#14

 

 ドゥ・ザンの命令でサイドゥ家本陣の戦艦13隻は、右舷下方へ針路を変えながら主砲射撃を開始する。互いがすれ違いざまに砲火を交える“反航戦”だ。ヒディラスの本隊中心に位置する戦艦部隊も主砲を撃ち返す。サイドゥ艦隊の青い曳光ビームとウォーダ艦隊の黄緑の曳光ビームが交差し、互いの戦艦が展開するアクティブシールドに激突した。


 分離して突撃を仕掛けようとするヒディラス本隊所属の宙雷戦隊だが、ドゥ・ザンの本陣から発進した親衛隊仕様のBSI『ライカSC』12機が行く手を阻む。漆黒の宇宙空間に閃光の花が咲き乱れ、超電磁ライフル弾を喰らった軽巡と駆逐艦が次々に砕け散る。


 その間に有効打撃を得られないまま航過を終えた双方の本陣は、同時に反転し、再度の反航戦に持ち込もうとした。対艦誘導弾を発射しながら転進する。

 大昔の水上艦艇による惑星上の海戦とは違い、宇宙空間での対艦誘導弾の遠距離からの発射は、それほど脅威とはならない。標的となる艦艇の最高速度が、誘導弾を上回ってしまっているからである。従ってこの距離での発射は牽制の意味合いが強い。警戒すべきはより高性能の宇宙魚雷だが、それを搭載する宙雷戦隊は、ドゥ・ザンのBSI親衛隊に動きを封じられていた。


「全艦回頭完了!」


「対艦誘導弾、多数接近!」


「CIWS、対誘導弾迎撃戦。撃ち方はじめ!」


「敵艦隊、距離詰まる!」


「主砲、てーーーッ!!!!」


 報告と指示の飛び交う中、迎撃用小口径ビーム砲の攻撃に爆発する対艦誘導弾の光に照らされたヒディラスとドゥ・ザンは、それぞれに指揮下の戦艦群が放った主砲射撃に、歴戦の武将としての手応えを感じた。

 その直後、ガガガンッ!という激しい轟音と衝撃が互いの座乗艦を包む。ヒディラスは口を真一文字に結んで、司令官席の肘掛けを鷲掴みにし、体を支える。


「左舷に被弾! 直撃弾二! 外殻第二層まで貫通!」


「第六電探調整室、第十二、十四士官居住区画に損害。隔壁閉鎖!」


「アクティブシールド三基破壊!」


「戦艦『ザラクレス』『トラリラル』中破!」


「ダメージコントロール急げ!」


 総旗艦の大口径主砲の撃ち合いだけあって、通常の戦艦ならば数発は耐えられる『ゴウライ』のアクティブシールドも、至近距離の二発は耐えられなかった。だがヒディラスが求めたのはドゥ・ザンの艦に与えたダメージだ。


「ドゥ・ザンの艦は!?」


 ヒディラスの問いに、敵の状況を確認した参謀の一人が報告する。


「ドゥ・ザン殿旗艦には直撃弾三を得たもよう。敵艦隊は航過後に、055プラス11に変針。双方とも主砲射撃は継続中です」


「なに?」


 それを聞いたヒディラスは眉をひそめた。こちらから離れる敵のそのコースへの変針は予想外だ。反射的に戦術状況ホログラムに目を遣ってようやくその意図に気付く。ドゥ・ザンの本陣艦隊が針路を変更した先では、本陣から分離した巡航艦部隊が、モルザン星系防衛艦隊と交戦していたのだ。戦況は互角のように思われたが、そこにドゥ・ザンの本陣戦艦群の先頭を行く二隻が遠距離から艦砲射撃を加え始める。

 数隻の大型砲艦がたちまち爆発の閃光を噴き出し、戦況はドゥ・ザンの巡航艦部隊に傾きだした。大型砲艦はアクティブシールドを装備しているが、巡航艦部隊との交戦に使用しており、別方向からの突然の遠距離射撃に対応が遅れたのである。


