#01
オ・ワーリ宙域に侵攻した、トーミ/スルガルム宙域星大名イマーガラ家の宰相、セッサーラ=タンゲンが率いるイマーガラ家宇宙艦隊約二百隻。
それを追いに追い、ナグヤ=ウォーダ家次席家老セルシュ=ヒ・ラティオが司令官代理を務める第2宇宙艦隊は、どうにか0.1光年後方まで追い縋って来ていた。
ほぼすべての外宇宙艦隊が、ミノネリラ宙域のサイドゥ家侵攻部隊の迎撃に狩り出されている現在、イマーガラ艦隊を恒星間で機動捕捉して攻撃が可能なのは、このセルシュのナグヤ第2艦隊だけである。
だがイマーガラ艦隊には、通信妨害能力を有する潜宙艦―――高々度ステルス艦が複数随伴しているらしく、イマーガラ艦隊を中心に広範囲が通信妨害に晒されて、今の危機的状況を主君のヒディラス・ダン=ウォーダに通報する事が出来ないままだった。
「現在の位置は?」
ナグヤ第2艦隊旗艦『ヒテン』の艦橋で、セルシュが参謀に尋ねる。
「は。現在位置は銀河標準座標38903436S付近…MY-50840星系を過ぎ、宙域外周から首都星系オ・ワーリまで、およそ八百光年入った辺りです」
「ふむ…」
参謀の返答にセルシュは眉間に皺を刻み、司令官席で腕組みをする。このままイマーガラ艦隊を追尾するだけでは、通信妨害の範囲から抜け出せない。そしてDFドライヴをイマーガラ艦隊が繰り返せば、あと一日半でカーミラとそこから約1.5光年離れたシーモアの、二つの首都星系のいずれかを襲撃出来る位置に達するだろう。
「高速巡航艦でしたら、イマーガラに先んじて首都星系に通報する事が可能ですが」
セルシュの考えを読んだ別の参謀が意見を述べる。足の速い巡航艦でイマーガラ艦隊を追い越せば、潜宙艦による通信妨害圏から脱して敵接近の通報が可能となる。
カーミラにもシーモアにも恒星間航行能力はないものの、強力な火力を有する砲艦で編成された星系防衛艦隊がいるが、それとて事前に通報がなされないまま奇襲を受ければ、二百隻を超える敵艦隊に対抗するのは難しい。
ただセルシュの不安はイマーガラ艦隊を指揮するのが、智将の名高いセッサーラ=タンゲンである事だった。アージョン宇宙城攻防戦でまんまと出し抜かれたように、こちらが高速艦で事前通報するのを見越して、何かの手立てが準備されている気がするのだ。杞憂であればよいが、ここまでの戦いを顧みるとそうは思えない。
セルシュがそれを口にすると、また別の参謀が意見を述べる。
「ではアイノンザン星系のヴァルキス様にも、一報を入れるのはいかがでしょう? ここから比較的近くですし、部隊を出撃させれば牽制に使えるのでは…」
アイノンザン星系を領有するヴァルキス=ウォーダは、ノヴァルナの父ヒディラスの弟の一人であるヴェルザーの息子で、ノヴァルナの従弟に当たる独立管領だった。年齢的には二十一歳でノヴァルナより年上になる。
ただそのヴェルザーは先日、ヒディラスに従ってドゥ・ザン=サイドゥが納めるミノネリラ宙域に侵攻した際、猛反撃を受けたカノン=グティ星系会戦で戦死、配下の艦隊も潰滅的な打撃を受けていた。
これによりヴァルキスが急遽家督を継ぐ事となったため、いまだ家中の混乱が収まっておらず、艦隊戦力も再建が始まったばかりであるため、今回のサイドゥ家との戦いには参加出来ない状況にあった。
そのアイノンザン星系はこの位置からならばそう遠くはなく、セルシュに意見した参謀は小戦力であっても、ヴァルキスの隊でイマーガラ艦隊の目先を逸らす事が出来るのではないかと考えたのだ。
だがセルシュはその意見に否定的な見解を示した。戦力として考えるには今のアイノンザン星系軍は小さ過ぎるうえに、新当主のヴァルキスが父ヴェルザーを死地に追いやったヒディラスと、ナグヤ=ウォーダ家に対して良い感情を抱いていないためである。
そんな時、『ヒテン』の電探士官が報告の声を上げる。
「イマーガラ艦隊に超空間転移の兆候あり!」
それを聞いたセルシュは思考を重ねるのをやめ、即座に命令を下した。
「転移方向のデータ取得に備えよ。我が艦隊も即時DFドライヴの用意!」
そう大声で命じておいて、さらに参謀達に指示を出す。
「いずれにせよ通報は必要だろう。おそらくこの転移が終われば、敵の進撃コースが確定するはずだ。多少のリスクはあってもコースが確定してのち、高速巡航艦でオ・ワーリとヒディラス様の双方に、通報するものとする」
ところがセッサーラ=タンゲンはやはり一枚上手だった。先ほどの電探士官が弾かれたように背筋を跳ねさせて告げる。
「敵艦隊の一部が反転、こちらに向かって来ます!」
「く!…このタイミングを狙っておったか!」
戦術状況ホログラムが示す敵艦隊の動きを睨み付け、セルシュは奥歯を噛み締めた…
▶#02につづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます