#04

 

 ミノネリラ宙域のサイドゥ軍に敗北し、第一次防衛線を失陥したウォーダ家の宇宙艦隊は、ヒディラス・ダン=ウォーダの弟、ヴァルツ=ウォーダが統治する、モルザン星系まで後退した。


 この星系が第二次防衛線の基点となっており、ここを抜かれるとイル・ワークラン=ウォーダ家のオ・ワーリ=カーミラ星系と、そこから約1.5光年離れたキオ・スー=ウォーダ家のオ・ワーリ=シーモア星系の、最終防衛線しか残されていない。


 モルザン星系外縁部に再集結した、約四百隻の艦隊の半数以上が何らかの損害を受けていた。それらの損害を各艦が突貫工事で応急修理している中、ナグヤ艦隊の旗艦『ゴウライ』では、作戦室の中央に座るヒディラス・ダン=ウォーダが、本国中継で送られて来た緊急電を受け、苦虫を噛み潰したような表情を家臣に向けている。


 緊急電の内容は他でもない、ナグヤ=ウォーダ家が単独でミ・ガーワ宙域に保有している占領域に、イマーガラ家の艦隊が接近している事態であった。しかも現地の超空間通信が妨害を受けているらしく、敵艦隊が発見されたのは三日も前の話だ。妨害区域を抜けてオ・ワーリ宙域まで戻った通報艦からの連絡で、ようやく判明したのである。


「いかが致します? ヒディラス様」


 家臣の問い掛けにヒディラスは腕組みをして、唸るように応じた。


「我等だけがここから抜けて、ヘキサ・カイ星系へ向かう訳にも行かん…」


 ヘキサ・カイの守将ルヴィーロはヒディラスのクローン猶子である。正確には自分の息子という立場ではないが、血肉を分けた間柄である事に違いはない。それを見殺しにするような真似をヒディラスが望むはずはない。

 それに…考えたくはない事だが、次期当主に考えていた長男ノヴァルナの生存が絶望的な今、次男カルツェの他にも選択肢は残しておきたい。場合によっては、一度は抹消した家督継承権の復活も有り得るだろう。


「ですが、このままではルヴィーロ様の身に、危険が及ぶ可能性も…」


 主君の胸の内を知るかのように、家臣がルヴィーロの危機を案じた。


「あれはわしのクローンだが、わしよりも実務的だ。そう無茶な真似はすまい」


 とは言うものの、サイドゥ軍の接近を警戒中の自分達に、ヘキサ・カイ星系方面へ救援に迎う事は出来ない。それにそもそもミ・ガーワ宙域に占領地を設けたのは、ナグヤ家の独断によるものであるから、救援に向かう事は他のウォーダ家が許さないはずだ。


「こうなれば仕方ない―――」


 うつむき加減に言ったヒディラスは、そこで顔を上げて言葉を続けた。


「後詰めにラゴンに残している、第2艦隊を派遣する」


 それを聞いて家臣たちは息を呑んだ。ナグヤ家第2宇宙艦隊は、行方不明となっているノヴァルナが司令官の艦隊だからだ。現在は後見人でナグヤ家次席家老の、セルシュ=ヒ・ラティオが司令官代理に任じられ、本拠地惑星ラゴンの衛星軌道上で待機中である。


 これは当然ノヴァルナがいないという事がまず第一に関係しているが、本土防衛艦隊といった意味合いもあるため、その第2艦隊を動かすというのは、色んな理由で重い決断だった。先のカルツェ支隊を殿軍に加えなかった事と合わせ、周囲にヒディラスがノヴァルナを諦めたと取られ兼ねないからだ。


 御殿がノヴァルナ様の生還を諦めた―――確かに、ブラックホールの超重力場を利用しての超空間転移で脱出したという雲を掴むような話だけで、何の手掛かりもないまま、一か月も無為に過ごしてしまうと、もはや現実的な判断も止む無しかも知れない。


 無軌道で、時として手に負えない乱暴者で、次期当主として認めたくないノヴァルナ様だが、それでも嫡男を失われるヒディラス様のご心中は、如何ばかりのものであろうか…そう考えて顔を見合わす家臣達だがヒディラスは表向き、特に気にするふうもなく命じる。


「ラゴンを空ける事になるからな…一応キオ・スーにも連絡を入れておけ」






 同じ頃、ミノネリラ宙域のシナノーラン宙域との境界面では、ミノネリラ宙域星大名ドゥ・ザン=サイドゥの長男、ギルターツの率いるサイドゥ家主力艦隊が広く展開していた。

 彼の座乗する旗艦の艦橋では、長距離センサーが捉えたタ・クェルダ家の艦隊が、半透明の薄いベールにバラ撒いた、無数のゴマ粒のようにホログラムスクリーンに表示されている。


 周囲の参謀や士官達が緊張した面持ちで意見を交わす中、二メートルを超える巨体のギルターツは、司令官席で上体を屈めており、ホログラム画像に向けて「ふん…」と鼻を鳴らし、誰にも聞こえない程度に呟いた。


「本当に艦隊を持って来るとは、シーゲン殿も律儀な事よ…」


 ホログラムスクリーン上のタ・クェルダ艦隊は、領域境界面のシナノーラン宙域側で全く動きを見せてはいない。すべてはタ・クェルダ家星大名シーゲン・ハローヴ=タ・クェルダと同盟関係にある、イマーガラ家の宰相セッサーラ=タンゲンとの密約に基づく“やらせ”なのだ。


 それが何を意味しているものなのか…それは今、この巨漢の若君と、イマーガラ家宰相の胸中にのみ秘められた策謀であり、余人の知るところではない。

 だがもし神の眼のようなものを持つ者がいれば、妹のノアの行方不明とオ・ワーリ宙域へ侵攻を開始した父、ドゥ・ザンの動きの背後に、終始このギルターツ=サイドゥとセッサーラ=タンゲンの影が蠢いているのを見る事が出来るだろう。


 ギルターツはうっかり口元がほころびそうになるのを噛み殺し、深刻な顔を作って、何も知らない自分の参謀に指示を与えた。


「全艦隊に戦闘態勢を維持して、現在位置を動くなと伝えよ。相手は“カイの虎”シーゲン殿である。迂闊に手を出してはならぬ」




▶#05につづく

 

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