「うぬ、ドゥ・ザン!…最初の反航戦で下方に潜り込みをかけたのは、最短でこの針路を取るための布石だったか!」


 またしても“マムシのドゥ・ザン”にしてやられた…という思いに、ヒディラスは苦々しい表情を浮かべた。戦力差を埋めるために機動戦を挑んだつもりが、こちらから各個撃破の機会を与えてしまった。縦深陣に突っ込んで機動戦で大損害を受けた、四ヶ月前のカノン=グティ星系会戦とは真逆の展開だ。星系防衛艦隊が潰されると、敵の巡航艦部隊までがこちらに向かって来る事になる。


「追撃急げ!」


 ヒディラスが唸るように発した命令に従って、ナグヤ家本陣艦隊はドゥ・ザン本陣艦隊の追撃を開始した。だがやはりドゥ・ザンは一枚上手である。それはオペレーターの切迫した報告によってもたらされた。


「左舷上方より、敵第1遊撃艦隊が接近して来ます!」


 サイドゥ家第1遊撃艦隊―――ドゥ・ザンの懐刀であるドルグ=ホルタの率いるその艦隊は、先に撤退したキオ・スー家のディトモス艦隊が統制DFドライヴを行おうとしていたところを襲撃し、小さくない損害を与えていた。それがドゥ・ザン艦隊の動きに呼応して戻って来たのだ。針路はヒディラス本陣とドゥ・ザン本陣の間に、単縦陣で割って入るコースを取っている。ドゥ・ザンが用意していた切り札がこれだった。二重三重の陣立てで畳み掛けるのが、“マムシのドゥ・ザン”の得意とするところである。


「く…こちらの宙雷戦隊は!?」


 オペレーターに問い質すヒディラス。突撃して来た敵のホルタ艦隊からの主砲射撃に、『ゴウライ』が揺れる。


「敵BSI親衛隊と激戦中!」


 オペレーターの返答はヒディラスが期待したものではなかった。“激戦”とは即ち苦戦している事であって、事実、ヒディラス本隊の宙雷戦隊はドゥ・ザン本陣のBSI親衛隊に軽巡3、駆逐艦6もの喪失艦を出している。対する戦果は親衛隊仕様『ライカSC』を僅か2機撃破しただけだ。

 そしてヒディラスの味方である弟ヴァルツの艦隊も、一門のウォルフベルド=ウォーダ艦隊も、臣従する独立管領デュセル=カーティスの艦隊も、自らより優勢なサイドゥ艦隊を引き付けて苦闘していた。状況は悉く芳しくない。


“ふむ………”


 となると、命の賭け時が来たか―――ヒディラスは覚悟を決めた顔になると、眼光鋭く命令を下した。


「全艦全速前進! 敵第1遊撃艦隊の横腹を食い破り、ドゥ・ザンの本陣を衝く!」


「むっ!!??」


 ヒディラス戦艦部隊の一斉突撃に動揺したのは、ドルグ=ホルタである。護衛艦無しの戦艦群が突っ込んで来るとは予想しなかったのだ。ホルタ艦隊の巡航艦や駆逐艦が宇宙魚雷を放つが、ナグヤ家の戦艦は損害をものともせず、主砲射撃を繰り返しながら突き抜けて行く。


「ぬかったわ! 進路変更! 敵本陣艦隊と同航戦に持ち込め!」


 なまじ戦巧者であるがゆえの深読みのし過ぎに、ドルグ=ホルタは苦虫を噛み潰したような顔で声を荒げた。命令を受けた指揮下の艦隊は慌てて左方向へ舵を切り始める。するとそこに、ナグヤ家のBSI部隊が駆けつけて来た。“鬼のサンザー”ことカーナル・サンザー=フォレスタの率いる最精鋭の中隊が、迎撃に当たったヒスルヴォ=ゼノンゴークのBSI部隊を振り切る事に成功したのだ。


「かかれ!」と吼えるサンザー。


 サンザーのBSI部隊は後方からドルグの艦隊に襲い掛かり、瞬く間に駆逐艦4隻を血祭りに上げる。これにはドルグだけでなく、ドゥ・ザン=サイドゥも舌打ちせずにはいられなかった。


「BSI親衛隊を呼び戻せ!」


 このドゥ・ザンの命令をきっかけに、戦場は一気に混乱し始める。隊列は乱れ、互いの距離が縮まって『ゴウライ』と『ガイライレイ』も、撃ち合いを開始した。




そしてそこに出現したのが、セッサーラ=タンゲンの大艦隊である―――





▶#15につづく

 

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