#04

 

 トクルガル家本拠地、惑星ヴェルネーダ―――


 緩やかな山の斜面に沿って広げられたトクルガル家の居城を望むオルガザルキの街では、通りを行き交う人々が、秋の澄んだ青空を見上げては、不安げな表情を浮かべていた。


 その視線の先には、雲の合間からおびただしい数の、白く霞んだ紡錘状の物体が見え隠れしている。イマーガラ家第3宇宙艦隊の艦艇群だ。

 惑星駐留の際は通常なら、艦隊は衛星軌道上に停泊して地上からは目視出来ない。それがこのように白く見えるのは、各艦艇が反重力フィールドを展開して、大気圏内にまで高度を下げて来ているからであり、惑星の住民に対する示威行動に他ならない。


 およそ二週間前に起きた暗殺事件で、当主ヘルダータを失ったオルガザルキ城…その謁見の間では、イマーガラ家宰相のドラルギル星人セッサーラ=タンゲンの全身ホログラムが、居並ぶヘルダータの遺臣達を前に穏やかに言葉を返した。


「…勘違いされては困る。我等はあくまでもトクルガル家の盟友として、ミ・ガーワ宙域の治安維持に助力しに参っただけである」


 そのタンゲンのホログラムの右隣には、空に浮かぶイマーガラ家第3艦隊の女性司令官、シェイヤ=サヒナンが後ろに手を組み、直立不動でいる。さらにその背後ではサヒナンの参謀達が横一列に並んで立っている。

 ただそのイマーガラ勢の立っている位置が問題であった。彼等が立っているのは玉座がある上座であり、トクルガルの家臣たちがいるのは下座…つまり被支配側なのだ。その不満はトクルガル家臣たちの顔にもありありと映し出されている。


「とは申されましても、千以上もの艦艇…些か、多すぎましょうぞ」


 そう告げたのは、トクルガル家筆頭家老のダグ=ホーンダートであった。息子のダガン=ホーンダートはまだ十代前半の若者ながら、BSIの操縦技術はいずれトクルガル家…いや、戦国最強の名を冠するであろう逸材と注目されている。


「それだけ我がイマーガラ家は、貴殿らへの支援に本気だという事であるよ」


 ダグの遠回しの抗議も、タンゲンはとぼけた振りで老獪に応じて取り合わない。オルガザルキの街から空に見えるのは第3艦隊だけだが、実際には惑星ヴェルネーダは、イマーガラ家の第2から第12までの宇宙艦隊約一千隻によって、完全に包囲されているのだ。トクルガル家にも約二百隻の艦艇があるが、万一戦闘になっても勝ち目はない。


「その甲斐あって、コソコソと動き回っていた者共も、大人しゅうなったではないか」


 タンゲンが追い打つように言うと、ダグは口を“へ”の字に曲げて黙り込む。タンゲンの言った事は紛れもない事実だったからである。


 ヘルダータ=トクルガルには、息子のイェルサスしか有力な後継者がおらず、そのイェルサスがウォーダ家の人質となっている以上、ミ・ガーワ宙域の支配者は現在空位だった。そこで元々独立志向の強いミ・ガーワ宙域の独立管領達が、早くもトクルガル家の支配から脱して自立の道を画策し始めていたのである。

 だがそこへトクルガル家の支援を名目として、一千隻以上のイマーガラ艦隊が進出して来たのだから、一つ、二つの星系を支配するだけの独立管領が、多少同盟を組んで歯向かったところで到底勝負にならない。タンゲンが言ったように数日を待たずして、独立管領達の策動は鳴りを潜めたのであった。


 しかしそのイマーガラ艦隊の大規模戦力は、そのままトクルガル家にとっての脅威でもある。それゆえホーンダートやサークルツ、キルバラッサ、オークボラン、イシカーといった、居並ぶトクルガル家の直臣達が、警戒感をあらわにしているのだ。


 ミ・ガーワ宙域の独立管領達は前述の通り、その名の如く独立心が強く、統治するトクルガル家と時には同調し、時には反目し合う関係であった。それもあってか、逆に直臣達の団結力はひときわ固く、粘り強い。ヘルダータの暗殺により当主を失い、家督を継げる者も不在となれば、空中分解を起こしても当然のトクルガル家が、こうして体制を維持しているのも、ひとえにこの団結心によるものだった。


 そうであるなら、ミ・ガーワ宙域を属領化するためには、この団結心を利用するのが上策というものだ。それがイマーガラ家の戦略であった。タンゲンのホログラムが言う。


「貴殿らのご懸念も分かる…だがご安心めされよ。ここにおるシェイヤ=サヒナンとその艦隊を、我が名代としてここに残すが、我等は程なくこの星系を離れるつもりだ」


 その言葉に怪訝そうな表情を向けるトクルガル家直臣達。タンゲンは緩やかに笑みを浮かべ、親しげに言葉を続けた。


「国境を接するトクルガル家の安定は、我がイマーガラ家にとっても最重要。貴殿らが望むに足るご当主を、我等が用意して進ぜよう。今しばらく待たれるがよい………」

 



▶#05につづく

 

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