#14

 

 不納得な声を漏らすササーラに、ノヴァルナは再び告げた。


「だから、何もしねーって。放っておく」


「はぁ…」ササーラも再び不納得げな声を漏らす。


「カルツェの奴がクラードの情報漏洩に気付いて、どうにかするのもよし。カルツェは気付かずにいて、クラード自身が我が身の過ちと職を辞するもよし…連中自身でどうするか見極めてみるさ」


 ノヴァルナにそう説かれ、ササーラは「なるほど」と引き下がった。しかしもう一人、ランはそれでも納得出来なかった。いや、納得出来ないというより、我が主君らしくない…と感じたのだ。いつものノヴァルナ殿下なら、ラゴンへ戻るや否やスェルモル城に自分から乗り込んで、事の顛末と責任の取り方を、カルツェとクラードに直接突きつけてやると言い出し、自分達がそれの引き留め役になるはずだからだ。


“それに今のノヴァルナ様の言葉…もう一つの選択肢を、わざと口になさらなかった”


 胸の内で呟いたランは、全周囲モニターに映るノヴァルナが乗った『シデンSC』を、不安そうに見遣った。ノヴァルナが口にしなかった選択肢―――それは“カルツェがクラードの情報漏洩を知っても、何もしない”というものである。自分をナグヤ=ウォーダ家の次期当主にするためだと知ったカルツェが、敵に情報を漏らしたクラードを許す…おそらくそれは、ノヴァルナ自身も認めたくない選択肢なのだ。


 果断な性格のノヴァルナも、一介の人間である事に変わりはなく、ましてやその中身はまだ十七歳の若者なのである。迷いや甘さが出て来てもそれは当たり前の事だ。これはすでにノヴァルナ自身が決めた結果であり、今はただ、その迷いと甘さの結果が将来に禍根を残さないように…と、ランは願わずにはいられなかった。


 するとそのようなところまで考えを置いていないササーラが、ランの気も知らずに興味深そうにノヴァルナに尋ねる。


「ところでノヴァルナ様。そのクラードの情報漏洩そのものは、どうやってお知りになられましたので?」


 その質問にノヴァルナは、いつもの不敵な笑みを取り戻して自慢げに告げた。


「ヘッヘー。そいつは秘密だ! しかし俺にもそれなりに人望ってヤツがあるって事ァ、教えといてやるぜ!」


「人望ですか…」


「あ? てめ、なんだササーラ。その奥歯に物の挟まったような言い方は?」


 いつもの調子に戻ったノヴァルナに、ランもつい笑顔になった。


 そこに先の女性『ホロウシュ』、キスティス=ハーシェルからノヴァルナの元に再度通信が入る。キスティスはスラム街上がりの若手『ホロウシュ』の中でも、一番早く丁寧な言葉遣いをマスターしていた。


「ノヴァルナ様。砲艦『グアナン15』の艦長が、スイング・バイを行う前にお礼を述べたいと申しております」


 それを聞いたノヴァルナは、「おう、繋げ」とキスティスに命じる。砲艦との連絡中継など、こういう事も考えてカージェスは、キスティスを砲艦直掩隊のリーダーに残したのであろう。

 即座に通信回線が開かれ、ノヴァルナ機のコクピット内に『グアナン15』の艦橋の映像が、ホログラムで浮かび上がる。無論、回線を繋ぐ事はキスティスを介さなくとも可能だが、それも儀礼というものだ。ノヴァルナ自身、面倒臭いとも思うが、将来的に自分の政権を支えさせる『ホロウシュ』に、あまり軽々しい面ばかり見せるわけにもいかない。


「ノヴァルナ殿下。『グアナン15』の艦長を拝命しております、ヴィルケン=スィルスと申します」


 慇懃に自己紹介する『グアナン15』の艦長に対し、通信が始まってしまうと、ノヴァルナはもう儀礼云々も忘れて、いつもの調子に戻ってしまう。


「おう、ノヴァルナだ。ヘルメットを被ったままで失礼するぜ」


「いいえ…この度は殿下御自ら、我等の救援にお出まし頂きました事、僚艦『レガーラ07』と共々、感謝の言葉もございません」


「おう、イェルサスは俺にとっちゃ、大事な身内だからな。気にすんな! キオ・スーの連中も、もう手は出して来ねぇだろうが、気を付けて行け」


 艦長が「御意」と頭を深く下げ、さらに何かを言おうとするが、ノヴァルナはその機先を制する形で、さらに言葉を続け、話を変える」


「ところでこの通信、そっちに乗ってるイェルサスと繋げれるか?」


「は?…はい、音声のみになりますが、インターコムの回線と接続すれば」


「んじゃ、頼むぜ」


 ノヴァルナの急な要請に、艦長は「お待ちを」と応じ、艦橋の映像が消える。そして十秒ほど経って、イェルサスの声が聞こえて来た。


「ノヴァルナ様?」


 ノヴァルナの不敵な笑みが大きくなる。ただその双眸は優しさを感じさせた。


「おう、イェルサスか!?」


「はい」


「約束通り見送りに来てやったぜ。サプライズイベント付きでな!」


「ありがとうございます!」


 砲艦『グアナン15』のラウンジで、大きく感謝の言葉を口にするイェルサスは、目の前にノヴァルナがいるわけでもないのに、直立不動になっていた。その姿にキノッサは思わず吹き出しそうになる。


「おう。俺が昨日言った事を忘れるな!」とノヴァルナ。


「はい! 僕、強くなります!!」


「どう強くなるッ!?」ノヴァルナは叩きつけるように問い質す。


「はい! ノヴァルナ様と敵として再会した時は、ノヴァルナ様をビビらせるぐらいに。ノヴァルナ様の味方として再会した時は、ノヴァルナ様が安心して背中を任せられるぐらいに強く!…強くなります!!!!」


 イェルサスの強い口調の返答を聞いたノヴァルナは、その笑みが不敵なものから凄みを増し、まるで戦場で敵将を見据えた時のような、攻撃的な眼光を纏ったものになる。


「よく言った!!!!」


 そう叫ぶノヴァルナはもし眼前にイェルサスがいれば、勢いに任せて本当にぶん殴っていたかもしれない。それは怒りや憎しみなどといったものとは、全く別…正反対の感情に根差したものである。ありたけの気持ちを込めて、ノヴァルナは告げた。


「行ってこい!!!!」





▶#15につづく

 

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