#18

 

 セルシュの執念が形になったように、旗艦『ヒテン』をはじめとしたナグヤ家第2宇宙艦隊の残存部隊は、猛然と艦砲と宇宙魚雷、そして対艦誘導弾を発射しながらタンゲンの本陣に向けて急進する。


「敵艦隊、方位314マイナス3。距離5万5千。主砲全砲門、てーーーッ!!!!」


「艦載機、発艦いそげ!!!!」


「敵BSI部隊、射程内。迎撃システム、撃ち方はじめ!!」


 だがやはり、ここまでほとんど無傷で侵攻して来たイマーガラ家の艦隊は、圧倒的だった。セルシュ艦隊に対応するためのBSI親衛隊の発艦に、多少の進撃速度の遅れこそ出しはしたが、ヒディラスとドゥ・ザンの本陣に向かうコースは揺るがない。


「もっと火力を集中させて距離を詰めろ! ぶつけるぐらいの気概を見せよ!!」


 セルシュの檄に第2艦隊は攻撃に激しさを増し、ようやくタンゲンの本陣部隊の外殻を成す重巡航艦が何隻か、隊列から脱落し始める。

 しかしそこに敵のBSI親衛隊が間合いを詰めて来た。セルシュ艦隊のBSI部隊が立ちはだかるが、ウォーダ家の量産型BSIユニット『シデン』は機数こそ倍以上ではあっても、機体性能でイマーガラ家の親衛隊仕様『トリュウSS』の敵ではなく、次々と撃破されて突破を許してしまう。


「左舷上方敵BSI、突っ込んで来ます!」


 セルシュの旗艦『ヒテン』の艦橋で叫ぶオペレーター。それに対して艦長は即座に対応を命じる。


「アクティブシールドは重力子ノズル周り以外に使うな。対艦戦闘に専念させよ。艦舷のエネルギーシールドと、迎撃システムで持ちこたえるのだ!」


 旗艦『ヒテン』の出力の高いエネルギーシールドなら、親衛隊仕様BSIの超電磁ライフル弾でもたやすく貫通出来るものではない。そうであるなら、今は多少の損害に目をつぶってでも、タンゲンの本陣を叩くべきだという艦長の判断だった。


 とは言え『ヒテン』以外の艦にそこまでの防御性能はない。回避運動に入りつつの攻撃に隊列は乱れ、タンゲン本陣に対する総合火力は落ちていく。


“やはりここは、我が出るしかないか…”


 そう考えたセルシュは、自らのBSHO『シンザンGH』の出撃を告げようとする。ところがそれは、電探担当のオペレーターの声に妨げられた。


「空間歪曲の兆候あり。何者かが我が艦隊付近に、超空間転移して来る模様! 位置は本艦右舷後方!」


 オペレーターの報告に、セルシュは“この期に及んでまた新たな敵か!”と、臍を噛む思いで艦橋の後方モニタースクリーンに目を遣った。もはや敵の更なる増援を相手取るだけの戦力は残されていない。『ヒテン』を含むナグヤ第2宇宙艦隊の右後方で強い輝きが起こり、白い光のリングが暗黒の円盤を作り出しながら大きく広がる。超空間転移航法用のワームホールだ。中から先行探査プローブが飛び出し、各艦の乗員達はそれに続く敵部隊の出現を、固唾を飲んで身構えた。


「来るぞ!」複数のナグヤの兵が異口同音に告げる。


 すると次の瞬間、ワームホールの中から一隻の輸送艦が飛び出して来た。


「なんだあれは?」


「一隻だけか!?」


「解析いそげ!!」


 兵士達がざわつく間にも、輸送艦は高速で第2艦隊に追いついて来る。


「接近中の輸送艦は、ロッガ家『バルーゼ』型輸送艦の改造型のもよう!」


「ロッガ家!!??」


「ロッガ家の輸送艦が、どうしてこんな所に!!」


「ロッガ家なら領域侵犯だ! 撃破しろ!!」


 タンゲンのBSI親衛隊との交戦中で、第2艦隊は全員が殺気立っており、面倒な状況で出現した輸送艦がロッガ家のものだと聞いて、攻撃を命じようとした。だがそれをセルシュが押しとどめる。


「待て! 下手に手を出すな。何かの罠かも知れん!!」


 その直後、輸送艦はIFF(敵味方識別表示機)を起動し、所属を家紋で示した。


「家紋確認、『七曜星団紋』! イーセ宙域独立管領クーギス家です!!」


 それを聞いたセルシュは、安堵と不審の入り混じった表情で輸送艦を見据える。宇宙海賊『クーギス党』はナグヤ家と協力関係ではあるが、この局面で輸送艦を送り込んで来た意図が読めないからだ。


 しかしその輸送艦―――『ラブリードーター』に乗っている者達にとっては、目的は明白だった。両舷の貨物室の扉が開き、宙雷艇を改造した2隻の海賊船と旧型ASGULの『ザルヴァロン』が攻撃艇形態で3機、船の護衛のために発進する。


 それを発見したイマーガラ軍の親衛隊BSI『トリュウSS』が2機、敵のナグヤ家の救援に来たのだと判断して襲撃行動に入った。だがその2機は護衛の海賊船達が迎撃に移るより先に、輸送艦の貨物室の中からの狙撃で爆発を起こす。


