#18

 

 程なくしてタイムリミットが訪れ、ノヴァルナは『デラルガート』の、対消滅反応炉暴走自爆プログラムが起動した事を確認した。


 ノヴァルナの『センクウNX』のコクピットを覆う全周囲モニターには、視界の下方に真夜中の海を思わせる、真っ黒な事象の地平が広がっている。その彼方には超高速で周囲を回りながら吸収される乳白色の星間ガスが、裸眼で見ると網膜が焼け付きそうな程に、まるで断末魔の叫びの如く激しく輝いていた。


 ノヴァルナとノアがこの宙域まで飛ばされるきっかけとなった、サイドゥ家御用船『ルエンシアン』号の時は、緊急回避的に反応炉を強制暴走させ、コアを超電磁ライフルで撃ち抜いて時空破断を発生させたのだが、今回は予め暴走自爆のプログラムを製作する時間があったため、あとはそれを起動させるだけで事が済む。


 『センクウNX』のコクピット内に幾つも浮かぶ、情報ホログラムには、現在の艦や機体、事象の地平の状態が数値とグラフで表示されている。そのどれもがシミュレーションと照らし合わせても想定内だった。問題は艦の自爆より、オーク=オーガーの要らぬ介入で、エンダー夫妻の離脱が出来なくなったという事態だ。


「ノヴァルナ!」


 反応炉が暴走を始めた『デラルガート』から発進した、『サイウンCN』のノアから通信が入る。それを迎えた『センクウNX』は、『サイウンCN』と向き合った。


「ノア。大丈夫か?」


「ええ、ありがと。で、自爆までは?」


 アッシナ家の戦艦『ヴァルヴァレナ』の中で、お互い命がけで再会を果たした時に比べれば、同じ命がけであっても、何ともあっさりとしたやり取りだが、それはすでに互いが戦場で命を預け合える間柄になった証とも言える。


「3分後にセットしてあるはずだ。カールセン達は?」


 そこでノヴァルナの問いに答えたのは、ノアではなくカールセン本人だった。


「いま艦を出る!」


 その直後、シャトル格納庫の近くに設けられているポッドステーションから、球状の脱出ポッドが1機、勢いよく打ち出される。カールセンとルキナが乗った脱出ポッドだ。それを視認したノアは、ノヴァルナに呼び掛けた。


「ノヴァルナ!」


「おう。わかってる!」


 二人はBSHOのスロットルを開き、射出された脱出ポッドの元へ向かう。


 脱出ポッドの所へは、ほんの十数秒で到着する。ノヴァルナとノアは同時にコクピットのクロノメーターに目を遣った。自爆プログラムが起動してから、時限爆発まで2分06秒である。今頃『デラルガート』の対消滅反応炉は、暴走状態で白熱化しているはずだ。


 ノヴァルナの『センクウNX』とノアの『サイウンCN』は、脱出ポッドを真ん中にして向かい合った。二機は即座に重力子ジェネレーターの出力を、最大にまで引き上げる。


「ノア、重力子フィールドを最大出力で同調。あの時と同じだ」


「了解。任せて」


 最大出力で重力子フィールドを同調展開した二機のBSHOは、黄色く輝く光の繭に包まれていく。ノヴァルナとノアの意図に気付いたカールセンは、脱出ポッドの中からの通信で問い質した。


「ノバック。まさか俺達も一緒に、トランスリープするつもりか?」


「おう。ブラックホールに飲み込まれるよりはマシだろ!」


 そう告げたノヴァルナの言葉を、ノアが捕捉する。


「この1589年の時空の存在であるあなた方だけでは、1555年の時空へのトランスリープは不可能ですが、1555年の時空の存在である私達と共になら、それが可能となるはずです」


 それはこの世界に飛ばされて来て、トランスリープ現象による疑似タイムスリップを、独自に研究していたノアが得た推論の一つであった。ただ当然、推論であって検証された事実ではない。だがその可能性に賭けること以外に、カールセンとルキナが助かる方法が残されていないのは確かだった。


 ノアの捕捉を聞き、同じく次元物理学の知識があるルキナは頷いて、夫に振り向く。


「ノアちゃんの推論は正しいと思うわ。でも体はトランスリープ出来ても、命自体がトランスリープ出来る可能性は半々ね」


 覚悟を決めましょう…そう言っている妻の眼に、カールセンは微笑みで同意した。そして手を取り合ってノヴァルナとノアに通信で告げる。『デラルガート』の自爆まで、あと10秒を切った。二機のBSHOはすでに事象の地平上にあり、その足元で『デラルガート』が超重力によって押し潰されていく。


「おまえさん達がここに来る時の生存確率は、10パーセント以下だったんだろ?…なら半々でも充分さ。礼を言うよ」




「済まねぇ…」


 カールセンの言葉にノヴァルナが短く応えた直後、四人の機体と意識の全てを、真っ白な閃光が飲み込んだ………




「まさか、あの子が本当に過去から来た、関白殿下だったなんてねぇ…」


 戦艦『アング・ヴァレオン』の艦橋に立つセシル=ダンティスは、艦橋の窓の右舷側を並航するダンティス軍総旗艦、『リュウジョウ』のマーシャル=ダンティスとの通信で、いまだ半信半疑といった表情をした。あの子とは無論ノヴァルナの事である。


「俺だって、まだ信じちゃいないがな」


 司令官席に座るマーシャルは行儀悪く脚を投げ出し、袖まくりした右腕を突き出して、『ゲッコウVF』で戦った時に受けた打撲箇所に、女性副官のリアーラ=セーガル少尉の手で治癒パッドを貼らせていた。


 ダンティス軍は敗走するアッシナ軍残存部隊への追撃速度を緩め、散り散りになった各艦隊の再編成中である。

 苦戦の末に掴み取った大勝利だった。アッシナ家は艦隊戦力を半減さた上、政務の柱の筆頭家老ウォルバル=クィンガや、四天王の一角サーゼス家の当主親子をはじめとして、多くの人材を喪失した。セターク家から派遣された側近の一人、スルーガ=バルシャーも旗艦変更の際に行方不明となったままだ。


「それで、あの子達は元の世界に帰れたの?」


「たぶんな。しかし、惜しい事をしたぜ」


「あの子の事?…殺しておけば良かった、とか?」


「いや、アイツを殺しても、この世界の関白は消えねえらしい」


「殺そうとはしたんだ」


「それはまぁ、置いといて…だ」


 マーシャルの言い草にセシルは苦笑する。きっと本人相手の悪い冗談でも、半分は本気だったに違いない。辺境の独眼竜とはそういう男だと、セシルは理解していた。


「帰さねえで俺の部下にして、コキ使ってやりゃあ良かった…と思ってな」


 これもまたマーシャルの本音であろう。軍全体を統括する副将のセシルとはまた別の、懐刀的な部下が欲しいという気持ち。それがノヴァルナに助けられた今回の戦いで、一層強く感じられたのだ。


「なんなら、求人広告でも出してみる?」とからかうセシル。


「ふん。その辺はギコウの城を叩いてから、考えてみるさ」


 治癒パッドを貼り終えたリアーラに軽く頷いて謝意を伝え、下がらせたマーシャルは、アッシナ家本拠地のワガン・マーズ星系進攻に向けて、再編されつつある自らの大艦隊を眺め、「急げ。敵が立て直しきる前に、クローカー城を落す!」と命じる一方、胸の内でノヴァルナに告げた。




“あばよ。元気でな、クソガキ”






▶#19につづく

 

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