#21

 

「邪魔が入ったか…」


 総旗艦に戻るマーシャルの機体をセンサーで確認した、アッシナ家筆頭家老ウォルバル=クィンガは、身を隠していた味方の戦艦の残骸から自らの乗機、BSHO『IKI-85シラツユGG』をゆっくりと発進させた。二本の大型ポジトロンパイクを装備した、浅黄色の塗装が特徴的な機体だ。そしてその向こうには、アッシナ軍先鋒部隊司令官タルガザール=ドルミダスが座乗する戦艦『シェルギウス』が、重巡1、駆逐艦6と共に、これも艦の周囲に他の味方艦艇の残骸を漂わせて浮かんでいる。


 タルガザールはクィンガの『シラツユGG』との通信回線を開いて呼び掛けた。


「仕方ありますまい。ですがマーシャルめは、我が本陣部隊がDFドライヴを行う直前を狙って再び仕掛けるはずです。その時にこそとして…まずは我が艦にお越しください」


「うむ…」


 先ほどの、『ヤヨイ』部隊との戦闘中のマーシャルを襲った大量の誘導弾は、このタルガザールの『シェルギウス』が、艦艇の残骸に紛れて発射したものであった。そして自らBSHOを操縦するクィンガは、総旗艦『ガンロウ』に対し、マーシャルが強引に突っ込んたところを、残骸の陰に潜んで不意打ちを喰らわそうと目論んでいたのだ。


 タルガザール=ドルミダスの先鋒部隊―――第一陣と、ウォルバル=クィンガの第二陣は緒戦においてこそ、NNLが障害をきたしたダンティス軍を圧倒した。ところがノヴァルナ・ダン=ウォーダの介入でダンティス軍のNNLが復旧し、反撃に転じられると、逆に敵中に孤立した状態となって、壊滅的打撃を受けたのである。


 その結果、クィンガは乗艦が爆発する直前にBSHO『シラツユGG』で脱出し、直掩艦隊の一部の7隻以外は爆発したか逃亡した、タルガザールの『シェルギウス』と合流したのであった。

 そして二人は圧倒的に劣勢となった戦況を唯一即座に挽回する機会―――ダンティス軍総司令官マーシャルの殺害を企てた。それはまさに、劣勢に陥っていた時のマーシャルが考えたのと同じである。


 当主ギコウの乗る『ガンロウ』を逃がすまいと焦るマーシャルが、大した数の味方も連れずに『ヤヨイ』部隊と遭遇し、焦って単機で突破しようとしたその時がまさに好機のはずであったのだが、そこに駆けつけて来た副将のセシルに諫められ、マーシャルは総旗艦に戻ってしまったのだった。


 現在撤退中のアッシナ軍は、ダンティス軍との長時間の戦いで戦場が移動した結果、銀河標準座標76093345N付近にあるブラックホールの重力場の影響を受けており、DFドライヴによる超空間転移が不可能な状況であった。


 しかも包囲殲滅を図るダンティス軍をかわし、本拠地のワガン・マーズ星系へ戻るためには、ブラックホールの重力場外周を回り込まねばならない。そのため準光速航行をあと一時間程度は続ける必要があり、統制DFドライヴのために各艦の速度調整を行う時間を狙い、追撃中のダンティス軍本隊が再度仕掛けて来る可能性が高かった。


 マーシャルの狙撃に失敗したウォルバル=クィンガとタルガザール=ドルミダスだが、まだ諦めた訳ではない。アッシナ家本陣部隊の超空間転移直前を狙い、マーシャルが再度出撃するのを次の機会として、気付かれないようにダンティス軍本隊を尾行し始めた…





 そしてノヴァルナとノアが元の世界に戻るための入口となる、『恒星間ネゲントロピーコイル』の中心となるブラックホールこそが、アッシナ家の撤退の妨げとなっているそれである。


 カールセン=エンダーが提示した、現在の位置からこのブラックホールに向かう新たなコース。それを見たノヴァルナとノアが表情を険しくしたのは、その新たなコースがアッシナ家の撤退コースと重なっているためだった。


 工作艦『デラルガート』はすでに、そのコースを進んでいる。『恒星間ネゲントロピーコイル』を構成するコイルパーツを設置した、個別の恒星系にある六つの惑星による六角形の力場が、各惑星の公転によって崩れてしまうまで残り時間は僅かであり、艦を停止させて打ち合わせている時間が惜しかったからだ。




「センクウNX、出る」


 ノヴァルナが乗る『センクウNX』が『デラルガート』の底部格納庫から発進する。撤退コースと重なるアッシナ軍と遭遇した場合、こちらを追撃部隊と誤断し、攻撃をして来る可能性が高い。その時に『デラルガート』を護衛するためだ。

 すると計器の再チェックを終えた直後、ノヴァルナのヘルメットにノアの声が飛び込んで来る。


「サイウンCN、出ます」


 ノヴァルナは「なに?」と『デラルガート』を振り向いた。その視界に底部格納庫からやや前傾姿勢で宇宙空間に滑り出す、クリムゾンレッドに塗られたBSHOの姿がある。ノアの専用BSHO『サイウンCN』であった。


 ノヴァルナは眉をひそめて、ノアに呼び掛ける。


「おまえ!…なんで出て来たんだよ!?」


「もちろん、二人で元の世界に帰るためでしょ」


 ノアは当たり前のように言ってのける。しかしそれが決して軽口ではない事にノヴァルナは気付いた。いいや、今ならば気付く事が出来た。もう二度とあなたの手を離さない…そんな気持ちを込めたノアの出撃だったのだ。


「ふん、勝手にしろ。次は助けてやんねーぞ」


「あなたこそ、足手まといにならないでよね」


 ノヴァルナが浮かべる不敵な笑みを、ノアも負けじと浮かべてみせる。





「被弾箇所の応急措置が完了しました」


 アンドロイドオペレーターの報告にカールセンは「ご苦労さん」と応じた。感情を持たないアンドロイドに対しては必要のない言い回しだったが、カールセンの人の好さといったところであろうか。

 敵艦の主砲の直撃を受けて艦の上部に開いた二つの大穴は、塞ぐだけでもしておかなければ、ブラックホール内で超空間転移を行う際に、艦体が想定より早く崩壊する危険性があった。それに何より、カールセンとルキナが艦を離脱する際に使用する恒星間シャトルの格納庫までは、被弾箇所を抜けていく必要があるのだ


 そのため、他の味方艦の修理が目的のワーキングアームで、自分の被弾箇所を修理する『デラルガート』という少々珍妙な光景が発生していたのである。


「大気漏れは大丈夫か?」


 尋ねるカールセンに、「認められず」とアンドロイドは短く答える。それを聞いてカールセンはノヴァルナとノアに通信回線を開いて告げた。


「ノバック、ノア。こちらの準備は全て整った」


「了解」と声を揃えて応えるノヴァルナとノア。


 ノヴァルナの『センクウNX』を左舷側、ノアの『サイウンCN』を右舷側に置き、『デラルガート』は一路、銀河標準座標76093345Nのブラックホールを目指す。




だが―――




 この時、『デラルガート』の後部に開いた大穴の底に船外作業艇が一艘あった。被弾によって砕けた外殻の破片や、様々な機材に半ば埋もれたその船外作業艇の外殻には、銀河皇国公用語で“ヴァルヴァレナ4号艇”の文字が見て取れる。

 穴が応急措置で塞がれ、艦内の空気が循環し始めるとその船外作業艇のハッチが開き、イノシシのような頭を持つ、上半身裸の大きな背中が中から現れた………







【第15話につづく】

 

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