァルナの他にも人待ち顔の男女が、円柱を背に何人か立っており、また歩道の接続点でもあって人通りも多い。そんな中でノヴァルナの奇抜なファッションは、遠目からでもよく目立つ。

 そんなノヴァルナの視線の先を、この惑星特有の、羽が生えたクラゲのような生き物が二匹、ゆらゆらと飛んでいく。その奇妙な生物を目で追っていくノヴァルナの背中に、ノアの声が掛かった。


「ちょっと、ノバくん!」


「ノバくん言うな」


 ありきたりな「待った?」でも、ひと月ぶりの再会の「久しぶり」でもなく、いきなりいつもの流れから入る二人。ただ振り向いたノヴァルナが見たのはノアの呆れ顔だった。その理由はもちろん、ノヴァルナのファッションについてだ。


「なんなのよ、その恰好!」


「なにって、何が?」


「だから、あなたのその服のセンスよ」


 そういうノアは、淡いコバルトブルーのキャミソールの上に、ゆったりとした薄紫色のニットのチュニック。そしてクリームホワイトの六分丈ハーフパンツと、同色のスリッポン。左手には小ぶりなホワイトピンクのバッグ、耳には控え目な大きさのエメラルドのイアリング。首からはこれも小振りな三日月と星の銀製ペンダントと、目立ち過ぎない上品な若さを演出している。


 ノアに指摘され、ノヴァルナは自分の身なりを見回した。そして事も無げに言う。


「別に変じゃねーだろ?」


「変よ!」


「地味だったか?」


「そうじゃなくて!」


 あくまでもとぼけるノヴァルナにノアは少し苛立った声になった。するとノヴァルナは口をつぐんでノアの姿をじっと見詰めだす。これまでのパターンだと、次はくだらない事を言って、からかって来るに違いない。「なによ?…」と言葉を返し、身構えるノア。


 ところがノヴァルナはノアの姿を眺めたまま、屈託のない笑顔を浮かべてさらりと言い放つ。いや、屈託がないだけではなく、嬉しそうだ。




「おまえやっぱ、綺麗だよな」


「!!!!」


 途端にノアは周囲の気温が、五度は上昇したように感じた。なんでこの男はいつも、そういう雰囲気でない時を選んで誉め言葉を言うのだろう…素直に喜んでしまうと容易い女だと思われそうで、ノアはふてくされたような態度をとって視線を逸らし、「あ、ありがと…」とだけ応えた。ただその直後、こういった素直じゃない態度をとる事こそ、ノヴァルナの思う壺ではないのかと思い直し、後悔する。


 そこへノヴァルナの右手が伸びて来て、ノアの頭の上にボン!と置かれた。


「いたっ!…こら、また年上のお姉さんに、そんな生意気!」


 口を尖らせて抗議するノア。「アッハハハ!」と高笑いしたノヴァルナは、ノアの頭に置いた手を引っ込め、「いいから行こうぜ!」と言う。その目を見るとノヴァルナが再会を心から喜んでいてくれるのを感じ、ノアも口元を綻ばせた………


 ノヴァルナとノアが再会を果たして、街へ繰り出したその頃、サイドゥ家の本拠地イナヴァーザン城の一室では、その二人を狙う策謀が動き出していた。


 ノア・ケイティ=サイドゥの実家であるはずのイナヴァーザン城で、その彼女を狙うのは無論、実父のドゥ・ザンではない。広い部屋の一角に設けられた超空間通信機の前で、巨漢を窮屈そうに椅子に押し込み、大きな背中を見せているのは、ドゥ・ザンの長男ギルターツだった。

 ギルターツが睨む通信スクリーンには、惑星シルスエルタから届いた、電文が映し出されている。秘密裡に出発したノア姫を尾行させた、子飼いの情報部員からの暗号通信を解読した報告文だ。


 電文を目で読み終えたギルターツは、僅かに口元を歪めて呟いた。


「ふん。ようやく大うつけと会ったか…」


 ギルターツはホログラムキーボードを立ち上げて、次の指令を打ち込み始める。と、そこへ無造作に部屋の扉が開けられた。ギクリ!と肩を跳ね上げたギルターツが振り返る。

 視線の先にいたのは、ギルターツが二回りほどサイズを縮めた印象の若い男―――嫡男のオルグターツである。その両側には肌の露出が多めの衣装を身に纏った、同年代と思しき美しい男女が一人ずつおり、オルグターツはその二人の腰に両腕を回している。扉は男の方に開けさせたようだ。


