#10

 

 手料理を夢中になって食べるノヴァルナと、それを気まずそうに横目で睨みながら、品良く食事を進めるノアに、ルキナは申し訳なさそうな苦笑を交えて告げた。


「ごめんなさいね。あたし達から誘っておいて、大したものも出来なくて」


「いえ。そんな…とても美味しいです。本当にありがとうございます」


 礼を言うノア。ルキナは少し首を傾げて尋ねた。


「でも味が薄くない? 調味料がどこも品切れで困ってて、出来る限り節約してるの」


「いいえ。本当に美味しいです。隣を見ればお分かりでしょう」


 ノアはそう告げて、隣でがっつくノヴァルナに再び視線をやる。笑顔を見せるカールセンとルキナを前に、ノアはノヴァルナに言い放った。


「はい。ノバくん、感想」


「ルキナさんの料理、最高ッス!」


 ガバッと顔を上げてエンダー夫妻に応えたノヴァルナは、さらにノアにも顔を向け、こちらには不満そうに言い返す。


「てめーは、ノバくん言うな!」


 しかしノアは知らんぷりのすまし顔で、シチューをすくったスプーンを口に運んだ。そのやり取りは軽妙で、カールセンとルキナは思わず笑い声を上げる。


「ハッハッハッ! そうそう兄さん、女の手料理はちゃんと褒めるべきだ。お世辞でもな」


「あはははは…カール、あとで少し話しましょうか」


 にこやかに脅迫するルキナに、カールセンの笑い顔は引き攣った。


「う…じ、冗談だって」


 ルキナは取り繕うカールセンを放置して、ノヴァルナに話しかける。


「ほら、ノバくん。シチューのお代わりして。量だけはたっぷりあるから。ノアちゃんも」


「あざッス」


「はい、ありがとうございます」


「もう、カール。口のとこソースついてる。子供じゃないんだから、ちゃんとして」


「はいはい」


 エンダー夫妻の家庭に満ちる明るい雰囲気に、ノアも自然と笑みがこぼれた。その目でノアはふとノヴァルナにも視線を移す。するとノヴァルナは食事を続けながら、はにかんだような、どこか戸惑ったような、これまで見た事もない表情をしている。


「どうかしたの?」


 小さな声で尋ねるノアに、ノヴァルナはその微妙な表情を隠し、「いんや、別に」ととぼけた声で応えた。そしてエンダー夫妻に対し、少し真面目な口調で話しかける。


「今日はほんとに助かったッス。感謝の言葉もないッス」


 口調は真面目だが、そのなんとも言い難いノヴァルナの言い回しに、傍らのノアは吹き出しそうになった。しかしすぐにそれがノヴァルナの、星大名の嫡子であるとか、相手が平民であるとかを交えない、裏表のない言葉の表現なのだと気付く。


「とは言っても、ここまでしてもらって、俺達には持ち合わせとか何もないッス」


 ノヴァルナはそう言うと一つ、頭を深く下げた。それを見てノアは目を丸くする。星大名の子である以上、一般市民相手に言葉は率直でも、態度には傲慢さが残るものと思っていたからだ。ただ、一方のカールセンが左手を横に振って返して来たのは、苦笑混じりの言葉であった。


「おいおい。つまんない事言うな。そんなのはお互い様さ」


「はあ…」とノヴァルナ。


「そうよ。さみしくなるような事言わないで。次は誰かが困ってたら、あなた達が助けてあげる番…そういう事よ」


 それに対してノヴァルナは片手で頭を掻き、「誰かが困ってたら…か」と痛痒いような表情をする。人の生き死にを左右する星大名の一族である自分には、困っている誰かを切り捨てる事が必要な場合もある。現につい数日前も、あの貨物宇宙船の乗組員達に惨殺される未開惑星の原住民を、間に合わないからと見捨てて来たばかりだ。慈愛に満ちたルキナの言葉は、それを皮肉られたように響いたのだ。




すげーな。俺にとっちゃ、まるで別世界だわ………




 無論ノヴァルナにはノヴァルナの考え方があり、何をどう考えるかは自由である。しかしこのエンダー夫妻のような考え方が、一般市民の間では普遍的なものであるとするなら、相手を出し抜く事が称賛される自分達星大名は、なんとも異常な世界に住んでいるとしか言えない。


「…じゃ、まあ。お言葉に甘えついでに―――」


 そう話題を切り替えたノヴァルナはノアに目配せした。情報収集の本題に入るから、おまえも聞いておけという意味だ。それを理解してノアも軽く頷く。


「実は俺達、よく分からないままに成り行きで、この惑星まで流されて来ちまったんだが。この辺りの事、色々と聞かせてもらっていいかい?」


「ああ。もちろん」とカールセン。


「まず、この惑星…アデロンだっけか、どこの宙域に属してるんだ?」


「おいおい、そこからかい」


 いくら何でもそれぐらい分かるだろう、と言いたげなカールセンに、ノヴァルナ「いやぁ…」と再び頭を掻いてごまかす。


 しかし逆にここでノヴァルナ達が正直に、三十年以上過去のミノネリラ宙域から転移して来たと言っても、そっちの方が信用されないのは間違いない。


「オッケー。それもワケありって事だろ?―――」


 そう言って自分一人で納得したカールセンは言葉を続けた。


「ここはムツルー宙域、ズリーザラ球状星団近くのクェブエル星系第四惑星だ」


 やはりシグシーマ銀河系辺境に位置する、ムツルー宙域だったか…とノヴァルナは納得した。オ・ワーリ宙域からはかなり離れているため、知っている情報は乏しいが、まだ開拓中の植民星も多い、広大な領域を持つ銀河外縁部の宙域のはずだ。幾つもの星大名や独立管領が乱立し、戦国銀河の縮図のような状況…ノヴァルナの住んでいた三十数年前の情報では、そうなっていた。


「ムツルー宙域…で、この辺りはどの星大名の支配地なんだ?」


「四年前まではダンティス家が統治していたんだがな。ヒルドルテ星雲会戦で敗北してからは、星大名アッシナ家の支配下だ」


“アッシナ家か…名前だけは聞いた事があるな”とノヴァルナ。


 アッシナ家は皇国貴族の家系でもあり、その一部はノヴァルナ達のオ・ワーリ宙域と隣接するオウ・ルミル宙域の独立管領、イスダール家と繋がっているという話であるため、ノヴァルナもその名に聞き覚えがあるのだった。カールセンはさらに続ける。


「―――と言ってもこのアデロンは大した価値もない、半ば放棄された植民惑星でな。アッシナ家の側近である、バルシャー家のそのまた下につく、ピーグル人のオーク=オーガーって奴が代官として支配してるんだ」


「ピーグル人?」とノア。


「あの街にいた豚みたいな顔の異星人よ」とルキナ。


 カールセンは頷くと、顔をしかめた。


「何かと問題を起こす下品な連中だ。オーク=オーガーも代官とは聞こえがいいが、この惑星を陰で牛耳るマフィアのボスだったのが、アッシナ家に征服された時にうまく取り入ってな。対ダンティス家戦の側面支援と多額の献金で、『ム・シャー』と代官の地位を得たんだ」


「側面支援? 星大名同士の会戦に介入するだけの戦力があったのか? マフィアに」


 ノヴァルナが問い質すと、カールセンは「いや。戦力としての側面支援じゃない」と応じ、吐き捨てるように告げた。


「麻薬だよ。大量のな」




▶#11につづく

 

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