#09
「それで少しでも敵の戦力を削るため、ここに来る前に、ソーマ家の星系へ牽制の奇襲を仕掛けたって話か」
ノヴァルナがさらりと言うと、マーシャルも快活な笑みを見せて応じた。
「打てる手は打っておくさ。ところでノヴァルナ、おまえ―――」
と、マーシャルの快活な笑みが、悪戯っぽいものに変化する。
「キャラが変わってると言うか…表情がマジになってるぞ」
その指摘に我に返ったノヴァルナは、「あんたもな」と言って大きく苦笑いした。一方、マーシャルはノヴァルナをからかいながらも、いよいよこの少年が何者か分からなくなって来る。
“ノヴァルナ”と名を呼んでいるが、無論これは前述の通り冗談であって、まさか過去の世界から来た本物のノヴァルナ・ダン=ウォーダだとは、思うべくもない。ただBSIの操縦技術といい、今の会話で見せた戦略・戦術のセンスといい、この正体不明の少年が、マーシャルの興味をさらに強く引いた事は間違いなかった。
「それで? おまえはこれから、どうするつもりなんだ?」
「そこにいるユノーと一緒さ。惑星アデロンに戻って、オーク=オーガーをぶっ潰す」
そう応じてノヴァルナは、手をとめていた食事を再開する。
「流れ者のおまえには関係ない話だろ?」とマーシャル。
「あのブタ野郎には借りがあってな。俺とコイツが世話になった人間や、レジスタンスとは無関係の住民を苦しめた、落とし前はつけさせなきゃなんねえ」
きっぱりと言ってノヴァルナは右手のナイフをノアに向けた。ノアはノヴァルナの無作法に、きつい視線を返しながらも、頷いて同意を示した。ところがマーシャルが発した次の言葉には、二人揃って慌てて否定する。
「そっちの美人のカノジョもか?」
「カノジョじゃありません!」
「カノジョじゃねーし!!」
その反応があまりにも不自然で、マーシャルは“なんだこりゃ?”と吹き出しそうになった。しかし笑っていい場面ではなく、あえて渋面を作って言い放つ。
「だが言ったはずだぞ、戦力は出せんと。その理由はおまえが解説した通りだ」
「おう。知ってるさ。ただあんたはこうも言ったよな、“褒美は別のものを望め”と」
「なに? どういう事だ?」
ノヴァルナに不敵な笑みが戻る。
「中型の工作艦、BSIの修理機能があるヤツを一隻。それと補給物資。それぐらいなら何とかなるだろ?」
工作艦と補給物資をマーシャルに要請し、食事を終えたノヴァルナとノア、そしてレジスタンスのユノーが向かったのは、『リュウジョウ』の医療区画の一つであった。食事の終了間際に、カールセン=エンダーの妻であるルキノの手術が、終了した事を告げられたためだ。
オフホワイトと淡いライムグリーンを基調とした医療区画の集中治療室では、高濃度の組織再生液を満たしたトリートシリンダーの中で、手術を終えたルキナが眠っていた。手術は無事成功し、このシリンダーで細胞組織の再生を集中的に行えば、二十四時間ほどで起きられるようになるはずである。
シリンダーの設置されている部屋に隣接する小さな待合で、カールセンは長椅子に腰掛けて、部屋を仕切るガラス越しに、シリンダーの中の妻を見詰めていた。顎に置いた手で、長さを増した無精髭をゴリゴリ撫でる。あとは回復を待つだけと分かっていても、ここを離れる気は毛頭もなかった。
そこにノヴァルナ達がやって来ると、少々引き攣り気味な笑顔を作り、「やあ」と自分から声を掛ける。それがつい表情が硬くなるノヴァルナ達に対する、今のカールセンに出来た精一杯の気遣いだった。
「カールセンさん。ルキナさんの様子は?」
まず口を開いたのはノアだ。
「ああ。心配かけたが、大丈夫だ。ドクターの話じゃ、明日の今頃には起きられるようになってるはずらしい」
その言葉を聞き、ノヴァルナ達の間に幾分の安堵の空気が流れた。次いでユノーが口を開く。
「カールセン…本当に申し訳なかった。こんな事になるとは…」
「気にするな、ものは考えようさ。あのままアデロンで暮らしてたら、いつかこんな目に遭ってたはずだ。それがおまえさん達と知り合いだったおかげで、こうして最新の治療が受けられる…アデロンにはこんな医療設備はなかったからな」
それが気休めの言葉でしかないのは、誰の耳にも明らかだった。ただそれが辛辣な皮肉には聞こえないところが、カールセンの人徳に違いない。そしてノヴァルナである。ところがカールセンはノヴァルナが「お…」と何かを言い掛けた途端、機先を制して声を発する。
「ノバック、おまえさんは良くやったさ。ここまで来れたのは、全部おまえさんがいてくれたからだ。だからもう謝るな」
それは貨物船を操縦していたノヴァルナが、自責の念を抱いたままでいる事への、カールセンの心からの言葉であった。
「おう。じゃあ、もう謝らねえ」
カールセンの言葉にノヴァルナはそう言い切って、口を真一文字に結んだ。カールセンはさらに「それとな―――」と続ける。
「オーク=オーガー達をどうにかするつもりなら、それもいい。だが、ルキナに怪我を負わせた事や、俺達がアデロンを追われた事への復讐というなら、そいつはやめてくれ」
「なに?」
眉をひそめるノヴァルナ。一方でその傍らにいるノアは、ハッ!と息を呑んだ。今カールセンがノヴァルナに告げた事は、以前にアデロンの宇宙港で自分も感じた、あの未開惑星の原住民を虐殺していたオーガーの手下達に対してノヴァルナが垣間見せたのと同じ、禍々しいほどの復讐心を危惧したものだったのだ。おそらくカールセンも、ノヴァルナが持つ“危うさ”に気付いていたのであろう。
そしてカールセンは、真剣な表情でつけ加えた。
「おまえさんはこの先、復讐じゃなく、大義のために戦うんだ。いいな」
勿論カールセンはマーシャル同様、ノヴァルナが本物のノヴァルナだとまでは、考えを至らせていない。それでもウォーダの一族であるとは思っているらしく、この時代の銀河を動かす一族としての心掛けを説いたのだった。だがカールセンはそう告げた直後、自分の言った言葉に照れ臭くなったようで、人差し指で顎の無精髭をジョリジョリ鳴らしながら、苦笑いを浮かべる。
「…とまぁ、武家をリタイアした俺が、偉そうに言うことじゃないがな」
カールセンの言葉が、ノヴァルナにどれほど届いたかはノアにも分からなかった。ただ少なくともその言葉に頷いたノヴァルナの表情が、幾分和らいだようには見える。とは言え、ノヴァルナも“大義”などという言葉に照れがあるのか。不承不承といった体(てい)で応じる。
「わかった。じゃあ惑星アデロンの住民を苦しめるアッシナ家の悪代官、オーク=オーガーを討つ…そういう事にしとくぜ」
カールセンはニコリと笑みをこぼし、「ああ。そうしてくれ」と告げ、そして尋ねた。
「で? どうするつもりだ?」
「マーシャル=ダンティスに、工作艦の都合をつけるよう要請した。あとは俺とノア、それにレジスタンスの連中だけでオーガーを討つ。ダンティス家は動けないからな」
「工作艦? なんでそんなものを」
「ちょっと修理したいものがあるのさ」
そう言ってノヴァルナは悪だくみををする目を見せた………
▶#10につづく
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