 その『ラブリードーター』の中から現れたのは、ライフルを手にした『センクウNX』と『サイウンCN』だ。


「ノヴァルナ・ダン=ウォーダ、『センクウNX』。行くぜぇッ!!!!」


 不敵な笑みで発進を告げたノヴァルナは、『センクウNX』で『ラブリードーター』の甲板を蹴り、宇宙空間に飛び出した。そしてノアに呼び掛ける。


「ノア!!」


「ノア・ケイティ=サイドゥ、『サイウンCN』。テイクオフ!」


 すぐさま『センクウNX』のあとに続くノアの『サイウンCN』に、ノヴァルナは小気味良さを感じると、前を振り向きざまに超電磁ライフルを一連射、前方でナグヤの重巡航艦を狙っていたイマーガラ軍の『トリュウSS』をぶっ飛ばす。


「そぉら! 景気づけだ!!」


 そう叫んだノヴァルナはコクピットのIFF起動スイッチを入れ、同時に自らの家紋を表示させた。ナグヤ=ウォーダ家嫡流の証である金色の『流星揚羽蝶』が、全ての艦の対象モニターに力強く浮かび上がる。


「!!!!!!」


 その家紋をの当たりにしたセルシュは、『ヒテン』の司令官席から飛び上がるようにして突っ立ち、言葉を失った。


「ノっ!…ノヴァルナ殿下の『センクウNX』です!!!!」


 複数のオペレーターが叫んだその直後、戦場の全ての動きが瞬間的に停止する。敵も味方も受け入れ難い事実を突きつけられたためだ。


「わ…か…?」


 戦術状況ホログラムに映し出された金色の『流星揚羽蝶』と、『センクウNX』の識別信号を見詰めたセルシュが、ようやく声を絞り出して呟く。すると全周波数帯で通信回線を開いたノヴァルナは、その代名詞とも言える高笑いを弾けさせた。


「アッハハハハハハハハ!!!!!!」


 これまでにノヴァルナの実物なり映像なりを見た者は、誰もが知るその高笑いを聞き、セルシュは無論の事、当然父親のヒディラス、さらにウォーダ家の宿敵ドゥ・ザンと、誰よりノヴァルナという人間を警戒していたセッサーラ=タンゲンは、これが現実の出来事であると認識する。


「若っ!」とセルシュ。


「ノヴァルナか?…ノヴァルナなのかッ!!??」とヒディラス。


「ナグヤのノヴァルナだと!!??」とドゥ・ザン。


 そして最も動揺を見せたのはタンゲンだった。


「そんなッ!! そんな馬鹿な事があるか!!!!…あってたまるかぁッッッ!!!!!!」


 だが傍若無人のノヴァルナはお構いなしだ。


「ナグヤのノヴァルナ。サイドゥ家のノア姫と、時空の果てからご帰還だぜ!!」


「もう。その無駄に高いテンション、何とかならないの!」


 ノヴァルナの横柄な態度に小言を挟みながらも、ノアは『サイウンCN』を『センクウNX』と寄り添わせ、こちらもサイドゥ家嫡流の証の、金色の『打波五光星団紋』を表示させる。それを見てドゥ・ザンは膝から崩れ落ちそうになった。


「サイドゥ家のノア! ナグヤのノヴァルナ殿と共に帰って参りました!!」


 ノヴァルナのように傍若無人ではないが、ノアもきっぱりとした口調で自分の生還を、戦場に知らしめる。


「ノアが…我が娘が帰って来た…帰って来たぞ、ドルグ!!」


 家のための政略結婚などと冷徹な計算をしていても、やはり愛娘は愛娘である。声を上擦らせる“マムシのドゥ・ザン”に、腹心のドルグ=ホルタも「お館様…」と応じるので精一杯だった。


 その間にもノヴァルナとノアの操縦するBSHOは寄り添ったままで、セルシュの乗る『ヒテン』を追い抜いて行く。


「わっ…若!!」


 思わず司令官席の通信ホログラムを起動させて呼び掛けるセルシュに、ノヴァルナは陽気な声で応じる。


「おう、爺か! そろそろ爺の怒鳴り声が聞きたくなってなぁ。帰って来たぜ!!」


 セルシュに先を越された形となったヒディラスも、動揺を隠せない口調で『センクウNX』に通信を入れて来る。


「お、おおお、お主! 本当にノヴァルナなのか!?」


 それに対し、ノヴァルナは「アッハハハ!!」と再び高笑いして言葉を返した。


「オヤジ殿のその狼狽した声を聞けただけでも、帰って来た甲斐があるってもんよ!!」


 押しも押されぬナグヤ=ウォーダ家の現当主ヒディラスに、そのような減らず口を叩くのはやはりノヴァルナしかいない。するとその直後、怒号交じりのセッサーラ=タンゲンの命令が、イマーガラ軍の全部隊に発せられた。


「ええい!! 今更オ・ワーリの大うつけが帰って来たところで、この状況で何が出来ようものか!! 数で押し包め!! 分断し、戦力差をもってすり潰すのだ!!!!」


 確かにタンゲンの言う通り、現実的にはナグヤ家とサイドゥ家は、もはや風前の灯火である。ヒディラスとドゥ・ザンの本陣部隊は優勢なイマーガラ軍に包囲され、その他の両家の艦隊も、大損害を受けている。そしてノヴァルナとノアの元には、セルシュ艦隊を攻撃していたタンゲンのBSI親衛隊が殺到して来た。





▶#19につづく

 

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