#13

 

“このまま、この男達に連れて行かれるわけにはいかない!”


 レブゼブらに連行されて通路を歩きながら、ノアは意を決した。ノヴァルナの事であるから、この戦艦に乗り込んできた以上、確信できる。今現在、必ずこちらに向かって来ているはずだ。それならば自分はここで、ノヴァルナが来るのを待たなくてはならない。彼のためにもレブゼブ達にシャトルで連れ出されて、会えなくなるような結果を招いてはいけないのだ。


 レブゼブ=ハディール、ノア・ケイティ=サイドゥ、そして二人の警備兵の順に、独房の扉が両側に並ぶ通路を進むと六角形のやや広い部屋に出る。独房の管制室だ。壁の一角には、囚人の所持品を保管する小部屋が隣接している。


 六角形の管制室には、直径6メートル程の一段高くなった中央に独房の通路を正面に見据える形で、扇型のメインコントロールパネルが置かれており、ここを通過するものは一列になって、その両側を通る仕組みになっている。あまり時間がないと感じているのか、レブゼブは緊張した面持ちでメインコントロールパネルの向こう側にある、エレベーターの扉を指さして強い口調で告げた。


「急げ」


 普段なら管制室には、一定数の警備兵が詰めているのであろうが、総員退艦命令が出たため、今はレブゼブ一行しかいない。


 自分達の他には誰もいない状況で、二人の警備兵が自分の背後で一列になった機会を、ノアは見逃さなかった。後ろを振り向きざまに背後の警備兵に、肩からぶつかって行って突き飛ばし、手錠を掛けられた両手を握り合わせた拳で、顔面を殴りつける。


 のけぞった警備兵は、その後ろにいたもう一人に衝突して転倒し、激突されたもう一人もそれに足を取られて倒れ込んだ。

 その間にノアは再び前を向き、前を行くレブゼブが驚いて振り返り、ハンドブラスターを取り出そうと、着衣の懐に手を伸ばしたところに前蹴りを放っていた。ノヴァルナが『センクウNX』で敵艦のBSI格納庫に飛び込んで来る傍若無人ぶりなら、ノアも手錠をしたまま、大の男達と格闘を試みるジャジャ馬ぶりである。


「ぐはっ!」


 銃を握りかけた手をノアに蹴られて、レブゼブは呻き声を上げて膝をつく、すると前かがみになった衣服の懐から銃が転がり落ちた。それを拾い上げようとするレブゼブ。ノアは咄嗟にスライディングで体当たりをかけて、タッチの差で銃を掠め取る事に成功する。


 ただハンドブラスターを奪い取ったノアだが、その両手首には手錠が掛けられており、すぐに撃てる体勢には持って行く事が出来なかった。管制室中央のメインコントロールパネルの向こう側まで、転がるように距離を取ると、その直後にノアが倒した二人の警備兵が、ほぼ同時に起き上って来る。


「仕方ない。殺しても構わん!」


 こんなところで足止めを喰いたくないレブゼブが命じ、二人の警備兵は並んでブラスターライフルを構えた。それに対しノアは身を伏せ、素早くメインコントロールパネルの陰に滑り込む。

 背中をパネルの足元に押し付けて、ようやくハンドブラスターを握り直したノアは、射撃モードを“麻痺”に切り替えると、振り向くのと立ち上がるのと銃を構えるのを一度に行い、視界に入った警備兵に向け、反射的に引き金を引いた。そして次の瞬間にはもう、再び身を伏せている素早さだ。


 その射撃は半ば当てずっぽうだったが、見事、警備兵の一人に、麻痺効果のある紫色の小さな稲妻を絡みつかせた。実際に命中したのは左肩のごく一部なのだが、殺傷目的でなく麻痺モードであったために掠るだけでも効果がある。その警備兵は「ギャッ!」と叫んで跳び上がり、意識を失った。

 その時にはもう一人の警備兵がライフルで反撃していたが、イチかバチかの行動で射撃を行ったノアは、すでにメインコントロールパネルの陰に身を隠している。突然の出来事にライフルの銃撃は、独房の電子錠と内部環境を監視・制御するパネルの表面を撃ち抜き、火花を盛大に上げただけだった。


 するとそのメインコントロールパネルに起きた小爆発が、独房区画全体の主電源を切断する。一瞬の暗闇のあと、非常用電源に切り替わって、独房区画は天井から照らすオレンジ色の照明の淡い光と、各独房の電子錠が非常用電源で作動中である事を示す、小さな赤いインジケーターの光だけのかなり薄暗い状況となった。


「くそっ、何をやっておる!」


 レブゼブが怒声を発し、警備兵は再度ライフルを放つ。ただそれは牽制であってノアの射撃の機会を奪い、一気に間合いを詰め、ライフルの銃床でノアを殴りつけようという目論見だった。

 この薄暗い部屋の中、6メートル程の距離での撃ち合いとなれば、大きなライフルよりも取り回しの容易なハンドブラスターに利がある。それなら白兵戦に持ち込む方がいい。何せ相手は手錠を掛けられた若い女なのだ。


 ブラスターライフルを乱射しながら、警備兵はノアが身を潜めたメインコントロールパネルの裏に走り寄る。だがノアは想像以上に果敢であった。六角形をした独房管制室の壁に向けて、猛ダッシュを行い、手摺を足場に壁を駆け登ったのである。

 そしてその勢いで跳躍、宙返りをしてメインコントロールパネルの上に降り立ったノアは、傍らで呆気にとられる警備兵の頭を、思い切り蹴り付けた。よろめいた警備兵に、ノアが両手で握るハンドブラスターから麻痺ビームが浴びせられる。


 それはノア自身にとっても信じられない、大胆不敵な行動だった。ノヴァルナがこの艦に乗り込んで来て、自分の元へ近づいているという確信が、普段でも気の強い姫君に、さらなる勇気を与えているのかもしれない。


「き、キサマっ!!」


 メインコントロールパネルの上に立つノアに向かって、レブゼブが飛び掛かって来る。咄嗟に身を翻してパネルから飛び降り、それをやり過ごすノア。


「うぉ!?」


 レブゼブは勢い余ってパネルに激突し、幾つかの小さなレバーを薙ぎ倒して頭を痛打する。どうやらレブゼブはその衝撃で意識が混濁したらしく、ズルズルと床に滑り落ちて起きてこない。


 三人を倒したノアは迷った。ここでこのまま、ノヴァルナがやって来るのを待つかどうかだ。とりあえず必要なのは情報である。ノアはメインコントロールパネルと向き合うと、銃撃で切断されてしまっていた主電源を、予備へと切り替えた。非常灯の明かりのみであった、薄暗い独房区画に光が戻る。メインコントロールパネルも各表示灯が再点灯し、モニター画面が復活した。


 そこでノアはモニター画面を艦内警備システムに繋ぎ、『ヴァルヴァレナ』のBSI格納庫を映し出させる。するとそこはすでに接舷した『デラルガート』の解体作業によって、フレームが幾つか残るだけのがらんどうとなっており、無重力状態の中にノヴァルナの『センクウNX』のみが浮かんでいた。


“やっぱり…来てくれたんだ!”


 レブゼブの話だけでなく、実際にモニター画面に映る『センクウNX』を見て、ノアは涙が滲みそうになる。ところがその直後、艦を激しい振動が襲った。何かが爆発する振動だ。ノアは驚いてモニター画面を艦の外部カメラにリンクさせ、目まぐるしく切り替える。するとそのモニター画面に、自分達を砲撃して来る複数の戦艦と巡航艦が映し出された。




▶#14につづく

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る