#07

 

 一方、惑星アデロンのオーク=オーガー達との通信を終えた、アッシナ家筆頭家老ウォルバル=クィンガは、アッシナ家現当主ギコウ=アッシナの元に参じていた。


 星大名アッシナ家はヤヴァルト銀河皇国の、広大なムツルー宙域の銀河中央寄りに位置する、アイーズン恒星群の中、ワガン・マーズ星系第五惑星オイデンを本拠地とし、クローカー城が当主の居城となっている。皇国貴族の血統であり、宙域総督から星大名に転身したため、周辺の独立管領をまとめる存在でもあった。


 その当主ギコウ=アッシナだが、これが少々いわくつきの青年である。というのも、ギコウは隣国宙域ヒタッツの星大名ギジュー=セタークの次男で、アッシナ家の血筋ではなかったのだ。

 これは本来のアッシナ家の血筋が相次いで、SCVID(劇変病原体性免疫不全)によって死亡して断絶してしまったため、今から二年前の皇国暦1587年、重臣たちの働きかけで緊急回避的にセターク家から招いたものであった。辺境宙域には『クローン猶子』という風習がまだ根付いていないのだが、他家から新たな当主を招くというのも奇妙と言えば奇妙である。


 だがこの時、重臣達の多くはギコウではなく、ダンティス家当主マーシャルの弟、セオドアを新当主に推していた。以前から敵対関係にあったとは言え、伸張著しいダンティス家と縁戚関係になった方がよいという重臣達の判断は、決して間違ったものではない。またセターク家、ダンティス家の双方とも、先祖の代には婚姻関係を結んでおり、全く血縁がないわけではなかった。


 ところがそれに異を唱えた者がいた。筆頭家老のウォルバル=クィンガである。ダンティス家との和睦に否定的なクィンガは、これまでの功績と関白ウォーダ家との誼(よしみ)を盾に、政略を巡らして、ダンティス派の重臣達を次々に失脚させ、強引にセターク家の次男、ギコウを当主の座に据えたのだった。これはクィンガが自分同様、関白家と友誼関係にあるセターク家と手を組んだ方が、将来的に有利だと考えたからだ。




「クィンガ、待っておったぞ! ナヴァロン星系のモルックが、ダンティス家に寝返ったそうではないか!! 何とするつもりか」


 ギコウ=アッシナは玉座に前かがみに座り、端正な顔のこめかみに、くっきりと血管を浮かび上がらせて問い質した。赤茶けた髪をオールバックにした色白の肌に、切れ長の細い眼が神経質そうに見える。


 ナヴァロン星系のモルック―――モルック=ナヴァロンは、ダンティス家との最短距離の境界に位置するズリーザラ球状星団近郊の、ナヴァロン星系を領有する独立管領で、アッシナ家遠縁の血族でもあった。

 独立管領ではあったが、アッシナ家一門という事から重臣の身分を得ていたモルックの、ダンティス家側への寝返りは衝撃以外の何物でもない。領域境界の戦略的要衝が、何の手立ても打てないまま、敵のものへとなったのだ。

 報告ではモルックの要請で、すでにダンティス家主力艦隊がナヴァロン星系へ向けて動き出しているらしい。それはつまり、今回の寝返りが突発的なものではなく、以前から計画されていたものである事を示している。


「即座に各重臣達を招集し、戦闘態勢を取りまする」


 頭を下げるクィンガは、ギコウ=アッシナの見えないところで、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。モルック=ナヴァロンの腹の内を察する事が出来たからだ。

 モルック=ナヴァロンは、前述したアッシナ家の後継者問題の際、ダンティス家のセオドアを推す派閥の中心的存在の一人だった。自らが統治するナヴァロン星系の安定のためにも、アッシナ家がダンティス家と同盟関係になるのが、彼にとって望ましい選択であったのだ。


 しかし結果は彼が望んだものにならなかったどころか、クィンガに言いがかり的に星系統治の不手際を取りざたされて失脚、家督を息子のターナーに譲らさせられて隠居していたのである。今回の寝返りはその息子のターナーが、アッシナ家家老としてクローカー城に出仕している留守を狙ったものだ。


「戦闘態勢はいいが、他にも反旗を翻す者が現れたりしないだろうな?」


 疑いの目を向けるギコウ=アッシナの右眉の端が、ピクリと動く。


「そのような事は決して…モルックめの場合は、家督譲渡に常々不満を抱いていた上に、子息のターナー殿とも不仲であったゆえの暴挙でありましょう。その辺りをマーシャル=ダンティスにそそのかされたに相違ありませぬ」


「む…そうか」


 僅かに表情を落ち着かせるギコウに、クィンガは内心でため息をついた。この若者が悪い訳ではない。ただ全てが平均点であまりにも普通すぎるのだ。他家から招いた主君という立場を考えると、いかにも物足りなく、モルックほどではないにせよ、いまだ反感を抱く家臣は少なくないのが、アッシナ家の実情であった。


