#19

 

 本陣からの“おまえは近付くな”という命令に、ウル・ジーグは、横っ面をはたかれたような気分になった。それはギコウ=アッシナら首脳部も、自分に疑惑の目を向けているのが分かったために他ならない。敵別動隊の追撃を装って背後から本陣に近付き、総旗艦『ガンロウ』に集中攻撃を仕掛ける可能性を恐れたのだろう。


“なんと愚かな!”


 一瞬、惚けたような表情になったウル・ジーグは、馬鹿馬鹿しさのあまり司令官席に深く身を沈めた。さらに本陣から他の三部隊に極秘で指令が出たのか、ゆっくりとこちらを包囲する動きを始める。参謀の一人が気遣う口調で「如何致しますか?」と尋ねた。


「もうよい…」とウル・ジーグ。


 確かに自分達が追撃しなくとも僅か13隻程度の宙雷戦隊が、総旗艦『ガンロウ』を擁する、中央艦隊約百隻に太刀打ち出来るはずもない。何もするなと言うのであれば従うだけだ。それほど自分の裏切りが気になるなら、武装も解いてやろう。


「全艦停止。第二種戦闘態勢で待機だ!」


「第二種でありますか?…それでは即応能力が―――」


 そう言いかける参謀の言葉を、ウル・ジーグは跳ねのけるように遮った。


「構わん! 知らん!」


 ウル・ジーグ艦隊の追撃がこのような顛末になったのは、実は裏にノヴァルナの小細工があったのだ。それは第36宙雷戦隊に続いてアッシナ家本陣方向へ移動を始めた際、マーシャル=ダンティスの総旗艦『リュウジョウ』へ、広域回線ではなく専用回線でしきりに通信を送った事による。

 その通信内容とは、“暗号通信を受領す。首都星系襲撃の予定を変更し、これより疑似戦闘を終了して、ウル・ジーグ艦隊と共にアッシナ家本陣に向かう”というものだ。


 これももちろん嘘である。暗号通信とやらも届いていない。


 以前、宇宙海賊『クーギス党』と協力して、イル・ワークラン=ウォーダ家とロッガ家の秘密協定をぶち壊した時もそうだが、不利な状況に置かれたノヴァルナの発する偽情報は、敵にとって質が悪かった。自分達が優位に立っているが故に、一発逆転を狙うようなノヴァルナの嘘を、なるほど…と納得してしまう。

 そして今回、アッシナ家が自分達は優位だと感じる理由が、NNLの機能障害で一気に劣勢になったダンティス家本陣の状況であった。反撃に移りかけていたダンティス軍の動きが急に鈍くなり、損害が大きくなっている。


 ひどい話だが、ノヴァルナは『センクウNX』の戦術状況ホログラムで、マーシャルの本隊が突如として動きを鈍らせ、セシルの第二陣が陥ったのと同じ状況となったのを見ると、これを自分達が離脱するために利用しようと思いついたのだ。


 窮地を脱するためにマーシャルが、ノヴァルナの別動隊と“寝返った”ウル・ジーグ艦隊に、アッシナ家本陣を衝かせ、戦況を一気に挽回するきっかけを作るための、命令変更の暗号通信を送ったように見せかけたのである。


 無論、ノヴァルナからの一方的な“命令受信・了解”の返信もでたらめだ。広域通信ではなく専用回線を返信に使用したのは、アッシナ家にわざと傍受させるためだった。アッシナ家総旗艦の電子戦部隊が、マーシャルの総旗艦『リュウジョウ』の送受信に、“聞き耳を立てている”事を想定しての行動だ。人の虚を突くのが得意なノヴァルナの小細工に、アッシナ家はまんまと乗せられた。

 どの時代の戦闘においても、部隊の行動を決定づけるのは、突き詰めるところ人間の判断力である。確定的な情報でなくとも、“本当になにかあるのではないか?”と思ってしまうと、思い込みや決めつけで、重大な誤断を行ってしまう事は多々ある。そしてその誤断をアッシナ家首脳部は今まさに下そうとしていた。