「オルグ、扉を開ける時はノックしろと、いつも言っているではないか!」


 不機嫌そうに言うギルターツだが、オルグターツはそれを無視して、ゆっくりと歩み寄りながら呑気な口調で声をかけた。


「父上ェ。また何やら悪だくみかい? 好きだねェ」


 その軽薄な物言いに、ギルターツは顔をしかめる。オルグターツの態度はノヴァルナと似て、相手を小馬鹿にしているようだが、ノヴァルナがどこか計算して軽薄に振る舞っているように見えるのに対し、オルグターツの場合は単に何も考えていない感じがする。

 この時オルグターツは二十一歳。スキンヘッドの祖父、ドゥ・ザンへの当てつけというわけではないだろうが、クセの強い黒髪を肩まで伸ばしている。両性愛者であり、両側に侍らせているのが、男女それぞれの愛人の中の二人だ。

 またオルグターツはノヴァルナのように傍若無人であっても武に秀でていたり、イマーガラ家のザネルのように趣味に走っていても純朴という事はなく、我儘放題で遊び回るだけの、言ってしまえば放蕩息子であった。


「何の用だ!?」


 煩わしげに問い質すギルターツ。するとオルグターツは、二人の愛人の腰に回していた腕を肩まで引き上げ、寄り掛かるようにして前のめりの姿勢で告げた。語尾を変に転がす特徴的な喋り方だ。


「いやァ…俺もそろそろォ、自分のBSHOを作ろうと思ってねェ。サイバーリンクの深度適正も、検査じゃあ搭乗可能レベルだったしィ」


「どういう風の吹き回しだ?」


「カッコイイBSHO作ってェ、今から威厳って奴を高めるんさァ。なんせドゥ・ザンの爺様も父上も適正は不可だったからなァ、俺がサイドゥ家当主になりゃア、初のBSHO乗りだぜェ」


 またそのような事か…と、ギルターツは面倒臭げにため息をついて応じる。どうせ愛人の誰かが余計な事を言って、息子をその気にさせたのだろう。


「おまえはまだ当主などではないわ。わしですら家督を継いでおらんのに」


「だからァ、今から威厳を高めとくって言ってんだろォ」


「だったらまずは訓練を積んで、機体に相応しい乗り手になる事が第一であろう。それにサイドゥ家嫡流のBSHO乗りは、おまえが第一号ではない。すでにノアが自分専用の、『サイウン』を持っておる」


 ギルターツがそう言うと、オルグターツは不意に相好を崩し、何かを思い起こす目でニタリと笑みを浮かべた。


「ノアかァ…へへ、ありゃあイイ女だなァ」


 オルグターツが思い浮かべたのは、ノアの美しい容姿だった。そして「俺の愛人に加えたいもんだ…」と続けると、それを聞いたギルターツの不快げな表情が濃くなる。


「何を言っている。ノアはおまえの叔母だろう!」


 だがその叱りつける父親の言葉に、オルグターツは思いも寄らぬ言葉を返す。


「あ?…父上はドゥ・ザン爺様の子供じゃなくゥ、前の領主のトキ一族の子なんだろォ。それならその子供の俺とノアはァ、赤の他人じゃないかァ」


「!!!!」


 ギルターツは困惑した。自分の容姿が父親のドゥ・ザンとは似ていない事から、ドゥ・ザンが略奪した時すでに、旧主君の妻ミオーラ=トキが身籠っていた、旧主君リノリラス=トキの子供なのではないかという噂は、以前から領民達の間にまで広まっていた噂だ。ギルターツはその噂を利用し、ドゥ・ザンからの家督継承という形ではなく、旧主君リノリラスの実家、没落した名門貴族イースキー家の復興という形で、簒奪を目論んでいたのである


「どうせ父上は爺様を倒すつもりなんだろォ。普通に家督を継いだんじゃァ、トキの子供じゃなく、爺様の子供だと告げる事になるからなァ」


 遊び惚けてばかりだと思っていたオルグターツだが、こういった事には嗅覚が冴えるのか、直接伝えたわけでもないのに、父親の秘めた思惑をあっさりと見抜いて口にした。


「オルグ、おまえ…」


 どこからそれを知った?…と尋ねかけたギルターツだが、それより先にオルグターツはくだらない話を持ち出してくる。


「なァ…いいだろォ、父上ェ。ノアを俺にくれよォ」


 まるで玩具をねだる子供のようにノアを欲しがるオルグターツを、ギルターツは呆れた目で見据えた。一瞬鋭そうに見えたものの、やはり性根はこの程度かと肩透かしを食らった気分だ。ホログラムキーボードに指令の入力を終えて消去し、ゴホンと一つ咳払いをして告げる。


「さて。それは難しいかも知れんぞ…」


 なぜなら、今しがたギルターツがホログラムキーボードに入力し、惑星シルスエルタまでノア姫を尾行した情報部員に送った次の指令は、ノアとノヴァルナの殺害だったからであった………






▶#04につづく

 

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