 するとそこに二人の側近が現れた。一人は黒い顎鬚を大量に蓄えた大柄の男。もう一人はコウモリのような顔をした異星人―――ワドラン星人の男である。大柄の男は名をサラッキ=オゥナム、ワドラン星人の男の名はスルーガ=バルシャーという。


「話は伺いましたぞ、ギコウ様」


 野太い声でオゥナムが声を掛け、バルシャーが続けた。


「ナヴァロン星系のモルックが裏切り、ダンティス軍を呼び込んだそうですな」


「おお。おまえ達か」


 振り向くギコウの声が、少し緊張を解いたものに変わる。二人は筆頭家老のクィンガに挨拶もせず、その横を通り過ぎてさらにギコウの近くまで歩を進めた。


「モルックも早まったものですな」とオゥナム。


 その言いようにギコウは「うん?」と首を傾げる。そこでオゥナムはNNLでナヴァロン星系周辺宙域図のホログラムを、ギコウの前に展開した。アッシナ家は銀河皇国関白のウォーダ家に従属を誓ったために、NNL(ニューロネットライン)の封鎖を解かれており、現在は主要星系と軍関係でのみ使用出来るようになっているのだ。


「さよう。これはかえって、ダンティス家を叩く好機」とバルシャー。


 そこでオゥナムはホログラムを操作して、ナヴァロン星系付近を拡大、さらに戦力展開構想図を合成させた。


「我等が軍を集結させる間に、同盟の独立管領ソーマ殿とイヴァーキン殿に命じ、ダンティス家側のタームラン星系を攻めさせます。ダンティス軍が通過した後を狙ってここを落とせば、奴等をナヴァロン星系に孤立させる事が出来ます。あとは全軍でナヴァロン星系を包囲して、どのようにでも…」


「なるほど!」


 感心した様子で目を輝かせるギコウ。だがそこにクィンガが懸念を示す。


「待て、他家の戦力のみを見込んで、作戦を立てるのは如何なものか。ソーマ家もイヴァーキン家も我等同様、準備の時間が必要であろう。それをこちらから一方的に…」


 その言葉に、オゥナムは初めてクィンガがいる事に気付いたような反応をした。


「おお。これはクィンガ筆頭家老様。ご壮健そうで何より」


 オゥナムのわざとらしい態度に、バルシャーが薄笑いを浮かべる。筆頭家老に対するこの二人の不遜な態度が、今のアッシナ家の内情を語っていた。


 筆頭家老ウォルバル=クィンガが、大多数の重臣の反対を押し切り、隣国のセターク家から新当主としてギコウを招いたのはすでに述べたが、その時ギコウに従い、直率の人員と共にセターク家から来たのがこの二人の側近、オゥナムとバルシャーであった。

 二人は自分達がギコウの直臣であるという立場を利用し、次第に発言権を増して専横な振る舞いをするようになり、今やアッシナの家中は、事実上の分裂状態になっていたのだ。


 オゥナムはせせら笑うように言葉を返す。


「筆頭家老様は心配性ですかな? タームラン星系程度ならば、間に合わせの戦力でもソーマとイヴァーキンを合わせれば、陥落させるに足るでありましょうものを」


「そうではない。そのような小細工を弄するぐらいなら、むしろソーマとイヴァーキンも準備を正しく終わらせて、こちらに合流させるべきだと申しているのだ」


「それが心配性と申しておるのでございます」


 とからかう口調のバルシャー。そこに当主のギコウが口を挟む。


「クィンガ。ここはオゥナムの提案を採ろうじゃないか。たとえその後のナヴァロン星系でマーシャルを逃がしたとしても、タームラン星系を占領しておけば、こちら側から進出する時の拠点に出来るからな」


 主君であるギコウの発言には、クィンガも引き下がらないわけにはいかなかった。自らが当主として招いた以上、強く反発すれば元々ギコウの家督相続に反対していた勢力に、さらなる反感を与えるだけだからだ。


「ギコウ様がそうご判断されるのであれば、御意のままに」


 クィンガが深々と頭を下げて承諾すると、ギコウではなく、その側近のオゥナムとバルシャーが満足そうな笑みを浮かべた………






 アッシナ家の参事官レブゼブ=ハディールは、惑星アデロン代官オークー=オーガーに、“時間は宝石よりも貴重だ”と告げたのだが、レブゼブとオーガーはその宝石より貴重な時間を相当量浪費してしまっていた。彼等が捜索しているレジスタンスのメンバーは、ノヴァルナ・ダン=ウォーダとノア・ケイティ=サイドゥ、そしてカールセンとルキナのエンダー夫妻とともに、タペトスの町から脱出を果たしていたのだ。

 光の弱いクェブエル星系の太陽が、連なる山の稜線の向こうまで傾くと、深い谷底は早くも夜と変わらない暗さになる。それを待ってノヴァルナ達は、谷底の川を鉱石運搬船で下っていたのである。




▶#08につづく

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る