「サラッキ=オゥナム! どうすればよい?」


 アッシナ家総旗艦『ガンロウ』の司令官席で、ギコウ=アッシナは不安げに側近のサラッキ=オゥナムを見上げて尋ねた。艦橋中央の戦術状況ホログラムには、ダンティス軍の別動隊が背後から接近しようとしているのが見て取れる。


「なぁに、ご心配には及びませぬ。艦数だけでもこの本陣のおよそ十分の一。こちらから宙雷戦隊を差し向ければ、問題なしにございます」


 そう応えて主君を安堵の表情にさせたオゥナムだが、他方、次の手に迷いが生じていた。別動隊から本隊に向けた通信を傍受した結果、敵は連携で何かを企んでいるように思えだしたのだ。ノヴァルナの狙い通りである。


“ウル・ジーグ=ドルミダスが味方であると信じたいが、日頃の態度を思い返せば、敵の言っている事を、百パーセント嘘だと否定も出来ない。それに敵の動きが鈍すぎる。仮にも“辺境の独眼竜”の異名を持つマーシャル=ダンティスの軍がこの程度とは…伏兵…いや、あるいはどこかしらから援軍を得て、その到着を待っているのでは…うぅむ、どうするか………”


 実戦経験の少なさがサラッキ=オゥナムに、困惑に拍車をかけた。さらにそこへ追い討ちをかけるように、前線の第二陣を指揮する筆頭家老、ウォルバル=クィンガから、本陣の前進を促す通信が入る。


「ええい。うるさいヤツめ!!」


「し、しかし…いかが致しますか?」と通信参謀。


「しばらく放っておけ!」


 ウォルバル=クィンガはギコウがアッシナ家次期当主に推された時、その地位に就けるため、大いに骨を折った人物であった。だがアッシナ家を傀儡とする事を目的に、セターク家から派遣されて来たオゥナムにとって、もはや目障りなだけとなっている。

 ただ“放っておけ”という言い草はマズいと感じたらしく、オゥナムは口調を整えて命令を出し直した。


「敵別動隊には迎撃の宙雷戦隊を向かわせ、本陣はこのまま待機。敵の出方を見てから判断しても遅くはない」


 いずれにせよこの戦いに勝利し、アッシナ家がムツルー宙域全域を完全に支配する事となった暁には、何らかの理由をつけ、クィンガをはじめとする旧臣達を排除していく腹積もりである。それならばこちらが圧倒的優勢となっているここで、失態の一つでも起こしてくれれば儲けものだという、狭量な算段もオゥナムにはあった。


 だがそのような私情が、物事の流れを変える事は多々ある。


 それは先にNNLの異常を被り、同様の事態にマーシャルの本隊が陥る事を懸念して、自己判断で艦隊を動かしていたセシル=ダンティスの存在であった。セシルはマーシャル本隊が突然に動きを鈍らせたところから、自分の懸念が当たったのを確信し、自分の考えに沿って、指揮可能な配下の艦隊を、アッシナ軍の第二陣と本陣の間に割り込ませる。


「艦隊左側の艦は敵第二陣を! 艦隊右側の艦は敵本陣を攻撃せよ! 全艦全力射撃!!」


 強い口調で命令を下すセシルの艦隊もNNLは使用できず、再起動後の各システムは、機能を60パーセント程度まで低下させたままだ。しかしそのような状況に怯む事無く、セシル艦隊は命令通り、いま出せる火力の全てを敵に叩きつけはじめた。


「戦力の投入を惜しむな! 全BSI部隊と攻撃艇部隊も発進させよ!」


 敵の陣形の間に割って入るという事は、敵に挟撃される事も承知の上という意味である。なまじ戦力の温存を目論んでも、挟撃ですり潰されてしまっては意味がない。その点でセシルの判断はオゥナムと比して明快であった。




▶#20につづく

 

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