#16
下品な笑い声に次いで、艦橋のメインモニターにイノシシのような頭をした、ピーグル星人のオーク=オーガーの姿が映し出される。場所は恒星間シャトルの狭いキャビンで、アイボリーホワイトの内装の中、茶褐色の肌で両腕を垂らした、上半身裸のオーク=オーガーの姿は一層際立って見えていた。
「カールセン、そしてクソ生意気なガキ。また会ったなぁ…」
「オーク=オーガー!」
「ゲヘヘ。まずはコイツを見てもらってから、話をしようじゃねえか」
薄笑いを浮かべオーガーはカメラの前で後ずさりする。そして垂らしていた両腕を肩の高さまで掲げると、その両手に握っていたものを見せつけた。そこにあったものにノヴァルナとカールセンは愕然とする。ノアがオーガーの右手に、ルキナが左手に、それぞれ頭髪を無造作に鷲掴みにされていたのだ。手足を紐のようなもので括られた二人の頬には、紫色の痣がある。平手打ちなどで叩かれたのだろう。
「ノア!!!!」
「ルキナ!!!!」
自分のパートナーを叫ぶノヴァルナとカールセン。パイロットスーツに全身を包まれたノヴァルナの右手が拳を握り、ギュウと音を立てる。
「オーク=オーガー。生きていたのか!!??」
カールセンは必死に気持ちを落ち着け、対策を練る時間を得ようと問い質す。それに対してオーガーは、猪のそれに似た鼻を「ぶふ」と鳴らして応じた。
「ああ。そこのガキに船外作業艇に放り込まれて、宇宙に投げ出されたんだが、運よく目の前にこの船があってな。甲板に開いてた穴に飛び込んだって寸法だ。しかしてめえらの船だったとは、よくよく縁があるってもんだぜ」
それはノヴァルナがノアを助けるため、アッシナ家のスルーガ=バルシャーの旗艦である『ヴァルヴァレナ』に、単身乗り込んだ時の出来事であった。格闘の末にノヴァルナは船外作業艇の中へ転がり込んだオーガーを閉じ込め、そのまま宇宙に射出したのだが、近くには損傷した『デラルガート』がおり、オーガーは船外作業艇を操縦して『デラルガート』交戦で受けた破孔から艦内へ侵入、応急修理で破孔が塞がれ、空気が循環した事で艇の外へ逃れる事が出来たのだ。
「艦につまらねぇ細工をしたのはてめぇか、ブタ野郎!!」
感情的に言い放つノヴァルナ。ただその内心はカールセン同様感情を制御出来ており、軽くカールセンを小突いて、手元のモニターに目を遣るよう視線で促した。
ノヴァルナが促したモニターには、今のコースと速度でブラックホールに突入した場合の、対消滅反応炉の暴走自爆までの残り時間が表示されていた。メインコンピューターに行わせていた再計算が終了したのだ。シャトルの発進まで7分。対消滅反応炉の暴走自爆までは12分である。いずれもあまり時間は残されていない。
さらにノヴァルナは、再びカールセンの脇を小突いた。カールセンが視線を下げると、ノヴァルナの親指が合図を送る。指は後方を指し示し、“自分が二人を助けに行く”という意味にカールセンは受け取った。次にノヴァルナはカールセンと視線を合わせ、その瞳をモニター画面に送る。“時間を稼げ”という意味だとカールセンは理解した。
カールセンが微かに頷き、了解するのを確認したノヴァルナは、NNLを使って『センクウNX』のSSP(サバイバルサポートプローブ)を呼び出す。暴走自爆の際に艦を離脱して、熱力学的非エントロピーフィールドに飛び込むため、『デラルガート』の底部格納庫で待機状態あった『センクウNX』のコクピットのパネルの輝点が増し、同時に頭部のセンサーアイが緑色に輝き始めた。
ノヴァルナとカールセンの動きに気付かず、オーガーは勝ち誇ったように言う。
「なんのつもりか知らねえが、この船がブラックホールに向かってるのを知ったんでな。アンドロイド共がいなくなったのを見て、予備航法室でちょいと遊ばせてもらったのさ」
「貴様…」
とカールセンは歯を食いしばった。オーガーはさらに続ける。
「というワケで、このシャトルは俺が頂く。てめえらはこのまま、ブラックホールに飲み込まれちまうがいい!」
「なに!」
「てめえらの女の命が惜しかったら、格納庫の扉を開けてこのシャトルを発進させろ、と言ってるのさぁ!!」
シャトル格納庫の扉は、艦内からでないと開閉出来ない仕組みとなっている。オーガーはそれを見抜いて命じているのだ。その一方、底部のBSI整備用格納庫では、『センクウNX』がノヴァルナのNNL制御で無人状態のまま歩き出し、アッシナ家との戦闘の際に閉じ込められたのを、ポジトロンパイクで扉を切り開いた箇所へ向かっていた。
「急げ! 何なら片方の女を今ここで、ひねり殺してもいいんだぜ!!」
怒鳴ったオーガーは、左手で髪を引っ掴んだルキナの頭を、荒々しく突き出す。
思わぬ窮地であった。オーガーの乱暴な扱いに、ルキナは「うう…」と弱々しく声を漏らす。怪力のオーガーにかかれば、女性の細い首などひと捻りで折られてしまうだろう。
「ルキナ!」
妻の痛々しい姿に、カールセンは身を乗り出した。
「急げっつってんだ、カールセン! てめえの嫁が死ぬぞ!!」
オーガーの更なる脅迫を受け、こちらを振り向くカールセンにノヴァルナは視線を合わせて頷く。それは単なる同意ではなく、ノヴァルナ自身も準備が出来た事を示していた。
「わかった! 扉を開ける。操縦席で待機しろ」
「ああ。おかしな真似をするなよ、てめえら!」
そう言ったオーガーは、二人の人質を床に放り出して通信を一旦切る。操縦室に移動するためだ。その通信を切る間際の、オーガーが人質を手放した行動をノヴァルナは見逃さない。そしてすぐにヘルメットを引っ掴んで艦橋を駆け出た。向かった先は艦橋近くの船外ハッチへ通じるエアロックである。そのさらに先の宇宙空間には、すでに底部BSI格納庫を自動発進した『センクウNX』が、コクピットを開いて浮かんでいる。
一方、操縦席についたオーガーは計器類の最終チェックを行いながら、再びカールセンと通信回線を開いた。操縦室からの通信は音声のみだ。
「よし。カールセン、扉を開け」とオーク=オーガー。
恒星間シャトルの重力子エンジンが、出力の上昇で甲高い金属音を高めていく。カールセンは命令通り動いており、前方の格納庫の扉がゆっくりとスライドし始めた。
「オーガー。ルキナとノアは無事なんだろうな?」
カールセンが尋ねると、オーガーは牙を剥き出して陰湿な笑みを浮かべる。
「心配すんな。二人ともキャビンの床に転がったままだ。今生の別れの挨拶をさせてやりてえが、あいにく全員、手が塞がっててなぁ。グハハハハ!」
「てめぇ、ブタ野郎! 二人を返せ!」
それはノヴァルナの声である。だがこの時ノヴァルナは艦橋にはいなかった。『センクウNX』のコクピットから通信を割り込ませていたのだが、音声通信のみのため、オーガーは気付かなかった。自分に多大な損害を与えた憎たらしい少年の罵倒も、自分が勝利者となった気でいるオーガーには、悪足掻きとして心地よく聞こえ、「グワッハハハ!」と、殊更大きな笑い声を発する。無論、ノヴァルナがわざと悪足掻きをしている事を知るはずもなかった。
▶#17につづく
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